※三人での行為です




はいつも、柏木さんの隣にいた。
どういった間柄かなんて、聞く方が野暮だと思われるくらい、仲睦まじかった。
柏木さんから明確に彼女のことを紹介してもらった事はなかったが、その存在を知らない人間はいなかったように思われる。
見るからに堅気で、何も知らないような顔をしてその実、誰よりもこの世界の事を知っているようで。

興味がなかったと言えば、嘘になる。

この世界で女はある種ステータスみたいなものでもあって。
どれだけの数を、どれだけ金をかけて愛せるか。
女達も、こぞって愛されようと必死になる。

そんなしがらみとは真逆の場所に、二人はいたように思える。
柏木さんに以外の女がいたような事は聞いた事がなかったし、が他の男に囲われているという事も聞かなかった。
彼が必要以上に彼女に金をかける事もなかった。
何度かプレゼントの相談を持ち掛けられた事があるが、柏木さんが候補に挙げていた物は、どれも拍子抜けしてしまうような物ばかりだった。
行きつけの店も、いわゆる高級店とは程遠い場所ばかりで。
あいつ、高いもんは嫌がるんだ、と笑う柏木さんの瞳は、いつだって柔らかいロウソクのような火が灯っていた。

俺が最後に見たは喪服に身を包んでいた。
泣く事も縋る事もせず、背筋を伸ばしてまっすぐと遺影を見ていて。
気丈に振る舞っている訳でもなく、ただあるがままを受け入れているように見えた。
それを人は、可愛げのない女だの冷血動物だの揶揄していたが、そのどれもが彼女の耳には届いていないようだった。


「おもろいやっちゃのう」


俺の隣で、去っていくの後ろ姿を眺めながら、真島の兄さんがそう呟いた。



***



神室町の喧噪の中で、久しく見ていなかったその姿を認めた時、どうしてか声を掛けずにはいられなかった。
投げかけた俺の声に反応して、こちらに振り返る。
俺を視界の中に入れ、それからすぐに破顔して手を振ってきた。


「桐生さんだ」

「……久しぶりだな」

「そうだね」


柏木さんの葬式以来だな、とは言えなかった。

あの時より少し伸びたであろう髪。それ以外は特に変わっていないようで。
それよりも、この数年間、一度もこの場所で会った事なんてなかったのに。
どうして彼女は今になって、この場に現れたのだろう。


「今日、柏木さんの月命日で。お墓参りの帰りに、久々に寄ってみたんだ」


まるで俺の思考を読み取ったかのように、は言った。
そうか、と返事をすれば、うん、とだけ頷く。
次の言葉が続かず、どうしたもんかと思案していると、彼女の後ろの方で見知った人物が目に入る。
その人物は俺に気がつくと、不機嫌そうだった表情を嬉々としたものに変えて近寄ってきた。


「桐生ちゃんやんけ!」

「兄さん」

「それと……お?」

「お久しぶりです、真島さん」


兄さんの方に向き直って、ぺこりと頭を下げる。
、か?」と確かめるように、彼女の名前を呟く。


「なんやえらい久しぶりやのー、今日はどうしたんや?」

「お墓参りの後に、寄ってみたんです」

「そかー」


どうやら兄さんもその後に言葉が続かなかったようで、妙な沈黙が俺達の間に流れる。
が苦笑いを零して、それじゃあ、と言いかけた時、兄さんが何かを閃いたように目を開いた。


「どや、今からわしんとこで飲まん?」

「え……」

「ええやん! 久しぶりに会ったんやから、積もる話もあるやろ?」


な? とと俺を交互に見る。
彼女が俺をちらりと見た。一瞬だけ視線が交わって、困ったように微笑んでいる。


「そうするか。俺も色々と話がしたい」


俺の返答が思っていたものと違ったのか、今度はが目を開いた。
「よっしゃ行くでー!」と俺と彼女の肩を抱き、兄さんが豪快に歩き出した。



真島組はミレニアムタワーの五七階にある。
酒とつまみくらいなら常備しているとの事で、道中で特にどこにも寄る事なくまっすぐと真島組へとやって来た。
事務所の中に入ると、数人の組員が勢いよく頭を下げる。は律儀に頭を下げながら、促されるまま奥へと進んだ。

