やりたい事が見つからなくて、とりあえず入った大学で出逢った。
初めて見た時は、絶対あり得ないと思って、極力避けていた存在。

緑色の短髪に人相の悪さ。
三連ピアスがそれ物語っていて、話しかけても、うんともすんとも。

だから一生懸命、視線さえ合わさないように
このまま余計な事をしないで、時間を過ごしたかったのに。

同じ講義に出ていた、ナミと知り合って
ナミの顔の広さに最初は驚いてたけど、付き合っていくうちに納得できた。

そこで再び出逢う事になるなんて、思いもしなかった。

たまたま街中で会ったナミと、近くのカフェでお茶をしてた時
出入口に背を向けていた私越しに、ナミが誰かに手を振って
誰か確認しようとして、振り向いた。
そこにいたのはあの人だった。


「紹介するわね。 も知ってると思うけど同じ大学の奴」


知ってる。嫌って程知ってる。
だって接触しないように、いつも警戒してたから。


「見た目こんなんだけど、中身は多分いい奴だから」


そんな事言っても、今すぐに襲いかかってきそうな感じがする。


「ほら! 名前!!」


初めて聞いた彼の声は、全身を通って宙に溶けた。
後に残った感覚は、覚えのないものだった。


「 ロロノア・ゾロだ」


差し出された手の平は男らしいもので。
どうしようもなくドキドキして、触れなかった。


「んな、警戒しなくたって……別に喰ったりしねェし」


笑いながら、前にのばされた手の平に包まれた。
優しいぬくもりが、私の手全てを包み込んで。

真っ直ぐに私を見る目。
一点の曇りもない、透き通った目。
あんなにも怖いと思っていたのに、どんどん違う感覚が流れ込んできた。

それから始まった、私とゾロの友人関係。

二人だけで、夜明けの海に走りに行ったり
お互いの家で映画を見ながら、討論し合ったり
取っ組み合いの喧嘩もあった。
口をきかないまま、数日を過ごして、結局ゾロがいつも折れてくれてた。
けれど、それだけの関係じゃ嫌だと思っている自分がいる。

苦しいんだ。
ゾロが他の子と喋ったり、笑っているのを見るのが。
嫌なんだ。
私以外の人の隣にいる事が。
怖いの。
この気持ちを恋と認めてしまった。
もしこの気持ちに気づかれたら?
今の関係さえ壊れてしまったら?
日々募っていくのはジレンマ。
何もできない自分。

ゾロと出会ってから三度目の夏。
初めて誘われたお泊り会、もちろん、グループでだけど。


「あたしの姉がやってるペンションで、一つ空きができたから泊まりに来ないかって」

「面白そう! 行きたい行きたい!」

「やっぱりならそう来ると思った。他の奴らも誘ってあるから絶対楽しいわよ」

「……ねえ、ナミ。 それってルフィとかウソップとか……?」

「そうよ、あとゾロとサンジ君と、ロビンもチョッパー連れて来るとか言ってたわね」


ゾロ。過敏に反応してしまう自分。
気づかれないよう、笑みをそのままに。


「そっかぁ、そのメンバーなら別に気合入れなくてもオッケーだね」

「でしょ?」


じゃあまたメールするわね、そう言ってナミは食堂から出て行った。
人ごみに消えた親友を確認すると、瞬間出てきたため息。


「はあ……」

「なァにため息なんか吐いてんだよ」


不意に聞こえた声。
バッと振り向けば、そこに立っていたのはゾロだった。


「あ、ゾロ」

「よお」

「お泊り会、ゾロも参加するんだってね」

「ん? あァ、ナミの言ってたアレか。も、って事はもか?」

「うん」


ガタッ、と大きな体を窮屈そうに、椅子に収めたゾロに聞いた。
瞬時に戻ってくる返事に嬉しくなりながらも、これも友達だからと
プラスとマイナスの気持ちが入り混じる。


「なんかよ、そのペンションだっけか? その近くで花火大会やるらしいんだってよ」

「ふーん。ゾロにしては珍しいね」

「……どういう意味だよ」

「だってゾロの口からは、お酒か剣道の事しか出てこないからさぁ」

「なんだと?」


ゴキとわざとらしく拳を唸らせるゾロに、怯えたフリをして
そんな私の頭を撫でる手の平。
全部愛しくて、たまらないの。
けれどズルイ私はそんな居心地のいい場所を手放せないでいる。



そうして、胸のモヤモヤは消えないままついに来てしまった、お泊り会当日。
待ち合わせ場所はナミが指定したカフェだった。
一人、待ち合わせ時間よりも一時間早く来てしまって。
寝つけなかった、の一言で片付いてしまう。
楽しみと不安とドキドキが混じって、眠れなかった。

