その広い背中に、追いつきたくて、いつも必死に追いかけていた。
その気持ちが、ただの憧れだとも思っていた。
強くて、優しくて、頼れる存在。
それが、私にとっての桐生一馬という人だった。


「桐生さん!」


夜の神室町の中で、広い背中を見つける。
見間違う筈なんてなくて、やっぱり振り返ったその人は桐生さんで。
自然と浮かぶ笑顔で、彼に近づいた。


か」

「沖縄から来てるって聞いたから、どこかで会えるかと思ってたんです」

「そうか」

「思っていたより早く会えて嬉しいです!」


彼の右手を握って、上下に振る。されるがまま、苦笑する桐生さん。
まるで子どもみたいだ、って思っているだろうな、と思いながらも、我慢できない。
その大きな手を握っていると、安心感に包まれるから。


「夕飯、もう食べました?」

「いや、まだだ」

「じゃあ私作りますよ! 今日はセレナもお休みでしょう?」

「いいのか?」

「はい」


こちらにいる間、毎日外食では体にも財布事情にも悪いだろう。
そう思って、私の家に招く事にした。
確か、この前貰ったお酒もあった筈だ。一人ではなかなか飲む機会がないから、この際に開けてしまおう。
材料は、つい昨日買い出しに行ったばかりだから、大丈夫だろう。
そんな事を考えながら、私は桐生さんの掴んだままの手を引っ張った。



家に着いて、適当にくつろいでください、と言い、キッチンに立った。
まず適当におつまみを作って、お酒と一緒に出す。


「お先にどうぞ。メインができるまでは少し時間がかかっちゃうので。あ、お酒残しておいてくださいね」

「悪いな、じゃあさっそくいただくか」


そう言って、おつまみから食べてくれる。
もぐもぐと口が動き、ぼそりと「うまい」と言ってくれる。
それだけで、舞い上がりそうな程嬉しくて。
この後に出す料理も、そう言ってもらえたら、と思う。

それから、なるべくいつもより早く食事を作った。
どんどん並べられる品に、桐生さんは驚きつつも笑ってくれる。

エプロンを外して、椅子に座る。
ふたりでいただきます、と言ってから食事を始めた。
他愛もない話、沖縄の事だったり子ども達の事だったり。
私は仕事の事や、桐生さんの知る面々の話だったりをした。
どうやら、沖縄から着いて初めて会ったのが私だったようで、相槌を打ちながら話を聞いてくれた。

夕食を終えて、ダイニングからリビングに移動して、ローテーブルにお酒と余ったおつまみを乗せて。
ソファに座って、ふたりで晩酌を楽しむ。

桐生さんはお酒が強いから、どんどん飲み進めていく。
私もそのペースに負けじと飲むけれど、次第にその手がゆっくりになっていく。
頭もぼーっとしてくるし、体中が熱い。


「おい、お前飲み過ぎじゃねえか?」

「そう、ですかね……桐生さんの、ペースに合わせようと、したら……」

「俺のペースって……お前、そんなに酒強くねぇだろう」

「ははは……」


笑った途端、ぐらりと視界が揺れる。ぱたり、と目の前にいる桐生さんの胸の中にのめりこんでしまう。
「すみません……!」と起き上ろうとするも、体があまり言う事を聞かない。
両手で力なく桐生さんの胸を押すが、どうにもならない。
すると、桐生さんが私の両肩と膝裏に腕を回す。


「え、え、え?」

「寝室まで運んでやる。大人しくしてろ」


そう言われて、抱きかかえられる。持ち上げられて、彼の足音だけが響く。
すぐに寝室に連れて行かれて、ベッドへと降ろされる。
暗闇の中で、うっすらと桐生さんの顔が見えた。


「あ、りがとう、ございます」

「……いや」


顔をちゃんと見て、お礼を言う。
桐生さんは、私の体の横、ベッドに両手をついたまま、微動だにしない。
何故だろう、と思った刹那、桐生さんの顔が近づく。


「ん……」


気がつけば、口づけられていて。
啄むような軽いキスが、だんだんと深いものになっていく。
お酒と煙草の味がする桐生さんの舌が、私の舌を探し当てて、何度も絡めとろうとする。
突然の事に、どうすればいいか分からない私は、抵抗をするでも応じる訳でもなく、ただされるがままだった。