横長、革張りのソファに座る。を挟むように、彼女の両隣に俺と兄さんが座った。
すぐに組員が、到底三人だけでは飲み食いできない量の酒とつまみを運んできた。
はまたもや頭を下げ、さらにテーブルの上にそれらを並べる手伝いもしていた。
全てが並び終わると、兄さんは組員に何やら耳打ちをして。彼女はそれに気がついていない。
「ごゆっくり」という言葉が、やけに耳に残った。

気がつけば黙々とが三人分の水割りを作っている。それぞれを俺と兄さんに渡すと、自分もそれを持ち前に差し出した。


「それじゃあ……乾杯」


控えめな彼女の声と、グラスが軽くぶつかる音だけが響いた。

互いに、ぽつぽつと近況なんかを話して。
は、特に仕事も住居も変えず、細々と生活をしていると話した。
変わったのはせいぜい役職くらいだ、と。


「こうして、誰かとお酒を飲むの、久しぶり」


そう言う彼女は、もうすでに酒が回っているのだろう、とろんとした瞳でグラスの中の氷を見つめていた。
柏木さんがいつだったか、彼女はそんなに酒が強くないと言っていた事を、思い出す。


「なあ


珍しく、ほとんど喋っていなかった兄さんが、突然口を開いた。
彼女の向こう側にいるので、俺からははっきりとその顔や表情は見えなかったが、いつもの雰囲気と少し違う気がした。
氷を見つめていた瞳が、兄さんの方を見る。


「本当にお前は、柏木を愛してたんか?」


空気に、大きなヒビが入る。いつも突拍子もない事を言う人ではあったが、突然どうしたと言うのだろうか。
誰がどう見ても、確かに柏木さんはを愛していた。それは彼女も同じだろう。


「……愛そうと、してた」


けれども、彼女の口から零れ落ちた言葉は、意外なものだった。
兄さんから瞳を逸らし、また氷を見つめる。
グラスを握る指が白くて、力を込めている事は容易に分かった。


「お前が欲しかったんは、柏木やなくて、自分を愛してくれる奴やろ」


びくり、と彼女の肩が揺れる。
俺は、何も言えなかった。彼女を庇う言葉も、兄さんの言葉を否定する事も。

ずっと、長年感じていた違和感の正体はこれだったのか、と妙に納得してしまった。
確かに誰が見ても柏木さんは、のことを愛していた。それは間違いないだろう。
彼女のことを話す柏木さんの声にも、見つめる瞳の中にも、確かに存在していた。
けれども、思い返せばの中には情はあっても、愛はなかったのだろう。

どく、どく、と。心臓が血液を送り出す音が、やけに大きくなっている事に気がついた。


「今もどうせ独り身なんやろ」

「……真島さんには、関係ない」

「ちゃうな。探してるんやろ? 自分のこと、甘やかしてくれる奴を」


その言葉が言い終わる前には、持っていたグラスの中身を兄さんの顔に勢いよくかけていた。
兄さんは憤慨するでもなく、面白そうに笑っている。
俺の視界には、彼女の後頭部と兄さんの歪んだ笑い顔だけが映り込んでいた。


「わしが甘やかしたるわ」

「は……?」

「そんでもって、わしなしでは生きられんようにな」


彼女の後頭部に、兄さんの手が回る。俺との距離が少し離れて、兄さんの顔が見えなくなった。
くぐもった彼女の声がして。何がどうなっているのか、と理解する前に腕が動いていた。
を抱え込むように、自分の方へと引き寄せる。邪魔をされると思っていなかったのか、彼女を押さえられる程度にしか力を入れてなかったようで
いともあっさりと、の体は胸の中にすぽんと収まった。


