その一言を言ってしまえば、あなたに呆れられてしまうんじゃないかって。
そんな女だと思わなかった、つまらない、面倒だ。そんな言葉が返ってきたら、きっと私は一生立ち直れないから。
だからいつも、玄関の前で手を振って、扉を閉めてすぐに鍵を閉める。
そうする事でひとりでいられるように、自分の足で立っていられるように。


「なあ」

「うん?」

「そんなに俺は頼りないか?」


いつものように革靴を履いて、そのまま玄関のドアを潜る筈だった真島さんは、振り返ってそう放った。
どうして彼がそんな事を言うのかよく分からなくて、首を傾げる。
すると、苦笑いを零しながら、なぜか靴を脱いでまた玄関マットを踏む。
そうして、私を抱き寄せると頭を撫でながら、言葉を紡いだ。


「ほんまは、寂しいんとちゃうん?」

「え……」

「俺が気づいてないと思っとったんか」


お前もまだまだやな、とくつくつと堪え切れないといった様子で、笑う真島さん。
どうして、気づいたんだろう。口にした事どころか、そんな態度さえ取った事はない筈なのに。
首を振ると、彼が私の顔を覗き込んだ。


「どうしたん?」

「寂しくなんて、ないです……」

「そうなん?」


俺は寂しかったんやでー、と今度は快活に笑う。


「だって見送りも大してせえへんし、すぐ扉ばたん! 鍵がちゃん! やもんなぁ」

「それは……」

「寂しいんやなかったら、俺のこともう飽きたん?」


そんな事ありえない、そう言おうと思って顔を上げれば、ほんの少しだけ、私にしか分からないくらい不安そうにしている真島さんと目が合った。
下唇を噛んで、頭の中で暗い色をした言葉達がぐるぐると走り出す。

寂しいと思っていたのは、私だけだと思っていたから。
真島さんは強いから、ひとりでも生きていける。それに、決してひとりになってしまうような人じゃないから。
だけど、ん? と首を傾けて私の答えを待っている彼は、どこか頼りなさすら見え隠れしていて。


「飽きる筈、ないです」

「なら、なんで?」

「……面倒な女だって、思われたくなかったんです」


ぽろりと、本音と共に涙が零れ落ちる。
一度落ち始めると、それは止まる事を知らないようで。
次々に、私の言葉は真島さんの耳に届いていく。


「真島さんだったら、いくらでも……私なんかよりも素敵な人を見つけられるから。それに、負担になりたくなかった。重い、って、言われたくなくて……」

「阿呆やなぁ」


ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜられて、それから頬を包まれた。


「俺がどんなにお前のこと好きか、知らんやろ?」


いっつも夢に見るし、どこにいてもお前のことばっかり考えとるしな、兄弟にも馬鹿にされる始末やで? と
困ったように、でもどこか誇らしげに話す彼が、どんどん歪んでいく。
黒い革手袋は涙を吸わないけれど、濡れる事もいとわないで、真島さんは私の涙を拭ってくれる。


「せや、いい事思いついたで!」

「へ……」

「一緒に暮らせばええやん!」


本当に、まるで子どもが大発見をしたような表情で言うから。
それでも、確かにその言葉には力がこもっていて。


「な? そうしよ」

「え、でも」

「でもはなしや」


ぐっ、とまた体全体を引き寄せられて、ぽんぽんと背中を撫ぜられる。


「俺の帰るとこはお前で、お前の帰るとこは俺んとこや」

「だって、それじゃあ、私とずっと一緒ですよ……?」

「それの何が悪いん?」


きょとんとした表情。今日だけで、いくつもの彼の表情を見た気がする。
だんだん、悩んでいた事がちっぽけに感じられてきて。

いつか来るかもしれない別れを、うじうじと考えて不安になるよりも、彼の隣でただ笑っていればいい気すらして。
だって、今こうして笑ってくれている真島さんは、そう思わせてくれるから。


「ずっと一緒なんて、最高やな」

「……はい」


ようやく、素直に返事ができた。
せやろ? と顔をクシャクシャにして笑う。

部屋はどこにしよかー、家具はあるもん使って足りないのだけ買い足すか! と、もう色々と計画を立てる彼の腕の中で
もう、寂しいなんて言えないな、とひとり笑った。