同じくらいの年月、同じ時代を生きてきたのに、彼女はひどく自分より大人びている。
幼い頃からタバコを蒸かしている訳でもなく、死線を潜り抜けていた訳でもなく
彼女の性分、と言ってしまえばそれまでかもしれないが、それ以上に彼女は何かをひた隠しにしている気がしてならない。
同じ船に乗り、そして今も同じ時を過ごしている彼女を
仲間以上の気持ちで見ているからこそ、分かるし、悟ってしまう。


「今日のデザートをお持ちしました、プリンセス」


屈んで、ラウンジの壁に凭れかかるちゃんに、そう言ってトレイを差し出す。
トレイの上に乗せられた、ピンク色のシャーベットを見て彼女は
やんわりと微笑む。ナミさんのように勝気にではなく、ロビンちゃんのように慈愛のこもったものでもなく
ただ、本当に微笑むだけ。


「いつも、ありがとう」


首を傾けて、目線を合わせればどれだけおれが動揺するかも知っている彼女は
毎日、わざとそうする。まあ、それ見たさに甲斐甲斐しく彼女のもとにおやつを運んでいる自分が言えた台詞じゃないけれど。


「今日はちゃんの好きな白桃をふんだんに使ったシャーベットだよ。ここのところ暑かっただろう?」

「そうだね」


多くを語らない彼女は、それだけを言うとトレイの上の物を手に取る。
そのひとつひとつの、ゆっくりとした動作が綺麗で。

決してそれ以上を望むつもりはなかったんだ。
我侭は破滅を迎える事なんて、知っていたし、幸いこの船でちゃんは皆のアイドル。
誰も抜け駆けなんて考えていない事は、分かっていたから
何もせず、それでも周りの誰よりも彼女に一番近い存在でいられるように
おれは日々の努力を怠らなかった。

そのせいか、平穏は突如として崩れるものだという事を、忘れていた。



久しぶりの地上に、誰しもが浮かれていた。
海軍のいない、大きな港町となれば重宝するだろうし
ログが溜まるには少しかかる、という事とつい最近倒した海賊達から頂いた宝がある事で
おれ達は町の宿泊場に泊まる事にした。

大きな宿は、格安で部屋を提供していた。
故に、それぞれが一人部屋を与えられて。

チャンスなんじゃないかとおれのズルイ心が、そう思った。


ちゃん、一緒に買い物に来てくれないか?」

「私?」


ちゃん、おれより香辛料に詳しいからさ。なんて、適当な理由をつけて
おれは恨めしそうに睨む野郎共に、一度だけ目を合わせると
立ち上がりおれの隣に立つちゃんを、案内した。

久しぶりの買い物と、物価が安いことでおれは隣にちゃんがいる事も忘れ、買い物に熱中してしまった。
気づいた時には、ちゃんがおれを見ながらクスクスと笑っていた。
「本当にサンジは買い物とか、料理が好きだよね」と。


「恥かしいとこ見せちゃったね」

「ううん。楽しそうにしてる人見るの、好きだし」

「そう?」

「う、ん……」


おれを見て、ちゃんが固まる。
いや、見ているのはおれじゃない。
おれの肩越し、その向こうの景色を見て、ちゃんは口を閉ざした。


「どうかした?」

「……ううん、何でもない」


また、何かを隠すように笑い、近くにある香辛料に手をのばす。
おれは後ろに振り向くけれど、そこにはたくさんの人しかいない。
何を見たんだい? とは聞けなかった。
聞いてしまったら、もう戻れない気がしたから。



夜、おれは彼女の部屋の扉の前で立ち往生していた。
ノックをして、部屋に入れてもらうだけ。そりゃ、それ以上を望んでしまうのは男の性。
けど、本当に純粋に。自分の気持ちを聞いてもらうために、おれは一大決心をして、彼女の部屋の前に立っていた。
本当はもう仲間じゃ嫌だったんだ。おれだけを見て欲しい、そう思い始めて。


ちゃん? おれだけど……今平気?」


数秒待っても、彼女の声は響かない。
おかしいな、と思いもう一度。今度は強めにノックをする。
けれども、やっぱり返事はなくて。
震えて汗が噴き出す手の平を、ドアノブに押しつけた。

広がっていたのは誰もいない部屋だった。



誰に聞いても彼女の行方は分からずじまい。仕方がなくおれはタバコを吸いながら屋外に出る。
鳥の鳴き声と、波の音。家の中から漏れる人の声に、懐かしさと憂いを感じた。
そんな時、捜し求めていた声が聞こえた。


「……と、思って……った」

「……も。まさか……やってるなんてな……も、麦藁……」

「……会いたかった」


途切れた声を辿るように、おれは近くの草むらにそっと忍び寄る。
ドクンドクンと脈が速くなる。タバコはいつの間にか、どこかに落ちていた。

そこにいたのは紛れもなくちゃんと、見た事もない男。
赤髪の、黒いマントを羽織った男だった。
聞いた事のある、覚えのあるその男を目の当たりにするのは初めてで
いや、それ以上にその光景が耐え難いものだった。

抱き合って、お互いの唇に唇で触れ合っている二人は、誰がどう見たって恋人同士で
愕然と、夜のせいだけじゃない、確実に周りが暗くなっていく。
男はちゃんを離さないと、体で語るくらいに抱き締めて。彼女もそれに応えるように、細い腕と小さな手の平で男のマントを握っていた。


「シャン……、また……るよね?」

「当たり前だ。おれはどこにいたって……だけ愛してんだからな」

「うん……私も」


愛してる


確かにそれはおれが聞きたかった言葉だけれども
他の男に呟く声だったら、一万回聞いたって意味がない。



そこから自分がどう部屋に戻ったかなんて、覚えていない。
ただ、気づいたらおれは自分の部屋で寝ていた。
窓も扉も開けたまま、着替えも何もしないままで
グシャリと潰したタバコの箱だけを、握って。

起きて食堂に向えば、そこにもう仲間達は皆集まっていて
もちろん、ちゃんもいた。
彼女は何食わぬ顔で、皿に料理を盛っていた。


「おいサンジ! 早く席につけよ! お前が来ないと朝飯食えないんだぞ!」

「……へいへい」


ガタガタと椅子を揺らすルフィを見て、昨夜の事を思い出す。
そして吐き気と後悔が襲ってくる。
途端、後ろに香るのは彼女の香り。


「はい、サンジの分。なんか顔色悪いけど大丈夫?」


普段通り、昨日見せた女の顔なんて微塵もないちゃんは
おれの顔を覗きこんで、そう聞く。


「……いいや。何でもないんだ……それよりさ、ちゃん」

「なに?」

「昨日の夜。どこか行ってた?」


一瞬だけ顔を強張らせると、彼女は笑う。


「ううん、どこにも行ってない。ずっと、一人で寝てたよ」











あなたは笑って他人事にする










おれが全てを知らないと思って。おれの気持ちも知らないで。


Title by インタスタントカフェ