注文してから、とっくに来ているアイスティーを意味もなくクルクルとかき混ぜては、ただ空を仰いでいた。


「きっと、ゾロは遅刻だな」

「なんでだよ」

「だって、アイツ寝ぼすけだもん」

「悪かったな」

「え! ゾ、ゾロ!」

「朝っぱらから失礼な奴だなァ」


首を、とのばして後ろを見れば魔王降臨、そんな表現が似合う形相をしているゾロがいた。


「人がせっかく、一人じゃ可哀相だと思って来てみりゃァ……」


何が寝ぼすけだ、そう言って目の前に座るのはやっぱりゾロだ。


「な、何でゾロが?」

「ああ?」

「だってあの万年寝太郎のゾロがだよ? 何で一時間も早く来れるの?」

「……この前の集まりみたいな時もよ、お前一人で延々待ってたろ? それ思い出して来てみりゃあ、案の定ってワケ」


この前と言ってもずいぶん前の話だ。
普段からルフィ並に人の話を聞かないゾロが、こんな些細な事を覚えてくれていた。
その事実が嬉しくってバレないように、こっそり微笑んだ。
約束の一時間前、今は朝の七時。
二人、囲むテーブルは小さくて距離も近い。

朝日に透けるゾロの緑髪がキラキラ光ってて、すごく綺麗で
男のくせに長い睫、メニューを見ているせいで、伏目がちの目。
頬杖をついてとページを捲る仕草。

男らしいくせに、女の私より綺麗

ジッと見ていた事に気づいたゾロが、ポツリと言葉を紡ぐ。


「どうした? 具合でも悪いのか?」

「ううん、大丈夫」

「そうか? お前さっきからボーッとしてばっかじゃねェ?」

「……いやさ、この前ゾロの言ってた事気になって」

「この前?」

「うん、花火大会のこと気にしてたでしょ? あれ何でかな、と思って……」


言った後に後悔した。
こんな事聞いてどうするのか。
自分から誘うなんて事は恥ずかしくてできないし、ましてやゾロが、ナミやロビン、現地の子と行くなんて言ったらどうしよう。


「アレは……」


一人ごちて考えてたら、いつの間にかゾロが話し始めてて
慌てて前に向き直した。


「花火大会」

「おォォーい! 愛しのちゃーん! 王子の登場だよー!」


答えようとしたゾロの声を遮って、その背中越しに
サンジが手をちぎれんばかりに振って、こっちに走ってくるのが見えて
チッと舌打したゾロと、少しガッカリした私。
とりあえず間隔を空けて、サンジのスペースを確保した。

それからは何を話したかはよく覚えてない。
だってずっと頭の中で再生してたのは、さっきのゾロの顔。



気づけば車の中、ワゴン車に七人。
運転してるのはサンジ。 ちなみにこの車は彼の物だ。
サンジの隣にいるルフィはずっとお菓子を食べっぱなし
そのおかげで大人しいから、いいんだけど。
私の前には、右からナミ、ロビン、ウソップとチョッパー。

珍しい、四人で談笑してる。
話合ってるのかな。

なんて、頭の中で一生懸命他の事を考えようとしてるけど
本当は隣にいる存在のことばっかり考えている。
乗った直後、三秒で寝始めたゾロ。
窓に顔を預けてる。

ガラスに映って見える、寝顔が可愛い。

いつもの切れ長の目は、伏せられている。半開きの口元が無防備だ。
顔が整っている人は、寝てても絵になる事が分かった頃に目的地に着いた。


「着いたわよ! あそこが姉の経営してるペンション!」


ナミが身を乗り出して、指をさした。
そこにあったのは、木の雰囲気が大切にされている大きなペンション。


! そこの寝ぼすけ起こしてから降りてね!」

「へっ?」


ボケッとしてたら、みんな自分の荷物を運び出してペンションに足を運んでいて
慌ててゾロの肩を揺すった。


「ゾロ! 起きてゾロ!」

「んァ……」

「みんなもう中に入ってるよ」

「……マジかよ」

「ほら、急ご?」


そう言って自分の荷物に手をかけて、片手で座席を前にずらす。
すると、荷物の重みがなくなる。


「おれのせいでも降り遅れたんだろ。 お詫びだ、持っててやるよ」


触れた指先が少し熱くて。
その優しさが私だけなのかな、って期待してみたり。
自分の荷物と私の荷物、二つを片手に持つゾロの背中を追いかけた。


「部屋は、寝室が三つ。あとこのリビングと、お風呂場、脱衣所、トイレにキッチン! 寝室はそれぞれ、入って一番手前が女の子、一番奥が男。 真ん中は荷物でも置いといてね」


テキパキと指示を出すナミを見て、尊敬の眼差し。


「あと、今日の夜に花火大会があるらしいから、行きたい人はそれぞれ行ってちょうだい」


花火大会という言葉にドキリとする。
チラリとゾロの様子を窺った。普通にあくびをしている。

片づけも一段落したところで、リビングに出てきた。
まだみんなは終わってないみたいで、そこには誰もいなかった。

開いた扉から聞こえる楽しそうな声。
ひとつ、足りない気がした。

ゾロの声が足りない。

脱いである靴の軍団に目をやれば、ゾロのスニーカーがなかった。


「ナミー、ちょっと散歩してくるー!」


返事を聞かないまま、飛び出した私が向う先に、何があるかなんて、想像してなかった。

駐車場を抜けると、広がる青、白、緑。
意外にも人はいなくて、遠くまで見渡す事ができる。
しょっちゅうゾロは一人で散歩とかしてるから、きっと今も一人の筈なのに。

じゃあ、今目の前に映る光景は何?

