大好きな君と見る花火はきっと、一生の宝物に。




夏島が近いせいか、船内の気温が普段より暑くなっている頃
それぞれが自分の居場所で、思い思いの時間を過ごしていた。


「ねぇ、ナミー」

「何?」

「次の島って、夏島なんだよね?」

「そうだけど……それがどうかしたの?」

「へへ、秘密」


そう言って一番新しい仲間であるは愛しの彼のもとへ、パタパタと去っていく。


「本当にも物好きよねー」

「そうですね……あんなクソゴムより、おれの方が何百倍もちゅわァんの事を」

「ハイハイ」

「つれないナミさんも素敵だあァァッッ!!」


が去った後のラウンジではこんなやりとりを。
当の本人は今だ船内で、愛しの彼を捜索中。


「ルフィー、どこー?」


いつもならすぐに飛んでくる彼も、今回の遊びがかくれんぼなだけに、容易に姿を現せないようだ。
しかし、そんな彼を好きになった彼女も彼女。


「出てこないと、今日のお肉、私がもらっちゃうよー!!」


その言葉が船内に響くと、同時に聞こえ始めた慌しい足音。
どうやらルフィの扱いはすでにお手のものらしい。


「おい! ! 肉はやらねェぞ!!」

「あのねルフィ、話があるんだ。ちょっといい?」

「あァ! いいぞ!」

「今度着く島、夏島でしょ?」

「そういやァ、そんな事ナミが言ってたな」

「でさ、一緒に縁日行かない?」

「エンニチ?」


ニッコリ笑って、はうんと頷いた。

四季のある小さな島国から仲間になったにとって、夏の風物詩である縁日はやはり彼氏であるルフィと行きたいようで


「なんだ、それ。 ウマイのか?」


ルフィがそれを知っているわけがなく
しかし、それを予測していない彼女ではない。

縁日の魅力、主に食べ物だが
それを身振り手振りをつけ、それは重大なものであるように
否、ルフィにそう思わせるよう彼女は話し出した。


「縁日っていうのはね、色とりどりの提燈、並ぶ屋台、陽気に流れる音頭。屋台にはおいしい、縁日ならではの食べ物が並んでいて中には景品が貰えるゲームもあるんだよ」


彼女がそう話すうちに、ルフィの他にも一人、また一人と船員達が集まってきて
気づけば全員がの話に釘づけで。


「よし! 縁日に行くぞ!!」

「へェ、面白そうじゃない」

「ウソップ! おれ金魚すくいやってみたいぞ!」

「おゥ、このキャプテンウソップ様の黄金の右手にかかれば、金魚の十匹や二十匹くらい朝飯前だ!!」

「縁日か、懐かしいな……」

「浴衣美人のお姉さま達が……ムヒョヒョヒョ」

「いい催し物ね」


船員達の反応に「やったぁ!」と体全体で喜びを表す


「楽しみだね!」

「そうだな! おれは全部の屋台を食い尽くすぞ!!!」

「うん! 私も頑張る!!」


気づけば船員達のことなどお構いなしに、カップル独特の空気を醸し出している二人。
誰もが落胆の色を隠さず、エイエイとつつき合う二人を呆然と眺めた。


「島が見えたぞー!」


例の如くウソップが見張り台から大きく叫べば、バタンと大きな音がして開いたラウンジの扉。
普段ならこの時真っ先に甲板に出るのは、お子様三人組。
しかし、今回は例外のようで。


「あー、見える見える!! ……よかったぁ、縁日やってるみたい」


ホッと胸を撫で下ろす
やはり言いだしっぺである彼女は、縁日がやっているかどうか不安だったようだ。


「早く用意しなきゃ」


ラウンジにナミとロビンを迎えに、は踵を返した。


「なァー、達はまだかァー……おれもう腹減って死にそうだァ……」

「このクソゴム! 何て事言いやがる! 麗しきレディ達がおれの為におしゃれをしてるっているっつーのに」

「テメェのためじゃねェけどな」

「ああァ!? 何か言ったか? この筋肉マリモ」

「んだっと!? このヘタレアホ眉王子!!」


甲板で男軍団がガチャガチャとうるさくし始めた頃だった。


「ったく、あんたら少しは静かにできないの?」


先手を飾ったのはナミ。
青の生地に彩られる、オレンジ色の華。
真っ赤な帯が一層それを引き立てている。
髪も普段とは違いアップにしてる。


「ごめんなさいね、待たせてしまって」


次いで出てきたのはロビン。
黒に白の天の川はまさに彼女の為のようなもので
白帯に結ばれた背中に栄える、大きな結び。
下ろしたままの髪が彼女の魅力を最大限に引き出していた。


