東城会六代目会長という肩書が、これ程までに邪魔だと思った事は、今までなかった。

大切な女が目の前で泣いているのに、涙のひとつも拭えない。
泣かせたのは他の誰でもない、己だというのに、それでも彼女の涙が止まって欲しいと切に思っている。
けれども、心のどこかでは俺のせいで泣いているという事実に
どうしようもないくらい、喜びを感じてしまっている自分もいて。
相反する感情がない交ぜになって、ただ握った拳を潰そうとするばかりだ。


「……すまない」

「謝ってほしいなんて、思ってない」


かろうじて絞り出した言葉は、すぐに否定される。
目を真っ赤にして、睨むように俺へと視線を投げる
その表情は、初めて見るものだった。


「大吾は、私のこと、嫌いになったの?」


途切れ途切れの言葉はそれなのにとても鋭く、まっすぐと俺の心臓に突き刺さる。
自分の言葉にまた涙を溢れさせる。辛いなら、聞かなければいいのにとさえ思ってしまう。

肯定の言葉を吐くのは簡単な筈なのに、俺の唇は動く事をしない。
の為を思うなら、そうすべきなのに。
けれども一度言葉にしてしまえば、それが現実味を帯びてしまう。それがどうしようもなく、背筋を凍らせた。

否定の言葉を言えば、おそらく彼女は涙を止めて喜ぶだろう。そうしてやりたい気持ちは、どうしようもなくある。
けれど、それは本当にの幸せを思うなら、決して選んではいけない道で。





正しいし方がわからない





どうして俺は、ヤクザなのだろう。
どうしては、堅気なのだろう。
それは、互いに生きてきた道が違うからで。答えは分かりきっている。

どうして、俺は彼女を見つけて、愛してしまったんだろう。
泣かせてしまう事なんて往々にして分かっていた筈なのに。

それでも、愛する事を止められなかったのは、どうしようもなくに惹かれてしまったから。
何よりもが、俺を愛し返してくれたから。

汚れきった俺にはもったいないくらい、ガラス玉のようにきらきらと透明で輝いていた。
宝石でないのは、たとえ他の人間に価値がなかったとしても、俺にとっては宝物だったから。
幼い頃、夢中になって集めたあのガラス玉のようで。


「私は、大吾のこと、好き。何があっても、愛してるよ」


睨んでいた筈の瞳がまたゆらゆらと揺れる。
ぽたぽたと落ちる涙が、本当にそれのようで。


「嫌いなら、嫌いでいい。でも、嘘は、吐かないで」


近づかれたら最後、何かが決壊する事は目に見えて分かっていたから、距離を開けていたのに。
物理的にも、精神的にも開けていた距離を、はいとも容易く飛び越えて。
俺の頬に、触れる。


「どうして、別れようって言った大吾が、泣くの?」


堪えるように、安心させるように、は笑う。
涙を流したまま、聖母のように笑うから、俺は。


「……っ、俺は……」

「うん」

「ただ、お前だけには、幸せになって欲しくて」

「うん」

「けど、俺の隣じゃ」

「大吾」


言葉を遮ったのは、の唇だった。



Title by rewrite「人でなしの恋五題」