きっと、彼女の中ではまだ俺は友達止まりで
その関係を進展させたくて買った、チョコレート。
我ながら女々しいとは思うけど、しょうがない。
一世一代の決心を胸に、彼女の待つミレニアムタワーの屋上へと向かった。

彼女、と出会ったのはいつだっただろうか。
気がつけば俺の日常に組み込まれていて、当たり前のように隣にいてくれた。
俺を笑わせる事が何より好きで、よくおちゃらけては自分が先に笑ってしまうような人。
そんな彼女を見ていたら、いつの間にか俺の毎日も笑いに溢れるものになっていた。

桐生さんや真島さんとも対等に渡り合える度胸と、しなやかさを持つ。
実は彼らもなんとなく彼女をいい、と思っている事に俺は気がついた。
いくら馴染みの彼らだからと言って、彼女を取られるのは勘弁だ。
だからこそ今日、こうしている訳なんだけど。

階段を昇れば、屋上の手摺に体を預けて夜景を眺めているがいた。
髪が風になびいていて、素直に綺麗だと思った。
俺の足音に気がついて、笑顔の彼女がこちらに振り返った。


「秋山さん! こっちこっち」

「待たせちゃったかな?」

「ううん、私もさっき来たとこ」

「そっか、それならよかった」


かつかつ、とに近づいて隣に並ぶ。
肩と肩が触れそうな距離。年甲斐もなく心臓の音を早くさせてしまう。
ちらりと彼女を盗み見れば、何食わぬ顔でまだ夜景を見ている。


「冬だと空気が澄んでて、夜景がもっと綺麗に見えるねー」

「俺はちゃんの方が綺麗だと思うけど」

「またまたぁ」


俺の肩を軽く叩いて、また前を向く。

その視線を独り占めしたいと思い始めたのは、いつからだったかな。
柔らかそうな唇に、自分のそれを当てたいと思ったのも
触り心地のよさそうな体を、抱きしめたいと思ったのも
君の何もかもを自分のものにしたいと思ったのも、久しぶりだった。

癒えないと思っていた傷は、と出会った事で、次第にかさぶたになっていって
気がつけばもう分からないくらいになっていた。
それだけでも感謝しなくちゃいけないのに、彼女は、また人を愛する事を教えてくれた。
それの尊さ、儚さ、苦しさ。全てを教えてくれた。

俺の視線に気がついたのか、彼女がこちらを見ていた。
「どうしたの?」と聞けば「なんでもない」と笑う。


「ただ、秋山さんが隣にいてくれて、幸せだなーって思って」


鼻の頭を赤くして、マフラーに顔を埋めながらそう言う。
どうして彼女はこうも俺を、嬉しくさせる天才なんだろうか。
愛おしさがこみ上げてきて、思わず彼女の肩を抱いてしまう。
びっくりした表情で俺を見上げてから、笑って俺の胸にすり寄って来た。
元からスキンシップが激しい女性ではあったけど、これには驚いた。

もしかして、君も俺と同じ気持ちだって、思ってもいいのかな。


ちゃん」

「んー?」

「これ、受け取って欲しいんだけど」


紙袋から、包装されたそれを取り出して、彼女の手の平に渡した。
俺から離れて、それをじっと見る。


「なあにこれ?」

「今日はバレンタインデーでしょ? だから、チョコレート」

「……普通は、女の子からじゃない?」

「外国じゃ、男からも贈るのが一般的らしいよ」


鼻の頭だけじゃなくて、頬も赤くなる。
マフラーで顔の半分を隠して、それから鞄から何かを取り出す。


「私が先に渡そうと思ってたのに!」

「え? これ俺に?」

「秋山さん以外にいないでしょ」


じとっとした目で睨まれる。ああ、でもそんな顔も可愛くて仕方がない。


「……このチョコの意味は、どう取ればいいの?」

「もちろん、俺の気持ち。ちゃんのは?」

「手作りで、しかも今年は本命しか用意してないって言えば、分かる?」


真っ赤になった彼女を、思わず抱き締めていた。
嬉しそうな呻き声が聞こえて、俺はやっぱり笑っていた。











男心と逆チョコレート










Title by Fortune Fate 「ValentineDay&WhiteDay 2」