気がつけば、俺に追いつこうと必死に追いかけてきていた。
俺がどんな時でも、いつも隣にいて。
その気持ちは、ただの憧れだと思っていた。
小さくて、なのに度胸があって、俺に笑顔をくれた奴。
それが、俺にとってのという女だった。


「桐生さん!」


夜の神室町をぶらついていると、後ろから声をかけられて。
俺にこうして声をかけてくれるのは、見知った人間の中でも数人しかいない。
そしてこの声は、間違える筈もなく。
振り返れば、笑顔を浮かべたが近づいてきた。


か」

「沖縄から来てるって聞いたから、どこかで会えるかと思ってたんです」

「そうか」

「思っていたより早く会えて嬉しいです!」


俺の右手を握って、上下に振る。特に拒否する訳でもなく、好きにさせておく。
こうして彼女から触れられるのは、嫌いではない。
むしろ、その温度に安堵を覚えるくらいで。


「夕飯、もう食べました?」

「いや、まだだ」

「じゃあ私作りますよ! 今日はセレナもお休みでしょう?」

「いいのか?」

「はい」


何気なく招かれたが、の家に行くのはこれが初めてだ。
の顔を見れば、嬉しそうに何かを考えている。
何を考えているかは分からないが、女が男を家に招くという事の、重要さを分かってはいないようだった。
もしかして、こうやって他の男も呼んでいるのだろうか、と考えた。
握られたままの手を引かれ、歩き出す。


「なあ」

「はい?」

「……よく、呼ぶのか? その……男を」

「そんな事ないですよー。桐生さんが初めてです」


その言葉に、柄にもなくホッとしている自分がいて。
俺の発言に気を悪くしている感じはないが、あまりにも無防備で意識をしていない発言に、頭を項垂れるしかなかった。

神室町を外れた辺りで、ここです、とマンションに辿り着いた。
特別新しくて綺麗、という訳ではなかったが、手入れの行き届いた感じはしている。
ロックを外し、エレベーターに乗り込む。狭い室内にふたりきり、という事に否応なしに意識してしまうのは相手が好いた女だからか。
の横顔を見るが、意識しているどころか、呑気に鼻歌なんて歌っていやがった。

どうぞー、と言われ、邪魔する、と言ってから玄関に入る。
スリッパを出され、それを履き中へと進む。
物があまりない、シンプルな室内だ。


「適当にくつろいでください」

「ああ」


そう言うとは、すぐにキッチンに立った。
食卓であろうテーブルに着く。バレない程度に、部屋を見回す。
対面式のキッチン、リビングダイニング、それから見える扉は寝室だろうか。
リビングの方にはローテーブルと、テレビがある。
そうこうしていると、がやって来た。

出されたのは、つまみと酒だった。酒は瓶ごとで。


「お先にどうぞ。メインができるまでは少し時間がかかっちゃうので。あ、お酒残しておいてくださいね」

「悪いな、じゃあさっそくいただくか」


胡瓜の梅肉和えを先に口に入れる。
叩いてあるのか、噛みやすい。梅肉もちゃんと梅をほぐした物を使っているようで、思わず「うまい」と呟いていた。
シンプルだが、それがいい。ふとを見れば、満面の笑みを浮かべている。
たった一言で、こんなにも喜ぶのか、と思うとそれが可愛さに変化して。

それから、テキパキと料理を作っては運んでくる。
青菜の浸し、焼き魚、煮物、金平、生姜焼き、味噌汁、白米。品数も量も多かったが、俺を思ってくれての事だと思うと、自然と笑みが浮かぶ。

エプロンを外して、が席に着く。
揃っていただきますを言い、食事を始めた。
俺は沖縄の事や、子ども達の事を話す。はどんな話でも楽しそうに相槌を打ってくれて。
は、彼女の仕事の事や、俺の知る面子の近況を教えてくれた。

食事を終え、余ったおかずと酒を持って、ローテーブルに移動する。
ソファに座るが、いきなり近くなった距離に思わず唸るが、は気にしていないようだった。
きょとんとした顔をしたの隣に座り、酒を飲む。

何も気にせず、いつものペースで飲んでいたが、も結構な早さで飲み進めていた。
けれど、次第にその手がおぼつかなくなり、瞳がとろとろとしている。
頬も赤みを増し、はっきり言ってその表情はこちらとしては酷なものだった。