見慣れた後ろ姿、声。
その隣に、見たことのない人。

ショートカットが似合う、黒髪の女の子。

知らないゾロの表情、知らない女の子。


「ゾロは花火大会行くの?」

「あァ」

「……と行くんでしょ?」

「あァ」

「おしゃれしなきゃね」

「ケッ、そのまんまでも充分だっての」


不意に耳に入った言葉は、とても残酷なもので。
頭の奥がガンガンする、喉に息が詰まって苦しくて。

ちょっとだけしか聞こえなくても分かる話の内容。
聞こえた水音で、自分が泣いてる事に気づいた。





気づけば一人、縁日のど真ん中に立っていた。

行き交う人は、皆幸せそうな顔で、自分が惨めに思える。

心のどこかで、期待してたのかもしれない。
きっとゾロも同じ気持ちでいてくれる。

どうして今、私はひとりなんだろう。

不安定な足取りで、前に進む。
小石が擦れる音だけが脳に直接響いて。

いつもなら横にある足音が今はない。
欲張りな私への、神様からの戒めなのかな、なんて
馬鹿げた事を考えてる辺り、頭はまともに働いていないんだろう。


?」


聞こえた声は、ダイレクトに脳を揺らした。


「……ゾロ」


振り向けば最も愛しい人が、息を切らしてそこにいて。


「たく、ナミに聞いたら一人で出て行ったきり戻ってこないっつうから、探しに来てみりゃァ……」

「え……」

「帰るぞ」

「……いい、一人で帰る」

「あァ? そんなんじゃお前またどっかフラッと行っちまうだろうが」

「ゾロだって約束あるんでしょ?」


だんだんとゾロの表情が険しくなっていく。


「約束なんてしてねェよ」

「嘘つき。見たんだから」

「何をだよ」

「昼間、女の子と二人っきりでいたじゃん」

「……アイツはそんなんじゃねェよ」

「別に言い訳しなくてもいいよ、誰にも言わないし。じゃあ」


そう言って、体を回転させた。
ゾロの静止の言葉も聞かずに、歩き出す。


「待て」

「……嫌」

「待てって言ってんだよ!!」


そうゾロが叫んだのと同時に掴まれた右腕は、瞬時に熱を持つ。


「離してっ! 彼女がいるんだからその人の所に行けばいいじゃん! もう放っといてよ!」

「だから違うって言ってんだろ! おれの話をちゃんと聞け!」


聞いたこともない、強い口調ですごまれて、思わず肩を強張らせた。


「……悪ィ。でも、頼むからおれの話聞いてくれ」


遠くから花火の上がる音と、歓声が聞こえる。
夜空に咲き始める大輪の光で、時折ゾロの表情が見える。


「本当にアイツはなんでもないんだ。ここはおれの地元で、アイツは幼馴染なんだよ」

「でも、花火一緒に行く約束してたじゃん!」


怒鳴った瞬間に、溢れた涙が頬を伝う。


「だって、言ってたじゃん! あたしと行くんでしょ? って!」


どんどん溢れ出す黒い部分。
涙は頬を濡らしていく。


「だからそれが誤解なんだよ」


そう言って感じたゾロの体温。
気づけば背中を、優しくゾロの腕で包まれてて
濁った花火の音が、ゾロの胸板越しに聞こえてきた。


「おれが誘いたかったのは、アイツじゃなくてなんだよ」


頭上から降ってきた言葉は、自分の耳を疑う内容で。

腕の隙間を縫うように見える、花火がキラキラ輝いてて
空しさと惨めさでいっぱいだった私の内側が、少しずつ収まっていくのが分かった。

離れた体温、腕。見えたゾロの表情。


「ここまで言っても、まだ分からねェか?」


腕の隙間から、肩越しに移った花火の群れ。


「……ゾロは、私のこと……どう思ってるの?」


もう淡い期待だけなんて嫌だから。

みるみるうちに赤くなるゾロの頬。
照れ隠しにする、手を口元に持っていく動作。
ずっとずっと、全てが愛しかった。


「こんな事、一回しか言わねェからな!」


何にも見えなくなって、聞こえたゾロの声。


「おれはが好きだ」

「……っ私も、ゾロが好きっ……!」


ギュッと握ったシャツの裾。
ゆっくりとその拳にゾロの手の平がのびてきて、そっと指を絡める。

近づく顔。
いつでも前だけを見ている瞳。
本当は優しい言葉をたくさん知っている唇。
全部が欲しかった。


「……目ェ、閉じろよ」

「うん……」


道のど真ん中。
誰に見られたって構わない、もう何も怖くないよ
だって大好きな君が傍にいてくれるから。

花火が繋いだ二人の約束、もう二度と離れない。
もう二度と離さない。









FRIEND