いつものように波の音を目覚まし代わりに起きてみると、目の前にはふわふわと浮ぶオレンジ色の物体。
辺りを見回すと、どうやら部屋にいるのは私だけらしく。その物体はよく見れば大きなカボチャだ。
天井を見ればテグスのような物はぶら下がっていない。


「……なにこれ」


そっと手をのばして触れようとした瞬間、ぐるりとそれが一回転した。


「やあやあやあ! 僕はハロウィンの神様だよ!」


やけに明るい声で、カボチャが喋った。
一瞬の間を空けて私は声の限り叫んだ。


「いやあああああああぁぁ!! おばけええええぇっ!」

「どうした!?」


大きな音をたてて扉が開く。駆けつけてきてくれたのはゾロだった。
私は慌ててベッドから転がるように出て、彼に抱きつく。
普段なら到底できないような事だけど、今はそれどころじゃなかった。

私はまだ浮いているであろうカボチャのお化けを指して、声にならない声で言う。


「な、なんか、カボチャのお化けが……!」

「カボチャ? そんなもんどこにあんだよ」


どうどう、と子どもをあやすようにゾロが私の背中を撫でる。
その感覚にうっとりしつつも、私はベッドの上を見た。

相変わらずそこには、ふわふわと不安定にカボチャのお化けが浮いている。
しかし、よくよく見るとその表情がとても可愛らしいものだという事に気がつく。


「失礼しちゃうよ。僕をお化けなんかと一緒にしてほしくないね」

「え、え、ちょっと待って、今もすごい喋ってるけど……本当に見えないの?」

「ああ……というか、お前その格好……」


ゾロが目を逸らし、指をさす。その先に目をやれば、そこにあったのはあられもない私の寝巻き姿。
昨日、天気がいいからとパジャマを洗ったのはいいものの、結局乾かずにシャツ一枚で眠ったのだ。
私は本日二回目の叫び声をあげる事になる。




「……それで、神様が私になんの用なの?」


あの後、ゾロはすぐに出て行ってくれたけど、このカボチャはすぐに消えてくれなかった。

着替えてみんなと朝食をとっている時も、このカボチャはずっと私の周りに浮いていた。
みんなといる時に、この「ハロウィンの神様」とやらに話しかけると、ただの怪しいひとり言になってしまう。
ようやく一人になった今、私は彼に話しかけた。


「きしし、幸運だね! 僕が君の願いをひとつ、叶えてあげるよ!」

「……それまたなんで?」

「ハロウィンっていうのはさ、年に一度霊や魔女とかのあっちの世界の奴らがこっちの世界に遊びに来る日なんだよ」

「一応知ってるけど……」

「みんなを遊びに連れて行く代わりに、俺がこっちの世界の奴らの願いを叶えてやるんだ。今年は結構人数が少なかったんだけど、君は選ばれたんだ!」


よかったな! とどこか自慢げに話すカボチャはくるくると回転している。
原理や仕組みはよく分からないけど、空に島が存在するんだからこういう事があってもおかしくないのかな、と自己完結した。

けれども急に願い事と言われても、すぐに思いつかない。
どうやら神様は、私の願い事を叶えないとこっちの世界で遊べないらしい。
「友達待ってるんだよ! 早く決めてよね!」とせっつかれるが、考えれば考えるほど思いつかないもので
うーん、と唸っているところに足音が聞こえた。


「どうかしたか?」


鍛錬中だったのか、大きなダンベルを上下させているゾロが声をかけてきた。
私は「なんでもないよ」と笑って答える。


「……ははーん君、この男が好きなんだ?」


ゾロには見えていないのだけど、つい背中に隠したカボチャが耳元で囁く。
私は慌てて振り返り、しっと唇に人差し指を当てる。


「ちょっと! 本人の目の前でそういう事言わないでよ!」

「……どうした? なんかあんのか?」

「う、ううんなんでもないよ!」


作り笑いを浮かべて必死に否定すると、首を傾げつつもゾロがその場を後にしようとした。
次の瞬間、神様がなにやらよく分からない呪文を唱え始めたのを聞いた。
刹那、辺りが薄いオレンジ色に包まれたと思うと、それらはすぐに消える。
そして空高く舞うカボチャの神様と、こちらに振り返るゾロ。


「その男に君を好きになる魔法をかけてやったよ! 幸せになー!!」


ゾロの逞しい腕に抱き締められた私の耳には、遠くからそんな声が聞こえた。




それから一日、ゾロは何をするわけでもなく、ずっと私の隣にいた。
鍛錬をする時も、ご飯を食べる時もずっとだ。
昼寝をする時なんて、私を抱き枕の代わりに扱って彼はぐーすか寝ていた。
おかげでみんなからは「何があったの?!」と騒がれるし、私は心臓が壊れるんじゃないかと心配で心配で
結局「変なキノコを食べちゃって」とありえない言い訳をして、みんなをごまかした。

心配したチョッパーが薬を作ってくれるという申し出も断って、私はゾロと展望室にいた。

今日一日、彼はほとんど喋る事なく過ごした。
普段からあまりベラベラ喋らないけれども、それ以上に「ああ」とか「おう」くらいしか声を発さなかった。
ためしに私が色々な話題を振ってみたけれど、そのどれもにあまり関心を示さなくて
いつものゾロなら、少しだけ笑って私の話を聞いてくれたのに。
そんなゾロの優しい顔が好きだったのに。


「……ねえ、ゾロ」


隣にいるのにまるで透明な壁でもあるかのように、ゾロには私の声が届いていないみたいで。
彼はただぼうっと何もない空を見つめている。


「私は、ゾロが好きだよ。ずっと一緒にいたいって思う……でも、こんな形なんか嬉しくないよ」


ゾロからしたら、ただの迷惑なのかもしれない。今日の事も、私の気持ちも。
それでも、溢れるくらいに大きくなった私の想いを、どうしても伝えたくて。
けれどもそれは、今日じゃなくていつかみんなの夢が叶った時に、と思っていた。

前を見たままのゾロの横顔が、ゆらゆらと歪んでいく。
慌てて、抱えていた膝に顔を押しつけた。

不意に、大きなゴツゴツした手が私の頭を撫でる感覚がした。
ゆっくりと広がっていく体温。それは私がずっと恋焦がれていた温度で
顔をあげれば、少し不機嫌そうなゾロがいた。


「……ゾロ?」

「泣くんじゃねえ」


そう言って唐突に抱き締められた。それは今日一日されていたものとは、程遠くて。
何が何だか分からない私は、言葉を発せられずにいた。


「俺だって、世界一の剣豪になるまで言わねぇって決めてたのによ……」


その後に続く言葉が、嘘みたいに頭の中で響く。









解けない魔法









「あの魔法、今日一日だけだったんだよね」と、どこから神様の声が聞こえた。



Title by BLUE TEARS「ハロウィン5題」