多忙な人だから、会えるなんて思ってもいなくて
震える携帯電話が、あの人のメールが来た事を告げる。
今日、会えるか? とだけ書かれたメール。
仕事の後なら大丈夫、とだけ返す。
すぐに返信が来て、なら、終わりの頃に迎えに行く、と書かれていた。

それだけの事なのに。
心臓はこれでもかってくらいに早くなって、顔は熱い。

仕事なんて殆ど手につかなくて、想う事はあの人のことばかり。
同僚に茶化されながらも、退勤する。
ミレニアムタワーの中にある仕事場から、エレベーターを使って外に出れば、黒塗りの高級車が停まっている。
後部座席の窓が開いて、そこから彼がこちらを見ていた。


「大吾!」

「待たせたか?」

「ううん。私こそ、待たせちゃった?」

「いや。寒いだろ? 中入れ」


お付の人が、ドアを開けてくれる。
中はまだ肌寒い外より、快適な温度で思わずホッとした。
運転席にドアを開けてくれた人が座って、車がゆっくりと動き出す。


「会えるなんて、思ってなかった」

「なんとか仕事を終わらせたんだ。俺がに会いたくて」

「……ありがとう」


彼も恥ずかしかったのか、口元を手で覆っている。
頬は桃色で、それは暖房のせいだけじゃないと思う。


「それで、今日はどこに行くの?」

「真島さんにいい店を紹介してもらったんだ。そこに行こうと思ってる」

「本当? 楽しみだなぁ」


ん、と背伸びをして、背中をほぐす。
「疲れてるのか?」と聞かれて、笑って返事をした。


「大吾に会えると思ったら、緊張しちゃって。同僚にすごくからかわれた」

「……そうか」


嬉しそうに顔を綻ばせる。
こんな顔をしてくれるのは、私の前だけだといいな。

しばらく車に揺られていると、一件のお店の前に停まった。
降りると、洋風のこじんまりとしたお店が目の前にある。
「ここ?」と聞けば「そうだ」と返された。


「今日は貸切にしてもらった」

「ええ! そうなの?」

「ああ。ふたりでゆっくりしたかったんだ」


ワインレッドの扉を開けると、髭を蓄えた人の好さそうなコックさんに出迎えられた。


店内は静かなジャズが流れていて、出された料理も申し分ない物だった。
食後の紅茶を飲んでいると、大吾がやや緊張した面持ちで、そっと小さな箱を出してきた。


「その……バレンタインデーの、お返しだ」

「わあ……、ありがとう。早速開けていい?」

「ああ」


箱を開けると、中にはネックレスが入っていた。
モチーフは小さな月と星だ。


「綺麗……」

に似合うと思ったんだ。つけてみるか?」

「うん」


大吾が後ろに回って、ネックレスをつけてくれる。
不意に、うなじに大吾の手が触れて、体が熱くなる。
きっと、今すごく顔が赤いに違いない。

少しして、大吾が席に戻る。


「ああ、やっぱり似合ってる」

「本当? 嬉しいなぁ」


鎖骨の真ん中で揺れる月と星に触れる。


「次のプレゼントは……指輪でもいいか?」

「え……」


顔を真っ赤にして向き合う私達は、なんだかおかしくて。
でも、嬉しくて浮かんだ涙は確かに本物だと思う。
いつまでも、あなたにドキドキしていたいと、そう思った。










ショコラとブランの動悸は続く










Title by Fortune Fate 「ValentineDay&WhiteDay 2」