「……なんやねん。桐生ちゃん」


鋭くなった眼光が容赦なく俺を貫く。自分でもどうしてこんな行動をしたのか、分からない。ただ、勝手に体が動いてしまって。
ふと、俺を見上げるの顔を見る。
その表情は、助けを求めているようにも、また別の何かを求めているようにも見えて。
そうだった。彼女は以前からこんな瞳をしていた。
柏木さんを見ているようで、空虚を見つめていたその瞳に、いつしか映り込めたら、と思ってしまった。
この感情を、人はなんと呼ぶのだろうか。


「きりゅ」


が俺を呼ぶよりも早く、その唇を塞いでいた。
初めて触れる彼女の唇は、柔らかくて温く、それから同じ酒の味がした。
体勢が体勢なだけに、思うように抵抗ができないのだろう。ばたばたと手足を動かされるが、そこまで邪魔にはならなかった。
仰け反るように晒された首筋を撫でてやる。そうすると、びくりと体が強張った。

酒の味がしなくなる程、彼女の口内を堪能して、それからゆっくりと離れた。
突然の事で、うまく呼吸ができなかったのだろう。目には涙の膜が張っている。


「な、んで……」

「桐生ちゃんもに中てられたって事やろなぁ」

「……兄さん」

「そんな怖い顔すんなやぁ。ほな三人でいい事しよか?」

「やっ……」

「嫌やないやろ? のこと愛してくれる男が二人もおるんやで?」


なぁ? と俺を見る兄さんの目は、今にも人を殺しそうな程殺気をまとっていた。
おそらく、独占欲と加虐心がせめぎ合っているのだろう。彼女を自分だけのものにしておきたいという気持ちと、思い切り泣かせたいという心。
この人は知っている。人は、一度ボロボロにした方が再構築しやすいという事を。残酷なまでに、熟知している筈だ。


、悪いが諦めろ」

「なっ……」

「できるだけ、優しくはする」


俺のその言葉を聞いてそれから兄さんの表情を見て、俺達が本気だという事を悟ったのか、は諦めたように息を吐き出した。
彼女の体を起こし、白くて薄い生地の服を脱がす。兄さんは慣れた手つきで、紺色のスカートと黒いタイツを脱がしていた。
が両腕で体を覆う。全ては隠しきれていなかった。ぼそりと「……照明、落として」と呟いたのが聞こえる。
兄さんは一瞬呆気に取られて、それからにんまりと笑うとテーブルの上にあった白く細長いリモコンで、部屋を暗くした。
電灯は完全に消えたのだろうが、大きな窓から入る明かりでぼんやりとお互いの姿は認識できた。
浮かぶ彼女の肌の色に、ごくりと喉が鳴る。

兄さんが、再度彼女の後頭部に手を回し、引き寄せる。今度は抗う事なく、すんなりとそれを受け入れていた。
その背中に張りつき、下着の上から胸を揉む。ワイヤーやら生地が邪魔で、すぐに下着をずらして直に触れる。
下から持ち上げるように動かし、時折人差し指で飾りを弾く。その度に、彼女の口の端から声が漏れて。
一度手を離し、背中のホックを外す。腕を紐の輪から抜き、そのまま下着はソファの下に落ちていった。
兄さんが顔を離れさせ、徐々に下へと移動する。俺はの頬をゆるく掴んでこちらを向かせ、半開きだったそこに唇を重ねた。
舌を絡ませると、呼応するように彼女の舌も蠢く。ちらりと様子を窺えば、彼女はきつく目を閉じていた。
下に視線をやれば、兄さんの頭がの胸辺りにある。一瞬、彼女の体が震え水音が聞こえる。


「ん……ふっ、ぁ……」


重ねた唇の隙間から声が漏れる。
何かを堪えるように、聞き逃しそうな程小さく紡がれる嬌声に、脳の奥がビリビリとするのを感じた。

空いていた右手で、肩、体の側面、腰、と触れていき、太ももの付け根まで。
ぴたりと両太ももはくっついていたが、所在なさげにもじもじとこすり合わせている。
下腹を撫で、そのまま下着の中へと手を侵入させた。
軽く開き、指を這わせばそこは程よくぬかるんでいて。指を奥深くへと沈めようとすると、肉壁が押し返そうとする。
やや強引に奥へと進め、もう一本の指も追加する。バラバラに動かすと、漏れる声の量が増えていく。


