大体どうしてあんな長っ鼻に惚れるかが分からない。
そりゃあ、アイツは話も面白いし、意外に優しいかもしれない。

けれどおれはそれ以上に、君に優しくしていい男だと思われたくて
今までした事ない努力ってもんをしてるんだぜ?
なのに、おれの想い人は今日もウソップ、チョッパー組と仲よく釣りをしている。

いや、仲間同士が仲がいいのは当たり前だが
惚れた腫れたの話はまた別である。

おれは今日もラウンジで紫煙を揺らしつつヤキモキしながら、昼食の用意をしている。


「あーっ! ウソップ! 引いてる引いてる!」

「おお〜! すっごく強いぞウソップ!」

「あ、当たり前だ! おれは誰だっ?!」

「「キャプテンウソップー!」」


キャプテン、だなんて言わせてる割には、声が裏返ってたがな。
なんて皮肉、ここから届くはずもなく。
ちゃんの眼差しを、羨ましいくらい浴びてウソップは、本人にしたら勇ましく竿を力の限り引いて
見た感じ、そんなに大きくない魚を釣り上げた。


「どうだー! このキャプテンウソップが釣り上げた伝説の魚は!」


その言葉に、チョッパーは驚いてちゃんはクスクス笑っている。


「そんなちっさい魚のどこが伝説だ」


本当は分かってんだ。こんな事本人に言わずに言っていて、どうしようもない事。
ただ裏で嫌味を言う事なら誰だってできる。そこからどう動かなきゃいけないのかも、分かってる。

けれど、本気でちゃんを好きになってしまったおれは、怯えているんだ。
もしこの仲間と言う居心地のいい関係が壊れてしまったら、おれはどうすればいい?
フラれたらすぐに次にイケるような、軽い気持ちじゃないんだ。
本当に愛してしまったからこそ、こうやってみみっちくそして女々しくしかしていられない。


「サンジ君、飲み物ちょうだい!」


へ、と間抜けな声が出た。
バッと窓の外を見れば、さっきまでちゃんがいた場所には
ウソップとチョッパーしかいなくて。
恐る恐る振り返れば、ニコニコしているちゃんがいる。


「あ、ああ。全然構わない、よ?」


動揺しまくって、声は裏返るしどもってしまった。
ちゃんはキョトン顔で、おれを見上げている。
そういうのも反則技だって、分かってないんだからタチが悪い。
おれは手早く三人分のレモネードを作ると
ガラスのトレーに乗せてそれを渡すために、入り口で待つちゃんを手招きする。


「あ、レモネードだ! サンジ君のレモネードすっごい好き!」


おれ自身じゃなくて、レモネードに捧げられた言葉にさえ焦るし、妬いちまう。
昔のおれが、今のおれを見たらどう思うか。
けれど、もっと笑えるのはこの後だ。


「ウソップもね、これ大好きなんだよ!」


さっきの好きより、他の男の名前の方が破壊力は遥かにあった。
カシャン、とグラスと氷がぶつかる
汗をかき始めたグラスを見つめたまま動けなくなって
サンジ君? と言う愛しい声も今はどこか遠くから聞こえる。


「……最近、さ」

「うん」

ちゃん、ウソップとヤケに仲、いいよね?」


一瞬だけ盗むように、彼女の表情を見た。ほんの少しだけ揺れている瞳は、深い黒に見える。


「なんかさ、仲間以上の感情って言うのかな? そんな感じだったり?」


軽く笑いながら、本当は今にも逃げたしたいくせにおれは、馬鹿みたいに
いや、本当に馬鹿だ。彼女に近づいてトレーを手渡す。


「でも、さ。やっぱりそういう感情は……マズイんじゃないかな?」


自己防衛のために吐く嘘は自分の首を絞めるもので。そういうおれは一体、目の前の彼女にそれ以上の
どれだけ大きな好きを、体内に孕んでいるんだ、って話な訳で。
張り詰めた空気、っていうのはこういう事かな、と漠然と思った。
シャリ、と氷の欠片が溶ける音。聞き慣れた、潮風と波の音。青い空は今日も美しい。


「じゃあ……私は悪い女なのかな?」


煙草をくわえた刹那の切ない水音。薄黄色の甘酸っぱいレモネードに透明が混ざる。


「サンジ君の……言ってる事は、半分正解で半分違うよ。じゃあ、行くね」

「ちょ……」


伏せた目蓋に流れる睫毛の長さを初めて見た気がした。ちゃんは壊れた笑顔をおれに向けると、静かにラウンジを出る。
おれは、ただ立ち尽くすだけ。



昼が過ぎて、三人がはしゃぐ声にルフィの声も混じって、マリモが振り回す鉄団子の音も聞こえる。
今度は夕食の下ごしらえを始めたおれ。コックの性なのか、上の空でもできる事はできる。
本当は、さっきの事で頭がいっぱいのくせに。

捕まえて、この腕の中に閉じ込めて。どうして? と聞けばいいだけなのに
ちゃんの泣き顔が、震えていた声が、何より自分が拒絶される事を思うと動けなくて
ただ黙々と手をすすめる。

ガチャリと音がして、扉を見れば入ってきたのはウソップ。
つい先程まではしゃいでいたんだろうか、汗をかいていた。


「おお、サンジ! 何か飲み物もらえるか?」

「あ、ああ……」


動揺が更に動き出し、おれは言葉を詰まらせる。
ウソップは呑気に手で顔を扇いでいて。無性に腹が立ったおれは、わざと音を荒げてテーブルに飲み物を置いた。


「な、なんだよ……機嫌でも悪いのか?」


怯えた目でおれを見るウソップを、睨みで一掃する。
情けない、クソくだらねェ嫉妬だ。
すると、場を繕うようにウソップが「そういえば」と話題をふる。
それが今のおれにとって地雷になる事を知らずに。