唇から離れて、彼のそれは首筋を這う。
セーターの裾から、大きな手が侵入してきて。
脇腹、胸骨から胸へと移動していく手。下着の上から、胸を揉まれる。
カップを下にずらされて、露わになった頂きを弾かれる。


「あっ……」


思わず漏れる自分の声に、恥ずかしくなって。
空いている手の平で、口元を覆う。
すると、耳元に口を寄せられて。


「声、聞かせろよ……」


聞き慣れた筈の低音が、違う色を持って私の脳を侵そうとする。
外される手。その間も続けられる愛撫に、声が出てしまって。


「あっ、ぁ……うぅ、ん……」


ぴちゃりと、音がして、たくし上げられたセーター、右の頂きを舐める桐生さんの顔が目に入った。
弾かれるよりも、もっと粘着質な愛撫に、否応なしに声があがる。
ジーパンのボタンを外されて、ジッパーの下がる音がした。
ずるずるとそれを脱がされて、少し肌寒さを覚える。
下着越し、秘部を上下になぞられて、さらに声があがってしまう。


「ひぁっ……! ふ、ぅん……!」


不意に、初めて桐生さんに出逢った頃のことを思い出した。
その頃、私はまだ学生で、彼はもうこの世界に染まっていて。
絡まれていた私を助けてくれたのが、他でもない、桐生さんだった。

極道なのに、どこか優しさを滲ませているこの人に、私はどうしてか懐いてしまって。
ダメだと何度も言われているのに、いつも彼を神室町で探していた。
最初こそ、邪険に扱われていたけれど、次第にその態度も柔和になっていって。
彼といると色んな人に出逢う事もできた。遥ちゃんや今は亡き風間のおじさんや、柏木さん。今も健在な真島さんを始め、たくさんの人に巡り会えた。

怖い思いもした事も、何度もあった。
それでも、必ずヒーローのように助けに来てくれたのが、桐生さんで。
私を庇うように、背中の後ろに隠してくれて。その時から、彼の広い背中が憧れだった。

その人に、抱かれる日が来るなんて、思いもしなかった。

そもそも彼の眼中に入っていないだろうと思っていたし、桐生さんからしてみれば、私はきっと出逢った頃のまま、子どもの姿をしていただろう。
たまたま、成熟した体を持っていただけで、この行為に意味なんてないのだろう。
沖縄ではそういう事ができないのだろうか。
これは要は発散、処理なだけだろう。

別にそれでも構わない。
私だってもう、子どもじゃないし、それなりに経験もある。
憧れの人に抱かれるなんて、光栄な事じゃないか。

じゃあ、どうして。
どうして私は今、泣いているんだろう。
こんなにも、心が悲鳴をあげているんだろう。


「……?」

「……っふ、ぅ……」


桐生さんの手が止まる。
私の顔をよく見るためか、サイドにあった間接照明のスイッチをオンにする。


「泣いているのか?」

「……ごめ、なさい……大丈夫、だから……」

「どうして、泣いてるんだ」


両手で頬を包まれて、じっと私を見つめる桐生さん。
その目は心配の色と、まるで恋人を見るような色をしていた。
どうして、彼はこんな目をしているんだろう。
なんで私は、この目にこんなにも歓喜の気持ちを感じているんだろう。


