死んだ人を生き返らせるには、どうしたらいいでしょうか?
この世で最も大切な人を失い、途方に暮れている私が考えるのは、そんな、くだらない事。
きっとあなたが聞いたら「相変わらずはバカじゃのう」と笑うのでしょう。

任務の時以外には黒を着ない私は今、毎日毎日黒のワンピースを着ます。
それは、私のせいで命を落としてしまった、あなたへの弔いです。
きっとあなたが見たら「は色白じゃから、黒も似合うの」と褒めてくれるのでしょう。


「まだそこにいたのか」


背後から聞こえたのはルッチの声。その声には明らか苛立ちと焦燥感が混じっていて。
何も言わずに振り返る。


「そうやって祈ったところで、カクは帰っては来ない」

「知ってる」


知ってる、そんな事。とうの昔に自覚している。
けれど、もう体が覚えてしまったこの虚無感を拭うにはこれしか方法がなくて
どうしようもない悲しみに襲われた時の逃げ道なのだから、お願いだから、邪魔をしないで。


「……いい加減前を向け。お前はCP9になければいけない存在だ」

「向きたくない。カクのいない前なんて、見たって意味がない」


パアン、と音が響く。
ああ、ルッチに頬を叩かれたんだな、と、もう神経の通っていない脳で考えた。


「上官がお前を殺すなと命令しているから、お前は殺されていないんだ」

「……嘘吐き」

「何……?」

「本当はルッチだって、私のこと殺せないくせに」


私、知ってるよ。ルッチの気持ち
そう言えば、ルッチの表情が僅かに揺れた。

君は優しいから、私に手を出さないんだろうね。
ルッチにとって邪魔者のカクが消えたんだから、私になんだってできるのに
優しい君は、ただ私を元に戻そうとしかしない。
もしかしたら、昔の私じゃないとルッチにとって魅力がないのかな。


「いつまで待っても、私は前を向かない。私の全てはカクが持っていったから」


そう言ってまた、カクのベッドに向う。
ここは、生前のカクの部屋。始まりはカクの部屋だった。


「のう……」

「なに?」

「……やっぱりなんでもない」

「なにそれー、すっごい気になる」

「こ、こら! すぐにそう抱きつくのはやめろと言うたじゃろ!」


任務をこなす時は、私でさえ怯えるくらい冷徹な彼が
そうして部屋にいる時だけは、とても優しくて素直で可愛くて
いつだって私達は、ふたりでこの部屋にいた。


「……ルッチ?」

「抱かせてくれ」


後ろから抱きすくめられていた。
久しぶりに感じる人間の温もり。私が知っているカクの温度より、ルッチは少し低かった。
何も言わない。いいとも、悪いとも言わずにルッチの出方を待つ。


「カクを想ったままのお前で構わない。だから、今すぐに抱かせろ」

「……何がしたいの? それで。虚しくなるのはルッチだよ?」

「それでも構わん。ただ、今にもお前が消えそうなんだ」


カクと違って、常に冷徹な彼からは想像もつかない言葉で、戸惑った。

何より、この部屋で。カクの部屋で。
以前、私達が抱き合ったことのある、カクのベッドで
他の人に抱かれるのは、抵抗があった。


「怒られないかな」

「誰にじゃ?」

「上官……。やっぱりCP9同士がこうなるのってさ」

「わしはそれでも構わん。さえ手に入れば幸せじゃ」


そう言って太陽のように笑った彼を、泣きながら受け入れた。
小さな頃から、人を殺して同じ道を通ってきた私達だからこそ分かり合えた傷。それを癒してくれたカク。
こんなにも血で汚れてしまった私を、彼は包み込むように愛しんでくれて
その時、初めて私は自分の体を大事にしたい、そう思えて。


「……ここじゃ嫌」

「それは了承したと言う事だな?」

「カクのベッドは嫌。ヤるんだったらルッチの部屋にして」


肩と足を抱きかかえられて、カクの部屋を後にする。
カクもこうやって、私を抱いてくれたな、と。
扉を潜る瞬間、過去の幸せそうな私を抱いたカクと、カクに抱かれた私の幻影が横を通った。

着いたのはカクの部屋より広い、ルッチの部屋。
広い部屋の中にポツポツと置かれた装飾品。カクの部屋とまた違った印象で
素朴を好んでいた彼とは違い、ルッチの部屋はそれなりに飾られていた。
見渡すと、ベッドは置いていなかった。


「……ルッチは寝ないの?」

「長時間はな。仮眠を取る際にはソファで充分だ」

「そのうち、体壊すよ?」


言って彼を見上げれば、少ししかめっ面のルッチがいて。
何か悪い事でも言ったのかと思った。


「……お前のそういうところは相変わらずだな」

「なに?」

「そうやって、どうでもいい事を心配するところだ」



「相変わらず心配性じゃな、は」

「だって……今回のは相当危ない任務なんでしょ? なのに、上官はカク一人に任せて……」

「なに、大丈夫じゃよ。それにわしはがいれば必ず帰ってくる」


ルッチの言葉にカクの最後がフラッシュバックする。
笑いながら、手を握って額にキスをして。
そして、そのまま私達の前から姿を消したカク。
帰って来たのは悲報と、彼の黒い帽子だけだった。

私がいれば、必ず帰ってきてくれるって言ったのに。
嘘吐き。そう何度も叫んで泣いた夜。

震えが止まらない手の平で、ルッチの頬に触れた。


「……早くして。どこでもいいから……ソファでも床でも構わないから!」

「いきなりどうした」

「だから……絶対に優しくしないで……!」


これは、戒めだ。
あの時、どんな手を使ってもカクを止めなかった私への
笑いながら彼を見送ってしまった私の罰。

優しくされると、カクを思い出してしまうから。

ソファに投げ捨てられて、黒のワンピースを千切られる。
無残にも布になったそれは、足元に散っていって。
ルッチの冷たい視線だけを纏っている。
その視線で死ぬ事ができたら、どれだけ幸福なんだろうか。


「優しくしたら殺すから」

「そうならないように励むさ」


その言葉と同時に始まる行為は、優しいカクしか知らなかった私にとっては、痛みしか及ぼさない行為で。
激流のような流れに、ただただ困難になっていく呼吸を任せて
無心に天井を見詰めていた。

不意に耳元で囁かれる。


「…………愛してる」

、愛しとるよ


目の前にいるのはルッチなのに。
その体温も、感覚も仕草も何もかも、カクとは似て異なるものなのに
その、声が。愛していると言う声が、あまりにも同じで。


「カク……っカク……!」

……」


首に腕を回して、キスを強請る。
カクじゃないと分かっていても、もう止まらなかった。
鼻の長い彼との覚えたキスを、同じ要領でルッチにキスをする。

白い光、唯一の道標は
いつの間にか辺り一面を支配して、真っ白い闇になった。
いつまでも、いつまでもその白い闇から抜け出せない。
ずっと、永遠に。










真っ白な