新しい教室に足を踏み入れる。
見知った顔や、見た事ない人の顔。もうすでにいくつかグループができていて、少し焦ってしまう。
席順表を見て、窓際の真ん中の席に座った。
ふう、と一息ついて、それから鞄を机の横にかける。
なんとなしに窓の外を眺めれば、桜が風に揺られていた。
それから、やっぱりなんとなく隣の席の人を見てみた。

大きなマリモが、そこにあるのかと思った。

よくよく見れば、それは人であって、マリモではない。
私と同じ制服を着た、れっきとしたこの学校の生徒だ。
その緑色の頭が印象になったのは、彼が机に突っ伏して寝ているからで
顔は見えなかったけど、左耳に下がっている金色の三連ピアスが、なんとなく人柄を表しているような気がした。

腕時計を見れば、そろそろ新しい担任がやってくる時間だ。
そんな事を考えていると、案の定教師が教室に入ってきた。
号令をかける人が決まっていないので、教師自ら号令をかける。
結構な声量だったけれど、隣の人は微動だにしない。
私は気になりつつも起立と礼をして、また着席した。


「あー、おれがこのクラスの担任のシャンクスだ。よろしくな!」


赤い髪を揺らして快活に笑う先生の印象は、とてもよかった。

それからシャンクス先生は部活動の説明や、委員の決定などをこなしてホームルームを終わらせた。
その間も隣の人は全く起きる気配もなく、昏々と眠り続けていた。

どうやら、シャンクス先生はこの生徒を知っていたようで。
委員を決める際に、そいつは適当に保健委員でもやらせとけ、と言っていた。
寝ている彼がちょっと羨ましいと思った瞬間だった。

人がまばらになって、どんどん帰っていく。
私は特に用事もないので、窓から見える桜を眺めていた。
隣の人は、変わらず寝たままだ。


「ん……」


低い声がして、そちらに目をやると彼が寝返りをうったのか、見えなかった顔が丸見えになっている。
きりっとした眉に、閉じられている瞼。なんだか少し幼く感じるのは、寝顔のせいだろうか。

気がつけば、教室にふたりきり。
なんにも意識していないのに、心臓がちょっとうるさかった。
これは自分が男子に慣れていないからだと、そう納得させた。

途端、空腹を告げる大きな音が響いた。音の持ち主は、なんと私だ。
女性としてあるまじき大きさの音だった。
この場にいるのが、寝ている彼と自分だけで本当によかったと思う。
お腹も空いたし、そろそろ帰ろう。でも、彼はどうしよう。
延々悩んだ結果、試しに肩を揺すってみる事にした。

ゆさゆさと、広い肩を揺する。
体全体が揺れるけれど、起きそうな感じがしない。
今度は強めに揺するけれど、やっぱり結果は同じである。

次に私は、耳元で声をかける作戦に出た。
そっと口元に手を当てて、耳に近づく。


「……もしもーし」


小声で、ささやくが効果はない。
少しずつ大きくしていって、気がつけば普段喋るような声量で、声をかけていた。


「もしもしってば! ……もう! なんで起きないかなぁ」


いい加減、イライラしてくるし、お腹はどんどん減るしで、いい事なんてちっともない。
もうこのまま放っておいて帰ってしまおうか、とも思った。
でも、明日登校してきて「どうして昨日は起こさなかったんだ」なんて恨み言を言われても困る。

そう言えば、先生が彼の名前はロロノア・ゾロだって言ってたっけ。
名前を呼ばれれば、さすがに起きるだろう。ついでに結構な声量で言ってやろう。


「ロロノア・ゾロさーん!! 起きてくださいー!!」

「……んあ?」


私の作戦はようやく実を結んだ。
のそりと、冬眠から目覚めた熊みたいな動作で、ゆっくりと体をあげる。
思ったより大きくて、ちょっとたじろいでしまった。


「……なんで他の奴ら、いねェんだ?」

「とっくにホームルームも終わって、みんな帰りました」

「あーお前……名前は?」



か。なんでは残ってんだ?」

「桜眺めてたの。あと、あなたを起こすため」

「あっそ」


さして興味もなさそうに、あくびをすると背伸びをした。
それから首をぽきぽきと鳴らすと、鞄を持って中を漁っている。
何事かとそれを見ていたら、不意に何かを投げられる。
慌てて受け取ると、それはチョコバーだった。しかも、結構でかい。


「やるよ」

「え、なんで?」

「一回寝るとなかなか起きねェんだよ、おれ。んで、起こしてくれた礼」

「あ、ありがと」

「おう」


頬が温かくなる。チョコが溶けてしまうんじゃないかってくらい、手の平が熱い。
そんな私に気がついていないのか、漁った物を鞄の中に詰め直して、彼は立ち上がった。
私も倣って立ち上がる。


「帰るのか?」

「うん、桜も十分眺めたし、その、ロロノア君も起きた事だしね」

「ロロノアなんて堅苦しいな。ゾロでいいぜ」

「ぞ、ゾロ……君?」


そう言うと、彼は何がおかしかったのか、急に笑い出した。
ひとしきり笑うと、私を見てこう言った。


「お前、男慣れしてないだろ」

「なっ……」

「男友達とかいないタイプか。なら、おれが初めての友達か?」

「……そうですけど、何か」


ゾロは斜め上を見て何かを考えているようで、私は言葉を待った。
それからすぐに、ゾロが何かいい事を思いついたようで、話し始めた。


「昼飯、どうせまだだろ?」

「うん」

「ならおれがよく行ってるバーガー屋があんだけどよ、行くか?」

「いいの?」

「おう、親睦深めようぜ」


ニカッと笑って、歩き出す。
その笑顔のせいで、胸に何か刺さったような感覚を抱いた。
歩幅の大きい彼にひょこひょことついて行く。
ゾロといたら、色々と知らない世界が見えるかもしれない。
何よりも、色んな気持ちを教えてくれそうな予感がした。










同じクラス、の席










Title by 瑠璃 「春夏秋冬の恋20題 春の恋」