人というものは信用ならないのだと教えてくれたのは、先輩だったり恋人だったり。
すっかり人間不信になってしまった俺を、誰も責めはしなかった。
こんな俺にも、傍にいてくれる人はいる。それは一緒に働いている花ちゃんを始め、神室町で出会った人々だ。
けれども、やっぱり胸のどこかでは、いつか彼らも俺の傍から消えてしまうんじゃないだろうか、とか
所詮、人間自分が一番可愛いんだろう、なんて考えてしまう。
それをひた隠しにしているから、悟られた事はないのだろうけど。

ひとり、特殊な人がいる。


俺は彼女をちゃん、と呼ぶ。
彼女は俺を、秋山さんと呼ぶ。

見た目も生きてきた道も、特にこれと言って変わったところはない。
異常な程度胸があって、あの桐生さんや真島さんとも渡り合える人だ。
それに、お人好しと言われるくらいに優しくて、間違った事は違うと言える強さを持っている。
時々失敗もするし、彼女自身が間違った道に進もうとしてしまう事もあるけれど
そんな時は、結局見ていられなくて、周りの人達が止めに入る。
それもきっと、彼女の人望が成せる業なんだろう。

最初は、本当に軽くてふわふわしたような、曖昧な感情だった。
こんな人が恋人だったらいいな、くらいの。
でもまさか、彼女の同じ事を考えていたとは、思いもしなくて。

よくスカイファイナンスに訪れては、花ちゃんと俺と三人で談笑したり。
そのうち、花ちゃんがいなくても来るようになって、その時は俺とふたりでとりとめもない話をしていた。

あまり、自分の過去や感情をさらけ出すのは、好きじゃなくて。
でも何故だか、ちゃんになら話してもいいかな、なんて思ってしまった。


「実はさ」

「うん」

「俺、ホームレスだったんだよね」


文字通り目を丸くして、俺を見つめるちゃん。
ぽつぽつと、ホームレス時代の事とか、どうしてそうなってしまったのか、なんかを話していた。
時々煙草を吸って、コーヒーなんかも飲んだりして。
その間、俺は一度も彼女の顔を見られなかった。


「……という訳。驚いたでしょ?」


そう言って、笑いながら顔を上げた。
ちゃんがどんな反応をしようとも、動じるつもりはなかった。
ただ、多分彼女なら聴いてくれるんだろうな、と思ったから話したまでで。
特にこれと言って、何かを期待していた訳じゃなかった。

ちゃんは、泣いていた。


「……ごめん」

「え?」

「もっと早く秋山さんに出会いたかった」

「……なんで?」

「そうしたら、秋山さんが一番困ってた時に、力になれたから」


そう言いながら、ぐしぐしと泣き続ける彼女に、俺は何も言えなかった。
けれど確かにその時、胸の中に小さな火が灯ったのを感じたんだ。

その火は、彼女という存在に触れれば触れる程、どんどんと威力を増していって。
気がつけば胸を焦がす炎になっていた。
そうして、耐えきれなくなった俺は、バレンタインデーに想いを告げた。





僕にをくれた君に捧ぐ





「ねえちゃん」

「んー?」

「左手貸して」

「ほい」


二人掛けの少し小さなソファに座っている彼女の、左手を借りる。
スラックスの右ポケットから、小さな箱を取り出して、中からとある物を取り出す。
ちゃんは器用に右手だけで雑誌を読んでいるから、俺の行動には気づいていない。

違和感を感じたんだろう。不意に俺の方を見る。
その頃にはもう、それを填め終っていて。


「……なあに、これ」

「んー、なんだと思う?」

「……指輪」

「そうだね」


指輪と俺を交互に見て、下唇を噛む君に、なんて言葉を捧げようか。



Title by rewrite「人でなしの恋五題」