「んナミすわァんにロビンちゅわァァん! 二人とも最高に美しいです!」


当然のようにサンジは回りながら彼女達に近づく。
二人に賛美の言葉をポンポンと、次から次へマシンガンのように話し続ける。


「そういえば、は?」


ルフィが口にした言葉。
食べ物か冒険の事しか、彼の口からは出てこないのに
珍しく、違う事をその口は紡ぎだした。


「おれ、の浴衣スッゲェ楽しみにしてんだからよ」


ルフィはその場にいた船員達を驚かせる。
時々本当に、こちらがビックリするような事を言う船長である。
今回も例外ではなかったようで。


「ごめん! やっぱり一人だと大変で……」


そう言いながら出てきたの姿を見て、誰もが息を呑んだ。
ナミやロビン、女性陣でさえ見惚れてしまうほどの立ち姿。

濃紺の生地に鏤められた、色とりどりの花、そしてその間を縫うように描かれる金魚。決して煩わしさを感じさせないそのデザイン。
ナミの帯とお揃いであろう、赤い帯は後ろで大きくリボン結びになっていて、まるで蝶の羽ようだ。

さすが本場の人間と言ったところ、もしくは彼女本来の美しさに
ルフィをはじめ、誰もが言葉を失った。


「な、何で、誰も何も言わないの……? やっぱり変?」

「いや、そうじゃないのよ。 ただあんたの格好があまりにも似合いすぎてて……」


慌ててナミがフォローに入る。
それでもまだ何かが足りないようで、チョボチョボと下駄での慣れない足取りで、彼女はルフィの前に立つ。


「ねぇルフィ、私変かな?」

「変じゃねェぞ! スッゲェ似合ってる!」

「へへ、嬉しい」


そう言って頬をルフィの胸に預けた
意外にもその行為にルフィが照れているのを見て


「ルフィの様子がおかしい……! ウソップ、ルフィなんかの病気か?」

「んあ? ……そうだなァ、いわゆる恋の病だな」

「ええええェェッ!? おれそんな病気、聞いた事ねェぞ!」


なんてやり取りが出てくる始末。


「それにしても参った。まさかちゃんがあそこまで変身するとは……」

「あァ、女ってもんはあそこまで変わるんだな……」


仲の悪い二人の、揃えた意見がルフィの耳に届いた。


「おいお前ら! もうこれ以上を見んな!」

「な! テメェクソゴム! 一人でちゅわァんを独占するんじゃねェ!」

「いいんだ! はおれのモンだからな!」


大胆発言、後に消え去った二人の姿。


「じゃあ、おれらは先に行ってるからなー」

「バイバーイ! また後でねー」


海の上を綺麗に舞う二人。
ルフィの腕が海岸の灯台をグルグル巻きにしているのが船員の目に入った。


「皆様子おかしかったね」

「そんな事より早く屋台見に行こうぜ!」

「うん!」


指と指を絡ませて、いつもよりお互いを近くに感じる距離。
の頭はルフィの肩に触れる。

とても幸せそうな二人はまさにお似合いのカップル。
この縁日に来ているどの恋人達よりも、彼らを包むものは穏やかで、優しいものだった。


「あ、ルフィ。りんごあめだよ。で、その隣がお好み焼き」

「うほー、美味そうだなァ」

「まだまだいっぱいあるからね」

「よーし、全部食うぞー!」


そう叫び、りんごあめの屋台の前に走る二人。


「オッちゃん、りんごあめ一つ!」

「一つ?」

「あァ、おれが持って二人で食べればいいだろ?」


食い意地の張っているルフィからは想像もつかない言葉。
それにビックリしているは、再度確認する。


「いいの? 二人で食べたら量少ないよ?」

「いいんだ。 だってコレと他に持ったら手、繋げねェだろ」


な? と言って笑うルフィ。
その言葉を聞いて、みるみるうちに顔を火照らせる


「いやァ、お嬢ちゃん。 いい男捕まえたねー」


と店主が冷やかせば、彼女の顔はますます茹ダコ状態になる。


