最近のお気に入りは芝生の上! とが言っていた事を、ゾロは唐突に思い出した。
それは目の前で、気持ちよさそうに眠る彼女がいたから。
言わずもがな彼女の下には芝生がある。

気分でも変えて、今日は外でやるか。そんな事を考えながらゾロは、鍛錬に使う道具を持ってデッキに出て来た。
クルーの殆どは船内のどこかに各々いる。
だから、ここに誰かいる事自体がゾロにとっては想定外だったのだ。

別に誰かがいるから、鍛錬ができない訳ではない。
特にうるさくする輩ではなく、ましてやここにいるはどう見たって昼寝中である。
ゾロは丸まって眠るを一瞥すると、彼女から少し離れた場所で鍛錬を始めた。

静かに上下する鉄の塊。ゾロの額に汗が伝う。
時折聞こえる仲間の笑い声。カモメが鳴き波が船体に触れては海に還っていく。
柄にもなくゾロは「穏やかな一日ってのもいいな」などと思いながら、黙々と鍛錬を重ねる。


「……っくしゅん」


不意に聞こえたのはくしゃみの音。
それを発したのは明らかに一人。
ゾロは、くしゃみをしたであろう人物の方に目をやる。
上下する鉄の塊は、スピードを変えずゆっくりと動いたまま。

気温は寒くもなければ、どちらかというと春のような気候だ。
ある程度着ていれば何の問題もない状態。
だけれども、芝生の上で眠っているの服装は、どう考えたって室内でのんびりとするような格好で
ソロは一瞬起す事も考えたが、そのうち自分で目を覚ますだろうと考え
また前を向き、鍛錬を続ける。


「……くしゅっ、んん」


しかし、そんなゾロの思いもお構いなしに、はくしゃみを繰り返す。
そして更に丸まり、自分自身の体で暖を取ろうとしている。


「起きて部屋に行けばいいだろ……」


一度眠ると、あいつはなかなか起きねェな。なんて、他人事のように言うゾロ。
自分もそうだという自覚は、あまりないらしい。
彼はその場に鍛錬用の道具を置くと、男部屋へと向かう。

すぐに戻ってきた彼の手には、薄手の毛布が一枚。
部屋に入ってすぐ掴んだのは厚手の物だったので、しょうがなく自分の寝床にあったそれを持ってきたようだ。
それをそっと、の体の上にかけてやる。
起きたら彼女に、寝る時は寝具を持てとでも言おうか、と呑気にそんな事を考えているゾロ。

毛布を認識した途端、の顔が緩んだ。
寒そうに縮めていた肢体を少しだけのばし、表情も柔らかくなる。
先程までの寒そうな表情が、ほわほわと幸せそうな表情へ。


「……っ、なんだってんだ」


思わずその変化に見入ってしまったゾロは、はっと我に返ると慌ててから離れ鍛錬していた場所まで戻る。
急いで大きな鉄アレイを掴み、それを上下させて
何故、急いでいるのか、あえて自分の中でさえ触れないように
鉄アレイを上下させながら、同時に雑念を払うようゾロは集中した。

と、思った矢先に今度は、また別に気になるものができる。
自分に当たる陽射が、先程より強くなった、と彼は思う。
太陽を仰ぎ見れば、先刻より真上に移動している。
そうして何の気なしに横を見れば。
太陽が彼の真上まで移動したせいか、ゾロがデッキに出て来た時にはサンサンと太陽光を浴びていた
今度は薄暗い影の中で昼寝をしている。
そして、それに合わせたように潮風がヒュルリと吹く
ゾロは半ば諦めたように再びの元へと歩み寄った。


「ったく……なんで俺がこんな事……」


が起きたら絶対に、昼寝は部屋でしろと言ってやろう、と思いながらゾロは彼女を抱きかかえる。

その時、潮風に乗ってゾロの鼻腔にの柔らかい香りが届いた。
思いのほか、軽く感じたその重み。自分とは違う、守られるためにできたような体。
思えば初めて、こんなにも彼女を近くに感じている。

ドクドク、と規則正しく鼓動を刻んでいた自分の心臓が、やけに早くうるさくなってきた様に感じるゾロ。
ちらりと下を見れば、すやすやと気持ちよさそうに眠る


「ん……ゾロ……」


ゾロの胸板に、眠っているのだから無意識にだろう、頬を摺り寄せ名前を呼ぶ
その表情は、先程よりも、もっと幸せそうで。


「しまった……」


今のは不意打ちだろうが。
それを一番言いたい相手には伝わらず、ゾロの言葉は潮風に乗って空へと飛ぶ。





















ゾロの隣で目を覚まし、そこにいる彼に何の迷いもなしには言う。
その言葉にまた彼が四苦八苦する事も知らずに。



企画サイト「さりげなく愛をください」様に投稿させて頂いた作品です
Title by 歪花。