ただ、ただ無心に君だけを想えたら、どんなに幸せだっただろう。





波の音も、風の音も全てが消えて。私の耳には何も届かなくなった。
ここは私の部屋で、目の前にいるのは大好きなルッチで
それはいつもと同じ、でも違うのはルッチの声と姿。
白いタンクトップに、いつだったか私があげたサスペンダー、濃い茶色のパンツは色味を失い、それらは全て黒に染められていた。
肩にとまってる、ハットリだけがいつもと変わらない。


「……ルッチ?」

「お前に……話さなければいけない事がある」

「夜以外で初めて聞いたね。ルッチの本当の声」


情事の時だけ切なく届いた声。
痛みと快楽に翻弄されていた私に、その声が届いた時、最中だったのにも関わらず笑ってしまって
ルッチがふてくされていたのを、思い出す。


「おれは今日ガレーラ本社を襲撃する。そして、そのままこの街を出る」

「……唐突でいて、信じ難い話だね」

「そうだ。だが、全てが真実だ」


だから、最近様子がおかしかったんだね、と笑えば
気づいていたのか? と僅かにだけど表情が揺れた。
当たり前でしょ? どれだけ君を想って、見つめて、愛した私なんだから
それくらいの変化、見落とすわけない。


「おれだけじゃなく……カクやカリファ、そしてお前が一番世話になったブルーノもだ」

「店長もかぁ……。なんだか仲間外れみたいで、寂しいね」


ヘラッ、と笑ってクッションを抱きかかえれば
ルッチが近づいて、立っていた姿勢を崩して私を抱き締めた。
腕も鼓動も体温も。全ては出会った日、今までも同じなのに
どうしてだろう、本能が悟る。
もう私達は交わる事がないって事を。

ルッチは何も言わずに、ただ私を抱き締める。
私は何も言わずにクッションを抱き締める。抱き締め返してなんてやらない。
ハットリの羽が揺れる音がした。

ルッチ、と囁けば、なんだ、と返してくれる。


「ルッチは……どうしても行くんでしょ?」

「ああ」

「私はどうなるの?」

「任務を知った者は消す」

「ルッチが勝手に喋ったたくせに、理不尽だね」

、おれはお前が拒めば」

「殺して」


ルッチの言葉を遮って、自分に死刑宣告をする。


「置いていくんでしょ? どうせ。私がそれに耐えられるほど強いと思う?」

「でも、おれは」

「それこそ、身勝手すぎるよ」


自分は遠くに行ってしまうのに。私を置いてまた、きっと他の女を愛するくせに。
私には、自分を忘れるなって言うの?
ひどい、無理な話に決まってるでしょう。
人を愛する気持ちも、こんなに痛くなる胸も、快感に支配された体も全て君が教えてくれたのに。
それをどうやって忘れろと言うの?


「じゃあさ、最後に抱いて」

「……何を」

「刻みつけて。今すぐ、ルッチに私を。忘れられないくらい、一生私の命の重さを背負うくらいに」

「お前は……お前こそおれに、お前を忘れるなと言いたいのか?」

「そうだよ、私は我侭なの。でもね、ルッチは強いから大丈夫」

「おれは……力に頼っているだけで、強くなんかない」


そう言ってルッチは、荒々しくキスをする。
ざらついた舌。感じる呼吸音と伝う唾液。
喉奥を突かれて苦しくなるけど、それも彼の癖だと知ったのはいつだったか。

服を半端に脱ぎ散らかして、私達は馬鹿みたいにお互いを求め合う。
いつもは涼しい顔していたルッチの顔も、私の前だけではそう、切なげに歪むから
その刹那にいつだって愛を感じていた。
鎖骨周辺に軽い痛みを感じて、きっと痕を残したんだと。

噛みついて、舐めて、転がして。君の全ては私を翻弄する為にある。

切ない音と、激しい律動がぶつかり合って、最後に弾けた瞬間
その一瞬だけ、本音を暴露しよう。


「……っあ! ほん、とはねっ……」

「……なんだ」

「行って、欲しくない……んだっ……ふっ、うぅん……っ!」

「……くっ」

「でも……っ、私そこま、で……強くないからっ!」

「ああ……っそうだな」

「だからっ……!」


ルッチの背中に、今までで一番強い力で爪を立てた。
痛みに歪む顔もその唇から漏れる音も、全てが愛おしい。
これくらいの傷、いつか消えてしまうけれども
この瞬間、そうこの痛みはきっと君の中でずっと燻り続けるだろう。


「……泣かないでっ」

「泣いてなど……いない」

「……っ嘘つき」


汗よりも甘い甘い、君の涙が私を濡らす。
私の頬にも同じように、君とは違う辛い涙が伝った。


「もったいないな」


そう言って舌を這わすルッチの耳元に囁いた


「首絞めるとね、締りがよくなるの……知ってる?」

「……ああ」


台詞だけは妖艶なのに。ルッチに近づくために、頑張ってなろうとしたそれだけれども
ルッチは「ありのままのがいい」そう言ってくれたね。
その時、嬉しすぎて死んでもいいと思ったんだ。

首に宛がわれたルッチの手の平が、少しずつ力を持つ。
それでも器用に律動を速めるから、私の速度も増していって
水音と、声と、咽かえるような熱だけ。
追って来るのは、快感の波とルッチへの愛情だけだ。


「ね、ぇ……忘れ、ないで」

「うっ……」

「こ、んな……にも馬、鹿……みたいに、ル……ッチ、だけを」

「……はっ、……」

「愛し、た……私が、いた……って、事……」


最後に見えたのは、涙で濡れながらイくルッチの顔。
最後に聞こえたのは、君の喘ぎ声に混じる泣き声。
最後に感じたのは、君の大き過ぎる愛情。

たとえ流れ星に追いつくよりも低い可能性だとしても
私はまた、生まれ変わって君を愛するよ。

だからそれまで少しだけ、バイバイ。