「おい、お前飲み過ぎじゃねえか?」

「そう、ですかね……桐生さんの、ペースに合わせようと、したら……」

「俺のペースって……お前、そんなに酒強くねぇだろう」

「ははは……」


へらりと笑うが、すぐに俺の胸の中に飛び込んでくる。すわ何事かと思ったが、どうやら酒が回り過ぎたようだった。
「すみません……!」と謝りながら起き上ろうとするが、腕に力が入っていない。
小さな手の平が、俺の胸を押すが何も変わらない。
しょうがないな、と思いながら、彼女の両肩と膝裏に腕を回した。


「え、え、え?」

「寝室まで運んでやる。大人しくしてろ」


そう言って、抱きかかえて持ち上げる。すぐそこの寝室に行く。
なんとか扉を開けて、ベッドへ降ろす。
暗闇の中、目を凝らせばの顔が見える。


「あ、りがとう、ございます」

「……いや」


その表情、顔が、あまりにも煽情的で。ただ酔っているだけなのに、まるで誘っているようにも思えて。
ぐるぐると思考が動き始める。
そもそも、なんとも思っていない男を家に呼ぶような女ではない。
でも、俺を意識しているような素振りはなかった。
まだの中で、俺への気持ちが固まっていないのだろうか。

ふと、を見れば、きょとんとした表情をしていた。酔った状態でその表情は、反則だった。
ゆっくりと顔を近づけて、その唇に己のそれを宛がっていた。

啄むように、そして唇を割り、中に舌を侵入させる。
同じ酒の味のする口内。ゆらゆらと動くの舌を、逃がさないように絡めとる。
抵抗される様子はなく、それをいい事に事を進めていく。

唇を離して、そのまま首筋に這わせる。
セーターの裾から手を入れ、脇腹をなぞりながら、上へと移動させる。
下着の上から膨らみを揉む。下にずらして、乳首を弾く。


「あっ……」


酒のせいではない、暗闇でも分かるくらいに頬に赤みがさす。
彼女の片手が、口元を覆って。その仕草があまりにも可愛くて。
耳元に口を寄せ「声、聞かせろよ……」とささやいた。
覆う手の平を外し、胸を揉みながら、再度乳首を弾く。


「あっ、ぁ……うぅ、ん……」


セーターをたくし上げ、起ち上がったそれを口内に含む。
飴玉を転がすようにすれば、の声がさらに大きくなる。
下へと手を伸ばし、ジーパンの固いボタンを外し、ジッパーを下げる。
引き摺るようにそれを脱がし、下着越しに入口をなぞる。


「ひぁっ……! ふ、ぅん……!」


甘い声に、脳髄がとろけそうな感覚を覚える。

女なんて、それこそ色んなタイプの女を抱いてきた。
よりいい体をしてる女だっていたが、ここまで俺を振り回すのは、こいつしかいない、と。
本当に、心底惚れてしまった女を抱くのは、もしかしたらこれが初めてかもしれない。

出逢った頃は、まだまだガキだと思っていた。
適当にあしらっているのに、やたらと俺に懐いてくっついては回ってきた。
次第に成長して、気がつけばこいつは女になっていて。
俺が、どんなに荒れていても、隣にいて。
笑って「桐生さん」と呼ぶ声が、いつの間にか愛おしいと思うようになっていた。
それ以来、俺の中で女はこいつだけで。

不意に、声が止む。
顔を見れば、その瞳から大粒の涙が流れ落ちている。


「……?」

「……っふ、ぅ……」


手を止め、サイドにあった照明のスイッチを手探りでつける。
やはり、泣いているがそこにはいた。


「泣いているのか?」

「……ごめ、なさい……大丈夫、だから……」

「どうして、泣いてるんだ」


両手で頬を包んで、その丸い瞳をじっと見る。
泣かせてしまった罪悪感と、どうしようもない愛おしさの気持ちが籠る。

俺が、一人で舞い上がっていただけなのかもしれない。
にとって俺は、ただの友人で、流れに流されていただけなのかもしれない。
そうとなれば、怖い思いもさせてしまっただろう。


「……俺が、嫌か?」

「え……」

「急に、すまなかった」


最後くらい、そう思って額に口づける。名残惜しいが、体を離す。
彼女も起き上り、俺を見る。
焼きつけるようにを見て、安心させるように笑ってから、立ち上がった。


「今日は、帰る」


きっと、の中で俺は最低な男の烙印を押されたかもしれない。それも仕方がないだろう。
もう、会わない方がいいかもしれない。そんな事を思いながら、ドアノブを掴む。
すると、焦ったような足音の後に、背中に軽い衝撃を感じる。


