はいつも泣いていた。その原因のほとんどが、交際している男で。
話を聞く限り、その男は女好きで、己の機嫌が悪いと彼女に暴力を振るい、口汚く罵っていたそうだ。
はたから見ても、どう考えても、その男はハズレである事は確かなのに、彼女は交際をやめようとはしなかった。
俺が何度説得しても、決まってこう答えた。


「彼を支えられるのは、私だけだから」


胸元、服からギリギリ見えない所につけられた、青黒い痣を隠しながら。
これがいわゆる共依存とやらなのだろう、と思わされた。

俺なら、他の女のところなんて行かないで、ずっと貴方の傍にいるのに。
俺は、たとえどんな事があろうと、貴方に手をあげるなんてしない。
俺の口から、貴方を傷つける言葉なんて、出る筈がない。
それらを伝えられたら、どんなによかっただろう。
けれど、伝えたところできっと、彼女に届く事はないのだろう、と思うと、ついぞ言葉が俺の口から出る事はなかった。



時刻はそろそろ日付を越えようとしている。
オフィスの会長室で、来客用のソファに座る。その向かい側に俺は座っていた。
彼女が俺のところに訪れるのは、決まって男と何かいざこざがあった時で。
今日は一体何をされたのだろう、と書類に目を通しながら、彼女が話し始めるのを待っていた。

がこの部屋に入ってから、どれくらい経っただろう。
目を通さなくてはいけない書類が、終わりの方に差し掛かった時
彼女は出された紅茶を飲んでから、口を開いた。


「……本当は、今日、記念日だったんです」

「そうですか」

「でも連絡ひとつなくて。多分……女の人のところだと思います」


書類から顔を上げ、の顔を真正面から見る。
いつもの、作られたような、何かを誤魔化して欲しそうな笑顔。

普段の俺なら、ここで彼女が望むような言葉を吐くだろう。
「そんな事ありませんよ」「きっと、体調か都合が悪いんでしょう」
そうする事では安心したフリをして、また男のところに戻っていく。
俺はそれを、指を咥えてじっと見ているだけ。


「……そうでしょうね」

「え……」

「貴方も分かっているんでしょう?」


予想外の返答に、彼女の唇が少し開いた。

書類を目の前のテーブルの上に放り投げ、立ち上がり、向こう側にいるの隣に座る。
彼女はただそれを眺めていた。


「……峯さん?」

「いい加減、現実を見たらどうなんだ」


所詮、その男にとって彼女は都合のいい女にしか過ぎない。
よしんば男がを愛していたとしても、二人の未来に幸せなどは存在しないだろう。
待っているのは、破滅だけだ。

彼女の瞳を射抜く。
俺の視線のせいなのか、それとも先刻放った言葉のせいだろうか、みるみるうちにそこは潤んでいって。
すぐに潤みは涙の粒になり、の頬を伝う。

なぜか、その涙がやけに輝いて見えて。胸に妙な感覚を覚える。
もっと涙が溢れればいい、みっともなく泣き喚いて、俺を罵倒すればいい。
続きがもっと見たい。まるで心惹かれる物語を読んでいるような気分だ。


「誰が聞いたって、貴方達の関係は終わっている。百人中百人がそう答えるだろうな」


彼女は泣きたいのを堪えるように、下唇を強く噛む。
赤色と桃色の中間色だったそれは、力を加えられて白くなっている。

どんな言葉を言えば、貴方はもっと傷つくだろう。
それとも、その白くなった唇に噛みついて、無理矢理組み敷いてみたらどうだろう。

手始めに、俺は次の言葉を紡いだ。





僕ならもっと上手くせるのに、なんて、嘘だ





Title by Lump 「ごめんね」の5つの理由