人は恋をすると綺麗になるって聞いた事がある。
そんなのは嘘ぱっちだって事、私は自分の身をもって痛感させられた。



相変わらず船の上は、ルフィ達の喚き声と波の音に支配されている。
そんな中一人、蜜柑畑でぼんやりと空を眺めていた。


「はあ……」


ゴロリと横になって、大の字で空を仰ぐ。


「ふぅ……」


本日二度目のため息は、青い空に吸い込まれて溶けていった。
瞼を下ろし、耳を澄ます。
次第に聞こえてくる、空気を切る音。


「相変わらず一人でよくやるよなぁ……」


きっと今日も船尾であの鉄串団子を振り回しているであろう、寝腐れ剣士の事を遠まわしに呟く。
すでに日課となりつつある、この時間。


ねえ、ゾロは気づいてる?


その串団子を振り回すのを止める瞬間を見計らっ、傍を通る事。
わざわざラウンジに行って、毎回毎日サンジにご飯の時間を聞きに行って
その時間が来ると、君を呼びに行くって事。
結局、元を辿れば自分のエゴなのだけれど、それでも気づいて欲しいのが乙女心。
まあ、気づくとは思っていないけど。


「んー」


半身を起こし、両手をのばしてあくびをした。
目尻には涙が溜まり、それは粒になってポロリと落ちる。
そう言えばいつからゾロのことが好きなんだっけ、と、ふと思い記憶を手繰り寄せた。

きっかけは確か単純だった。

私が住んでいる島にゾロ達がやってきて、迷子になったゾロがたまたま私の店に来て


「道が分かんねェ。案内してくれ」


迷子のくせにどこか堂々としてて、なによりその風貌は私を一瞬で虜にした。
案外惚れっぽいんだな、自分なんて思いながらゾロを港まで案内して。
そこでルフィ達に出会う。

ログが溜まるのはまだ先だからと、ナミに誘われその日は彼らと一緒に食事をした。
海賊だからと言う偏見はなくて、むしろ面白い人達らだなと思ったから。
それよりも、もっとゾロのことが知りたくて、その誘いに応じたんだ。

無論サンジの料理はすごく美味しくて、早くに両親を亡くし小さい頃から自炊をしていた自分のものよりはるかに美味しくて
少しショックを受けていたのも、また事実。

話術が長けているウソップとそれに過剰に反応するチョッパーは見ていて面白い。
そして博識な美女二人とは、かなり話も合って。


はいい奴だな! よし仲間になれ!」


やったぁ、なんて年甲斐もなく心の中で喜んだのも束の間
なぜかゾロだけが難色を示した。
「今まで戦闘すら見た事ないヤツを船に乗せても危ねェだけだ」なんて冷たい一言
心にグサリと刺さる何かがあった。

かと言って、会って間もない人達の目の前でみっともない泣き顔なんぞ見せれるわけもなく
「あ、そう。ゾロは私の事が気に喰わないの。じゃあ、ここでお別れね。ご馳走様でした」と
可愛げのカケラも微塵もない一言を残し、船を飛び降りた。

砂地に足をつけた瞬間に涙が零れて。


「このバカゾロー! お前なんてどっか迷ってのたれ死ねー!」


最悪の一言を放ってそこから立ち去ろうとした時、後ろで鈍い音がした。


「テメェ! 人のこと馬鹿呼ばわりしやがって!」


って凄んできたんだけど、私の顔見てギョッとした表情になってこう言った。


「何でお前泣いてんだよ」

「ゾロのせいじゃん」

「はぁ? おれが何したんだよ」

「だって人がせっかくあの船に仲間として乗り込もうと思ったらさ! ゾロ思いっきし嫌そうな顔して!」

「だからそれは……!」

「なぁにが今まで戦闘もーよ! こう見えて私、そこそこ強いんだからね!」

「バッ……どう見ても闘えるような奴じゃねえだろ!」

「私は奴じゃないです! 立派な女の子です!」

「思いっきり話ズレてるじゃねェか!」

「もう!  船に乗らなきゃいいんでしょ?!」


最後の一叫びをしたらゾロに抱きしめられた。


「誰もそんな事言ってねェよ。話は最後まで聞け」

「聞いたもん。てかなんで私は抱き締められてるのよ?」

「こうすりゃあ、お前逃げねェだろ」


本当はゾロの言ってる事がよく分かんなかったけど、抱き締めてくれている腕の力と
ゾロの体温が気持ちよくて、そのまま体を預けていた。


「確かにお前が乗り込むと危ねェとは言ったが、誰も乗るなとは言ってねェ」


トクトクと、少し早めの動悸が耳に伝わってきて。


「だからおれが守ってやる。道案内のお礼にな。その覚悟はできてるかって言おうとしたんだよ」

「……話はさっさと言うもんだよ」

「悪かったな」


という訳で私は今ここにいる訳なんだけれど
結局あの後、特にゾロとの仲がどうなったって事はない。
お互い普通の船員、私の場合は片想いだけれど。
そう過ごしてきた。
けれど一緒に生活できるのも、いい事ばかりじゃない。