「待って……帰らないで……!」

?」

「違うの……! 嫌、なんかじゃない……! 嬉し、かった!」


顔だけ振り返り、俺の背中に縋る小さな体を見る。
泣いているのか、震えている。


「ただ、ただ……これが、桐生さんにとって、なんの意味もないのかって、そう思ったら……」


その言葉に、年甲斐もなく喜ぶ自分がいて。





気がつけば、抱き締めていた。
子どもみたいに泣きじゃくる姿さえ、愛おしくて。ただ、その背中を擦っていた。
そう言えば、肝心な事を伝え忘れていたのは、俺だった。


「ちゃんと言葉にしなかったのがいけなかったな」

「え……?」

、俺は……お前が好きだ」


体を離して、俺を見上げる。
その表情は驚きでいっぱいで。
涙も止まり、また頬が赤くなる。


「気がつけばいつもお前は隣にいてくれただろう? 俺が辛い時も荒れている時も……ずっと」

「それは……私が、ただいたかっただけで……」

「それが嬉しかったんだよ。それに、出逢った時は子どもだと思ってたが……いつの間にかお前はすごく綺麗になった」


俺の心臓の音、聞こえるか? と言えば、口を閉じて、探るように音を聞く。
はっとしたように俺を見るから、思わず照れちまう。


「お前の気持ちも聞かずに、本当に悪い」

「私の気持ち……」

は、俺のことをどう思っているんだ?」

「私は……ずっと、桐生さんに憧れてました。だから、このまま抱かれてもいい、って。それが桐生さんにとって大した意味がなくても……でも、どうしてか、胸が痛くて……」


それは、おそらく。


「私、桐生さんのことが、好きなんでしょうか……?」

「……俺に聞かれてもな」


まだきっと、完全に自覚はできていない気持ちなんだろう。
それでも、きっと天秤は完全に傾いていると判断した。
湧きあがる笑みを隠さずに、抱きしめる。
意図せずに、ぶつけてしまった熱情に、の頬がまた赤くなった。


「続き、してもいいか?」

「え、っと……」

「お前を抱きたいんだ」


自分でも分かる程、熱の籠った声だった。その声に促されるかのように、彼女が頷く。
勢いで、の足がもつれるのも構わずベッドへと押し倒した。


「悪い、もう我慢が利かないかもしれねぇ」


そう言って、口づけて強引にそこを割る。
苦しいだろうとも思いながら、舌を絡め取る。軽く胸を叩かれたが、気にしていられなかった。
腕を退けて、胸を揉む。起ち上がっているそこを遠慮なく摘まんで。
片手はそのまま、もう片手を下に持っていき、ためらいなく下着の中に差し込んだ。
そこはもう充分に潤っていて、俺の指を二本呑み込んだ。


「んあっ……!」


中でバラバラと動かすと、そこが収縮して痙攣する。


「きついな……」

「あ、あ、だ、めっ……!」


親指で、敏感になっている蕾を擦る。
すると、の腰がびくりと跳ねて。俺の与える刺激に、ちゃんと感じている事が、途方もなく嬉しくてしょうがない。
中と蕾への刺激を続けていると、の様子が少し変わる。


「やあ、だめ……っいっちゃ、う……ぅん!」

「いいぜ……イく顔見せろよ」

「ふあぁ……やあ、ぁ、きりゅ、さっん……!」


俺の腕に縋りながら、が絶頂を迎える。
荒い呼吸を繰り返す彼女の片足を持ち、自分の入れる空間を作る。


「なあ

「……は、い」

「名前で、呼んでくれねぇか?」

「……かず、ま」


名前を呼ぶ事に気を取られているうちに、一気に己自身を中へと突き立てた。
目と口を開いて、驚きつつも快感を覚えている表情。
指を入れた時に感じていたが、中は相当な狭さだった。
下手をすれば、すぐに持っていかれそうな程。


「中、すごい締まってるぞ……っ」

「やあ! あ、ああぁ! かず、まぁ……!」

「っく……」


ただ、無我夢中に腰を突き動かす。
名前を呼ばれて、背中に手を回されて、俺の下で喘ぐのその表情。
どうしようもない程の快感が、体全体を襲う。


「やああ! また、いっちゃう……! ひあっ、あぁ、んんっ!」

「はっ……俺も、やばい……くっ、う……あっ」


責任は元々取るつもりでもいたが、直に中へと欲を出してしまう。
体を支えていた腕の力を抜いて、の上に覆い被さる。


「はあ……大丈夫か?」

「は、い……んぁ……」


中に入れたままのものが動くのか、少し体をずらしただけで、彼女が声をあげる。
何もかもが愛おし過ぎて、勝手に言葉が出ていた。


「愛してる……」


の唇、額、頬、鼻の頭。それから体中にキスをする俺の顔は、きっと人に見せられるような顔じゃなかっただろう。





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