「あかん……もう我慢できん」


そう言うと、兄さんはから体を離すと、ジャケットを脱ぎベルトに手をかけた。
俺も同じように服を脱いでいく。ソファの下に、無造作に俺達の服が落とされる。

兄さんはの体を横たえると、くるりと反転させた。
戸惑う彼女の尻を上げさせると、そのまま体を倒す。


「やっ……!」


ためらいもなく、一気に挿入されたのか、苦痛にも似た表情を浮かべる
兄さんは容赦もなく、がつがつと彼女の体を揺さぶる。


「ひっ……、あ、んっ! やぁっ! んっ、んっ……!」

「嫌じゃないんやろ? こんなにしといて……!」

「やあっ……い、わない、でっ……!」

「……桐生ちゃんのも可愛がってやり」


俺を見てにやりと笑う。その間も、彼女を攻め立てる事は止まらない。
が顔を上げ、俺を見る。その瞳にはただ情欲の炎だけが灯っている。
手が伸ばされ、そこに触れる。びくん、と揺れたそれに唇が近づく。
口を開き、そこから舌が出て、ちろりと先端を舐めた。


「ん……」


思わず漏れた声は、どうやら二人には届いていないようだった。
の舌が、先端を舐めたかと思えば、それは段差の部分をぐるりと舐め回し、そして裏筋を上下する。
いよいよ咥えられて、温かい口内の中で舌が卑猥に動き、至る所を刺激する。
口に入っていない部分は、手で扱かれていて。
どうしようもない快感が脳を支配する。


「はっ……なあ……もう出してもええか?」

「んっ……」


俺のを咥えたまま、こくこくと頷く彼女を見て、兄さんが動きを速めた。
それからすぐに兄さんが彼女の中から自身を抜き、手で扱き彼女の背中にそれをぶちまけた。


「次は桐生ちゃんの番やで」


兄さんはの両脇に手を入れ、自分の方へと倒す。
胡坐をかいている兄さんの太ももに、彼女の頭が着地した。
閉じられてしまった足を開かせて、その間に体を捻じ込んだ。
彼女の唾液でぬらぬらと光る自身を、ひくつくそこに宛がいゆっくりと押し込んでいく。
指を入れた時に想像していたよりも狭いそこに、すぐにでも射精してしまいそうになる。
それをなんとか堪え、奥まで進める。小さく息を吐いて、の顔を見た。
右手の甲で口を押さえ、それでも目は続きを期待するかのように俺を見ていた。

ギリギリまで抜き、そして勢いよく突けば、抑えきれない声がだんだんと大きくなっていく。


「あ、あ、あ……! や、ん!」


気がつけばいつの間にかの口には、兄さんのものが収まっていて。
俺に揺さぶられながら、兄さんのものを咥える彼女の姿は、煽情的以外の何ものでもなかった。
そこに嫉妬心とか、独占欲なんてものは湧き上がってこなくて。
ただただ、乱れる彼女の姿を見ていたい、その一心だった。

どれくらいを揺さぶっていたか分からないが、そう長くはなかっただろう。
一度我慢した射精感がやってきて、彼女の中から引き抜くとそれを扱いて、上下する腹に散らした。
広い空間に、みっつの呼吸音が交錯する。



きっと、俺達はそれぞれ違う先を見ていた筈だ。
けれども、不意に後ろに振り返ってしまった時に気づいたのだろう。
みな、同じ手の平の上にいるという事を。

誰かに愛されたい。
誰かを愛したい。
でもきっとそれは、誰でもいい訳じゃなく。

俺と兄さんにとってそれはだった訳で。
果たしてにとっては、誰なのか。

兄さんの腕に抱かれて眠る彼女の手は、確かに俺の手を握っていた。











企画「Triangle」様に提出した作品です。