ふと、お風呂上りに船首で見上げた夜空を眺めていたら、涙が流れた。
たくさんある星と同じように、人だってたくさんいるのに
どうして私は、あの人を好きになったんだろう、って。

胸の奥が誰かの手の平に掴まれたみたいに、苦しくなって
だけど、なぜだか藍色のテーブルクロスに鏤められたダイアモンドから目が離せなくて
そうしているうちに、私の胸の奥はどんどん小さくなっていった。

自分に好きな人ができるなんて、昔の自分には想像できなかっただろう。
恋すらまともにしなかった私が、百戦錬磨の彼に恋したのは
きっと神様か何かが悪戯をしたからで
決して優しくされ慣れていない、私のせいじゃないと思う。

サンジ君を前にすると、他のみんなの前ではちゃんと動く口も
全く私の言う事を聞いてくれなくなって
言葉はすらすら出てこないし、言いたくない事ばっかり言ってサンジ君を困らせる。
挙句の果てには、顔を真っ赤にして逃げ出す始末。
その度に、逃げる私の横目に映るのは
困ったように笑った後、少しだけ悲しそうに目を伏せるサンジ君の表情。

本当は、そんな顔をさせたい訳じゃないんだ。

一緒にお喋りだってしたいし、笑い合いたい。
ただ、それだけを望むのに、私の体はどこも言う事を聞いてくれなくて
いつだって逃げた後に後悔しては、また逃げるの繰り返し。
ナミやロビンは、毎回笑うけどいつだって枕を濡らしてばかり。


「手、のばしたら届くかな……」


まだ乾いてない、濡れた髪を潮風が揺らしていった。
昼間は暖かかった気がするけど、夜になると大分冷え込む。
首筋が凄く冷たかったけど、それを気にしていないフリをして腕をのばした。

藍色の夜空には、色んな星がある。
赤い星に、白い星。キラキラと揺らめく星もあれば、全く動かないでずっと輝いているだけの星。
ずっと見ていたい、のに見ていると少しずつ悲しくなってくるのはどうしてだろう。

きっと、手をのばしたって宇宙の彼方にある星に届く筈がないんだって、頭のどこかで分かっているからだと思う。
空は繋がっていて、いつどこにいたって大切な人達と一緒にいるんだって思えても
やっぱりどこか諦めにも似た感情が、悲しみを連れて来るんだろう。


「風邪ひくよ」


甘い声が聞こえて、視界が星空から水色のタオルに変わった。
ふわりと香った煙草の香り。ゆるりと私の髪から水分を拭き取ってくれる、指。
振り向いて、誰? なんて聞かなくたって分かる。

分かるのに、やっぱり口は動いてくれない。


ちゃんは本当に空を見るのが好きなんだな」


楽しそうに笑うサンジ君の声。ずっと優しく動き続ける指。
くしゃくしゃになっていくのは、あたしのまだ半乾きの髪と胸の中。

振り向いて、すぐにでも好きだって言えたらどんなに楽だろう。
言えないまま溜まっていく感情は、私を泣かせてばかりで
いっそ捨ててしまえればと思うけど。その度にサンジ君の笑顔を思い出してしまう。

お礼を、言いたい。

そう思って動かした口から出たのは、小さなありがとうだけ。
我ながら情けなくて、ついに涙が零れた。
だけど、そっと隠したそれにきっとサンジ君は気づいていない。
次の涙が零れないように、空を見上げるフリをして涙を目の中に閉じ込める。



気がついたら好きになってた。

その煙草の香りも、太陽に反射して眩しい金髪も、時々見せる真面目な顔も。
優しい指、何よりも料理を愛しているところ、オールブルーを夢見る、少年のような心に愛おしさを感じるようになっていた。

月に一番近い星が、一際大きく輝いた。

少しだけ後ろに傾いた頭。斜めになった背中。
視界に見えるのはいつだったか、寝起きのサンジ君が着ていた明るいブルーのシャツ。
冷えた筈の身体に、熱がじわりじわりと戻ってくる。


「そのままで聞いてくれないか?」


頭のてっぺんに、一番体温を感じた


ちゃんが、おれを嫌いなら……おれは君から身を引こうと思う」

「え?」

「だけど、嫌われていないんだったら……少しでも望みがあるんだったら、その可能性に賭けさせてくれねェかな?」


普段聞くような、ストレートな賞賛の言葉でもなくて
だけど、それは期待している通りの言葉なのか、素直に頷いていいのか
全ての思考回路が、考える事をストップさせた。

代わりに溢れてきたのは涙で。まるで子どもが泣くように、サンジ君の腕を握って、喉を震わせていた。


「ふっ……う!」

「……やっぱり迷惑だよな」


離れていきそうになる腕を、引き止める。
声を出せない代わりに、無理矢理動かした手の平。
サンジ君の腕に絡ませた指が、少しだけ言う事を聞いてくれた瞬間だった。


「……ちゃん?」

「……っ、……い、かない……でっ!」


精一杯の言葉がこれだけで。だけど、どうしてだろう。
抱き締めてくれている腕の力が、少しだけ強くなって
それから、サンジ君の体温と香りが一層近くなった気がする。


「どこも行かないよ、君がそう言ってくれるなら」


肩口に触れた、彼の額が震えていた。
私は相変わらず泣いたままだったけれど。

もう少ししたら、一番欲しい言葉をあげられるかもしれない。











した