「ん? どうした。 暑いのか?」


何も計算をしないで、不意打ちするから彼女はいつまで経ってもルフィに敵わない。


「ううん、大丈夫」


心中はあまり穏やかではないが、悟られるのも恥ずかしいので、はニッコリと笑った。
自分ばかりがドキドキするのはどうも癪なようで、繋いだ手をギュッと握り返してみる。
するとビックリしたような表情をしたルフィが、の顔を覗きこみ


「何だ、りんごあめ食いてェのか?」


なんとも的外れな返答。


「違う。……別にいいけどね」


調子を狂わされるのも、ルフィならいいのかもしれない。
そんな事を考えて、一人微笑む
瞬間、感じた感触。場所は唇。


「……急にしないでよ、バカ」

がいけねェんだ」

「なんで?」

「だって、キスしたくなるような顔すっから」


シシッと笑うとすぐに歩き出してしまうルフィに、気だるい甘さを纏いながらも、一生懸命についていく

どんどん奥に進む二人。
次第に人影が消えていって、そんな時ふと聞こえた情報。


「ねぇ、ルフィ?」

「ん、何だ?」


甘い物からメインまで、ほとんどの物をたいらげたルフィは
最後であろうあんずあめを頬張りながら、の方に顔を向けた。


「なんかね、今から花火が上がるらしいの。 この裏の山が一番見えるんだって」

「そっか、じゃあそこ行くか」

「うん」


言いたい事を全てを言わなくても、通じる二人だけの世界はいつでも平和で
何も言わなくても歩調を合わせてくれるルフィに、自然と笑みが零れるがいた。


「うわぁ……空がひろーい」

「本当だなァ」


ルフィの手を離し、前に駆けていく
その後をゆっくりと追うルフィの姿は、いつもの彼からは想像もつかないほど、それは大人びた表情で。


「ねぇねぇ、ここが一番見えそうだよ」


そう言って座り込み、自分の隣をポンポンと叩くを、ルフィは「おれはここがいい」と後ろから抱きしめた。


「……今日のルフィ、なんかいつもと違う」

「そうかァ?」


照れながらも体を預けるを、まるでガラス細工のように
否、ガラス細工でさえ一瞬で壊していしまうルフィが、そっとその腕に力をこめた。

ドーン、と大きな音の後に、夜空に咲く大きな華。
久しぶりに見るそれはやはり感動するに値するもの。

二人は声を出す事も忘れてそれに見入った。


「綺麗……」


何十発目の花火が上がり、上がる間隔が広くなった時、が声を出す。


「花火にお願い事したら、なんか叶いそうだね」

「そうだな。 じゃあなんか願い事でもするか?」


そう言うと瞳を閉じ、手を合わせ始めた二人。


「よっし、お願い事完了」

「おれも」

「ルフィは何お願いした? やっぱり海賊王?」

「んや、違う」

「じゃあ、何お願いしたの?」


そうが言うと同時に上がり始めた最後の花火。
照らされるルフィの表情は、本当に優しい。
きっと、だけが見られる、他の人には見せない表情だろう。


「これから先、ずっとが幸せでいられるように、おれの隣で、ずっと笑っていてくれるようにって願い事した」


真っ直ぐ、それは夢を語っている時のように力強い口調で
ルフィはを見つめたまま最後まで言い切った。


「でも、願い事にしなくてもはこれからずっとおれの隣にいるけどな!」


どうしてこんなにも愛しいんだろう。
の胸中に、表せられないほどの喜びや愛情が積りに積って。
体の向きを変え、自分を支えてくれるルフィをギュッと抱きしめる。


「うん、私……ずっとルフィの傍にいる」

「あァ」

「海賊王になる瞬間も、なった後もずっとずっと傍にいる」

「約束だな」

「うん、大好き」

「おれもが大好きだ」


バァン、と大きな音と共に最後の花火が放たれた。
芝生に映る、二つの重なり合う影が、幸せの足跡になる。










夜空えば