「……俺が、嫌か?」

「え……」

「急に、すまなかった」


額にキスを落とされて、そしてゆっくりと彼の体が離れていく。
起き上って、桐生さんを見る。
私を見て、少し悲しそうに笑って、それから立ち上がる。


「今日は、帰る」


そう言って、ドアノブを掴む。その背中が、まるでこれで最後だ、と言っているようで。
思わず立って走り寄って、抱きついていた。


「待って……帰らないで……!」

?」

「違うの……! 嫌、なんかじゃない……! 嬉し、かった!」


ぽろぽろと涙と共に、言葉も落ちていく。


「ただ、ただ……これが、桐生さんにとって、なんの意味もないのかって、そう思ったら……」


悲しかった、辛くて、苦しかったんだ。





振り返って、彼の腕の中に閉じ込められる。
私は馬鹿みたいに泣きじゃくっていて、やっぱり子どもだな、なんて思われているんだろう、そう思った。


「ちゃんと言葉にしなかったのがいけなかったな」

「え……?」

、俺は……お前が好きだ」


突然の事に頭が追いつかない。
桐生さんが、私を、好き。
涙が止まり、頬に熱が集まっていく。


「気がつけばいつもお前は隣にいてくれただろう? 俺が辛い時も荒れている時も……ずっと」

「それは……私が、ただいたかっただけで……」

「それが嬉しかったんだよ。それに、出逢った時は子どもだと思ってたが……いつの間にかお前はすごく綺麗になった」


俺の心臓の音、聞こえるか? と言われて、耳を澄ませば、どくどくと早鐘のような音が聞こえて。
思わず彼の顔を見れば、見た事のないような、照れた顔をしていた。


「お前の気持ちも聞かずに、本当に悪い」

「私の気持ち……」

は、俺のことをどう思っているんだ?」

「私は……」


その広い背中に憧れていた。隣に並んで、前を向いているその横顔を見るのが、好きで。
時々、その横顔が私を見て、微笑んでくれるのが、たまらなく好きだと思った。


「ずっと、桐生さんに憧れてました。だから、このまま抱かれてもいい、って。それが桐生さんにとって大した意味がなくても……でも、どうしてか、胸が痛くて……」


思い返せば、私は。


「私、桐生さんのことが、好きなんでしょうか……?」

「……俺に聞かれてもな」


苦笑交じりに私をまた抱きしめて、太ももに熱い塊を押しつけられる。
それに、また顔が熱くなった。


「続き、してもいいか?」

「え、っと……」

「お前を抱きたいんだ」


熱を持った声でそう囁かれて。自然と頷いていた。
ベッドへと連れて行かれて、そのまま押し倒される。


「悪い、もう我慢が利かないかもしれねぇ」


そう言われて、強引に唇を割られる。
先程よりも性急に、舌を絡め取られて、息があがっていく。
ぐにぐにと、すり下げられたままだった胸を揉まれ、やや痛いくらいに頂きを摘ままれる。
そんな少し乱暴な愛撫にすら感じてしまうのは、彼の気持ちを知ったからだろうか。
片手が下に伸びる。今度は下着の中に直接手を差し込まれて、秘部に触れられた。


「んあっ……!」


桐生さんの太い指を二本も、そこは易々と呑み込んだ。
中でバラバラに動かされると、痙攣するのが自分でも分かる。


「きついな……」

「あ、あ、だ、めっ……!」


今度は親指で、蕾を擦られる。
急な刺激に、腰が跳ねる。
それに気をよくしたのか、彼はその愛撫を続ける。
徐々に、追い込まれていく。


「やあ、だめ……っいっちゃ、う……ぅん!」

「いいぜ……イく顔見せろよ」

「ふあぁ……やあ、ぁ、きりゅ、さっん……!」


彼の腕に縋りながら、私は果ててしまった。
肩で息をしていると、彼が私の足を持ち上げて言う。


「なあ

「……は、い」

「名前で、呼んでくれねぇか?」

「……かず、ま」


言うと、彼はにやりと不敵に笑って、一気に私を貫いた。
圧倒的な質量に、声が出なくて。


「中、すごい締まってるぞ……っ」

「やあ! あ、ああぁ! かず、まぁ……!」

「っく……」


出されては入れられて、その速さに眩暈を起こす程で。
揺さぶられる度に、奥を突かれる。
感じた事のない快感に、どうしようもなくて。


「やああ! また、いっちゃう……! ひあっ、あぁ、んんっ!」

「はっ……俺も、やばい……くっ、う……あっ」


ハスキーな彼の、少し上擦った声が聞こえた瞬間、奥の方で何かが弾けた感覚がした。
腕で体を支えていた彼が、私の上に覆い被さる。


「はあ……大丈夫か?」

「は、い……んぁ……」


彼が動くと、まだ中に収まったままのそれが動いて、敏感な体に刺激を与えてしまう。


「愛してる……」


そう言って、キスを降らせる彼の表情は、甘くて柔らかい、優しさそのものを表現したような表情だった。





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