がよ、さっき泣いてたんだけど、サンジ何か知ってるか?」


パリン、とグラスが落ちる


「うわっ、どうしたんだよ!」

ちゃん泣いてたのか? 涙目じゃなくて」

「あ、おう。ラウンジから戻ってきたらフラッてどっか行っちまって……見に行ったら、泣いてたな」

「だったら! なんでお前が慰めてやらないんだ!」


泣かせたのも、傷つけたのもおれだけど
君が好きなのはこいつなんだろ?
おれなんかが言う、軽口の慰めじゃダメなんだろ?


「……ちゃんが好きなのはお前だろ?」


語尾が弱くなるのを自分で感じて、それが一層自分を追い詰めて


「おれじゃダメなんだ……たとえおれが彼女の事、好きでも……」


両目を片手で覆う。視界が黒くなり、孤独感だけが強調される


「……サンジ、お前なんか勘違いしてるぞ?」

「は?」


顔を上げれば、困惑したウソップがいて


「嘘吐け、最近お前ら二人が異常に仲がいいのは知ってんだ!」


知ってる。おれの前じゃぎこちない笑顔しか見せてくれない彼女が
お前の前じゃ、気楽そうに笑うだろう?


「だから、それが勘違いだって言ってるんだよォ!」

ウソップにしては珍しく、おれに声を荒げて反論してきて
おれはそれに少し面を食らって、行き場をなくした声を飲み込んだ。


が最近おれと仲がいいのは、アイツの相談を受けてたからなんだよ」





「ねー、ウソップ」

「ん?どうした、またおれ様の冒険話を」

「違うから」

「……お前、最近ナミに似てきたな」

「そう? それよりさ! ちょっと相談あるんだけど……」


そう言ってウソップは、一ヵ月前の話をした。その話を聞いておれは、どうして彼女にあんな事を、言ってしまったのだろうと
自分のエゴで大切なちゃんを、傷つけて。


ちゃんは今どこにいるんだ……?」


うっすらと太陽も沈み始めている船内は、相変わらずの奴らが騒いでいて。その音にのっておれは彼女を探す。
教えられた場所は、蜜柑畑の中。狭いその空間を見上げれば、覚えのある色を見つけた。


「……ちゃん」

「っサンジ君?」

「顔……見せてくれる?」


否定の返事も肯定の返事もなかったけれど、彼女は顔を出さない。
出すに出しずらいのは、分かってるんだ。
それでも、ちゃんと顔を見て謝りたかったおれは、蜜柑畑に続く階段を登った。
蜜柑の木に寄り添うように、もたれているちゃんは、いつもの何倍も小さく見えて
おれが彼女をこうしてしまった、と言う事に少し怖気づいてしまった。

けど、もう傷つけたくない


ちゃん……そのままでいいんだ、聞いてくれる?」


返事はないと思っていたのに、彼女はおれの言葉に小さく頷いてくれた。


「さっきは本当に悪かった……ごめん。おれ……」


その後の言葉が出せなくて。
ああ、手が震えてる。
情けない程、今心臓がうるさくて。冷や汗が背中を伝う。


「勘違いしてたんだ……。最近、ウソップと仲がいいから、おれ……その……」


普段なら余計な事だってポンポン出てくるこの口も、今となっては使い物にならなくて
また、そこで口を噤んでしまう。
ちゃんの視線をまともに見ていられなくて、ずっと木目を見ている。
どうして彼女はここまで、おれは弱くさせられるんだろうか。


「サンジ君?」


カツ、と彼女の靴音が響いた。


「……どうして泣いてるの?」

「え?」


思わず顔をあげれば、目元を赤くした彼女が心配そうにおれを見ていて
その言葉に従うように、自分の頬に指で触れた。
確かにそこは、ちゃんの言葉の通り、涙で濡れていて。


「おれ……なんで……」

「大丈夫だよ。もう、私は大丈夫だから」


傷つけたのはおれなのに。
傷ついているのはちゃんなのに。
いつの間にか、抱き締められていたのはおれで
傍から見ればきっと、慰めているのはちゃんに見えるんだろう。

彼女の優しい匂いが、した。
不思議と落ち着くその香りが、背中を押す。


「おれ……ちゃんが好きなんだ」

「サンジ君……」

「だから、ウソップに取られたくないばっかりに……あんなひどい事……本当に最悪だよな」

「……本当だよ」

「本当に、ごめん」


もう一度、謝罪の言葉を口にすれば、ちゃんの手の平の力がほんの少しだけ、強くなった。


「私……こんなにサンジ君だけが好きなんだから……!」


うん、知ってる、と言えば彼女はおれの肩に顔を押しつけて、涙を零した。
傷つけてしまった分、これからは何があっても君を守るから。
聞こえないように、そっと呟いた。


「お前、サンジのことが好きだったんだなァ」

「絶対内緒だよ?」

「おう。で、相談って何だよ?」

「それがさ……どうしてもサンジ君の前だと緊張しちゃって……うまく笑えないんだ」


ぎこちない笑顔が、本当はおれだけだったと知って。
でも、きっとこれからは、ちゃんと笑えるから。










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