やっぱり他にも女の船員もいるわけで、日常生活を送る上で一切関わりがない日なんてないのだ。
ゾロとナミが喋っていれば頭にくるし、ロビンとお茶を飲んでれば嫉妬もする。

二人の間にゾロが寝てようもんなら、その腹を蹴り飛ばしたくなる、と言うより、やってしまった。
その時の私の顔と言ったら、あのナミでさえ恐ろしく思うほどらしい。


「あの時のの顔には笑ったわー、眉間にかなりの皺寄せて口なんて大きく開けて!」


前言撤回、ものすごく面白がられた。
しかし蹴られた当の本人には


「なんだテメェ! 人が気持ちよく寝てるのによ!」

「あらごめんなさい。ちょっと運動してたらね?」

「八つ当たりすんじゃねェよ!」


八つ当たりに勘違いされるような表情だったらしい。

私だって、できるだけ可愛い自分でいたい。ゾロの前では特に、だ。

好きな人の前では、モジモジしてられないお年頃。
そこそこ経験が無駄にある分、とても動きにくい。

それをナミに相談したら「既成事実作っちゃえば?」なんてケロリと言われ
あまつさえも、隣にいたロビンにすら「なんなら手を貸しましょうか?」なんて言われる始末。


「真っ当なやり方で恋愛をしたいのよ」


バッと起き上がって、グッと拳を握った。
気づけばもう夕刻に近い時刻。
もうゾロの日課も終わったかな? そう思いながら後ろに視線を投げた。


「ブツブツひとり言、言って楽しいか?」


汗だくで、夕陽に照らされ逆光で表情の見えない、愛しの彼がいて
シャラリとなったピアスで、一気に青ざめた。


「……そんなにひとり言、言ってた?」

「ああ、あの勢いはウソップをも打ち負かす勢いだと、おれは思う」

「どんな内容言ってた?」

「眉間の皺……とかそんなんばっか言ってたぞ」


クッと笑う声が聞こえて、今度は顔が熱くなる。
まさかとは思うが、危ない発言はしていないだろうか。
いや、鈍感なゾロのことだからきっと気づいていない、なんて勝手な結論に行き着いた。


「そっかそっか、ごめんごめん」


未だ火照る頬を押さえ、意味もなく謝る。


「そう言えばよ」

「へ?」


プチュ、っと可愛らしい音が響いて目の前にゾロの顔があって
それでもって今唇に当たっている物体は必然的にゾロの唇で
世間一般的にこれは、いわゆるキスと呼ばれる行為で
それは恋人同士が交わす、甘い儀式だと思っている。
意外と私はロマンチストなのだ。


「……なっ」

「で」

「え?」

「誰と真っ当な恋愛するんだ?」

「なっ!」


ニヤリと不敵に笑うゾロと目がかち合う。
きっと、全部分かってたんだ。


「……いつから知ってたの?」

「それはがおれの質問に答えたらな」

「なっ、ちょっ、それ、は……」


悔しい、と同時に湧き上がるこの感情はきっと喜びの気持ち。
火照っている顔はますます熱を帯びる。


「その……だから……それはゾ」

「聞こえねェぞ」

「……ゾロと真っ当な恋愛がしたいの!」


よくできました、って呟かれてまたキスをされた。
今度は少し長くて、甘いキス。


「……ぷは」


酸素が欲しくてハァハァと肩で呼吸をして
もう頬所じゃない、体全部が熱くてしょうがない。


「……ゾロは」

「ああ?」

「私のこと、好き、なの?」


あまりの緊張に声がどもる。そんな私を見てゾロはまた笑う。


「なんで笑うのよ! こっちは真剣に聞いてるのに!」

「おれが好きでもない奴とこういう事すると思うか?」


急に声のトーンが下がって、おまけに夕陽も消えて逆光がなくなって
ああ、やっぱりゾロは本当にいい男なんだなぁ、と改めて認識した。


「思わない……けど言ってくれなきゃ分かんないよ」


ゾロのシャツの裾を引っ張って、ゾロを見上げる。


「……好きだ」


耳元で囁かれ、ゾクリとして。
ポロリとまた、今度はあくびのせいなんかじゃない、嬉し涙が零れ落ちた。

抱き締められて、背中にゾロの体温を感じながら空を見上げた。
星がもう輝き始めていて。


「ね」

「あ?」

「どうして私の気持ち、知ってたの?」


そんなの四六時中見てれば、誰でも分かるだろ

そう呟かれた。
なんだか色々言いたかったり、聞きたい事があったけど
もう幸せだからいいかなと思って、そのまま体をゾロに預けたまま。


「そういえば」

「まだなんかあんのか?」

「夕飯どうしたんだろ……サンジ呼びに来ないね」

「……珍しく気でも遣ってんじゃねェの?」

「え?」


そう言ってまたゾロはキスをする。


「ゾロって意外とキス魔?」

「違ェ。好きな女にずっと触ってたいだけだ」


ああ、もう全部が愛しくてたまらない。










カタコイ