「たまにはおじさんとデートでもしてきなよ!」


そう言って、遥ちゃんはとても笑顔で手を振ってくれた。



並ぶ出店の数々、聞こえてくる祭囃子、行き交う人達はみな笑顔だ。
握っている手が熱い。手汗は大丈夫だろうか、なんて女性としてあるまじき事を考える。
そんな私に気がついていない桐生さんは、前を向いている。
時々、私を見下ろして、大丈夫か? と聞いてくれる。


「人ごみはあんまり慣れないけど、なんとか大丈夫です」

「お前のそういうところは変わらねぇな」

「はは……」


そうやって、笑うところも、格好よすぎるから、心臓がもたない。
オレンジ色のアロハシャツに、白いズボンの時も相当格好いいと私は思うけれど
今の格好は反則だと思うくらい、私の心臓を鷲掴みにした。

濃紺の生地に白い流線を描いた浴衣。これは私が着ている訳じゃない。
そう、隣に立つ愛しの桐生さんが着ているのだ。
ただでさえ普段見られないような姿なのに、それが私だけの為だと遥ちゃんから聞かされ
もう、どうしようもないくらい、心臓がうるさい。

かくいう私も、遥ちゃんに着付けてもらった浴衣を身に着けている。
黒地に、青い紫陽花があしらわれた物だ。
大人っぽすぎず、子どものようにもならない、抜群のセンスを発揮している。
選んだのはもちろん遥ちゃんだ。
最近の子ってすごいな、と素直に思った。


「なんか食べたい物はあるか?」

「いえ、そんなに。桐生さんは?」

「俺もだな。そうだ、たこ焼きでも食べるか」

「はい」


青のりが歯につかないといいけど、と思いながら頷いた。

並ぶ出店の中から、適当に選んだお店にいたのは、眩しい金髪を持つお兄さん? だった。
彼の顔を見ると、桐生さんの表情が一変した。


「お、誰かと思たら桐生さんやないか」

「お知り合いですか?」

「……ちょっとな」

「なんや、女連れとはやるやないか」


わし、郷田龍司言いますねん、と話しながら器用にたこ焼きをひっくり返していた。
よろしくお願いします、と言いながら頭を下げた。


「べっぴんさんで礼儀正しい子捕まえたなぁ」

「放っておけ」

「お姉さんにおまけして、ふたつたこ焼きつけたるわ」

「まだ買うなんて……」

「ありがとうございます!」


私は巾着からお財布を出して、五百円玉を取り出し郷田さんの手の平に落とした。
舟に入れられたたこ焼きを受け取って、手を振る郷田さんに会釈をしてその場を離れる。


「お前は勝手に……」

「だっておまけしてくれるって言うから! 食べられるならたくさん食べたいですよね?」

「……そうだな」


やや呆れながらも、笑って竹串を取るところを見ると、桐生さんも食べたかったんだろう。

ぷすりと串を刺す。湯気がたっているそれを、息を吹きかけながら一口齧る。
カリカリの外側に、じゅわりとろとろの中。出汁の味が主張し過ぎず、なおかつほんのりと香る。
ソースの香ばしさとマヨネーズのまろやかさのマッチ。


「……っめちゃめちゃおいしい!!」

「ああ、そうだな」

「とてつもない人をお友達に持ってるんですね!」

「いや友達では……おい、口にソースついてるぞ」

「え、どこですか?」


片手に舟、片手に串を持っていてもたもたとする。
不意に陰って、何かと思って顔を上げた。

重なった唇に、まるでたこ焼きの中のたこみたいになる私の顔。


「確かに美味いな」


いたずらっぽく笑う桐生さんの、意外な一面に、また心臓が跳ねた。









夏祭りの浴衣デート








Title by 瑠璃 「春夏秋冬の恋20題 夏の恋」