歩調を合わせて、手を繋いで、一緒に歩きたいだけ。




そろそろマフラーなどの防寒具が恋しくなる季節に、ルフィと喧嘩をした。
喧嘩の始まりとか、何を言ったとか、何も覚えてない。
それだけ、最後に見たルフィの表情が鮮明に残っているから。

喧嘩をしたのは、その日の昼休みだった。
毎日お昼を一緒に食べる約束をしていて、いつもと同じように裏庭に向うと、もうルフィがいた。


「おう、遅いぞ!」

「ごめん、ホームルーム長引いちゃってさ」

「そっか、ならしょうがねェな!」


ルフィはあんまり物事を深く考えない方で、大抵の事は軽く謝ると許してくれる。
だから私もなるべく、些細な事でルフィに対して怒ったりしないようにしてきた。
別にそれが苦だとか、辛いと思ったことはなくて。
むしろ他の人なんかより、よっぽどルフィの方が聞き分けもいいし優しい。


「……なぁ

「ん? 何?」


それは珍しく、食事中にルフィが発した言葉だった。


「おれ、今度の日曜ダメになった……」

「え……」


今度の日曜。
その日は付き合いだして一年の記念日。
二人っきりで出かけようと、前々から約束していた日だった。


「なんかエースの用事でシャンクスん所に行かなくちゃいけなくなったんだ……」


エースとはルフィのお兄さんで、シャンクスさんは叔父さんだと前に紹介された事を思い出した。
ルフィはすごくバツの悪そうな顔で、私の表情を窺っていた。

二人で出かけるのは別の日でもいいし、いっか

記念日とかに執着しない私は、さほどそれを重大に考えるわけでもなく
ただ、いつも通りに「気にしてないよ、大丈夫」と一言告げた。

いつもだったらそこで、ルフィがもう一回謝って終わりのはずなのに、その日のルフィの様子は少し違った。
弁当箱の上に箸を置き、ジッと私を見つめてきた。


「どうしては怒んねェんだ?」

「え?」

「だって約束破るんだぞ? なのになんで怒んねェんだよ?」

「別に、当日いきなり断られるわけでもないし、用事だったらしょうがないよ」


その返答にルフィはあまりいい顔をしなかった。


にとって、おれ達の記念日ってそんなもんなのか?」

「そんなわけない。私だって楽しみにしてたよ!」

「じゃあ、何で怒んねェんだよ!!」

「怒鳴らないでよ! なんでそんなに怒って欲しいの!?」


お互い、どんどん声が大きくなっていって。
ルフィの顔は妙に真剣で、少し泣きそうになっていた。


「怒る理由がないから怒らないの! なんでそれが納得いかないの?!」

「理由ならあるだろ?! 約束破ったじゃんかよ!」


これじゃあ、埒があかない。
その場にペタンと座り込んでしまった。


「……もういいよ」



「ルフィの言いたい事が分かんない」

「おれは」


何かを言いかけて、ルフィは自分の口を押さえた。
その手をそっと体の側面に落とし、ルフィは背を向けて歩き出した。
その時に見えた横顔は今にも泣きそうで、あんな表情見た事がなかった。



教室の窓から見える空は、汚い灰色で
下に視線を投げれば、楽しそうに帰っていく生徒。

きっと昨日のままの私達だったら、あんな風に今日も帰っていたのかもしれない。
そう考えると、涙みたいなものがジワリと浮かんできて、鼻の奥がツンとした。
はぁ、とため息はきれいな白い綿になって溶けていく。


ちゃん? どうかした?」


そう声をかけてきたのは同じクラスメイトのサンジで、ルフィとも仲がいい。
だから多少の面識もある。


「ルフィは? 今日も一緒に帰るんじゃないの?」


ルフィ

どうして名前だけでも、こんなに愛しくなれるの。
どうしてこんなにも胸を掻き乱されるの。


「喧嘩、しちゃって……多分、一緒には……帰らない」


帰らないんじゃないよ。
帰れないんだよ。

我慢していた涙みたいなものは、涙になってボロボロとみっともないくらい流れ始めた。
そんな私を見たサンジは、噂ほど女の子の扱いには慣れていなかった。


「そっかァ……ルフィがそんな事をねェ」


目の前でサンジはうんうんと唸っていて、彼に貰った温かい紅茶を飲む。


「アイツも色々考えるんだな」

「ね。いつもは何も考えてないみたいなのに」


零れた笑いはそんなに綺麗なものじゃなく、少し皮肉めいたもの。
いつもみたいに、何も考えないで返事をしてくれればよかったのに。
彼は、変な時に変なところの核心をつくから。


「よく分かんないよ……」


ポトリとまた一粒、涙が落ちた。


「……おれは同じ男として、なんとなく分かる気がするな」

「え?」


少し驚いてサンジの方に視線を戻せば、彼は笑っていた。


「きっとアイツ、不安だったんじゃないかな」

「ふ……あん?」

「うん。ちゃんがめったに怒らないって事は、すごくいい事だと思う。けどルフィにしてみれば、自分に興味がないから怒らないんじゃないかって」

「だって、それはルフィも私を怒らないから。だから私も些細な事で怒らないようにって……」

「うん、アイツはそんな奴なんだよ。自分は怒らないくせに、怒られないと不安になる。間違った道に行きそうになった時、誰かに止めてもらわないとそのまま突っ走るような奴だから」

「突っ走る……」

「だからさ、言いたい事があったら言ってあげて? きっとそっちの方がアイツも喜ぶと思うよ」

「サンジ君……」

「じゃあ、おれはもう帰るけど……ちゃんは?」


そう問いかけられた瞬間、ルフィが所属する部活の終了の合図が聞こえた。
咄嗟に窓に駆け寄り、外に顔を出して、無意識にルフィを探した。

かち合う視線、黒髪は汗に濡れてる。
体を翻し、校庭に走った。


「ルフィっ……!」


ユニフォーム姿のまま、見つけた場所に立ったままのルフィがそこにいて
ただ、真っ直ぐに私を見ている。


「……ごめんね!」


驚いた表情で、それでも視線は逸らさないで。


「私、気づいてあげられなかったね……ルフィが不安がってた事」

「おれは」

「ルフィを怒らない理由はさ、ルフィが私を怒らないでいてくれるから。だから私も、小さな事でルフィを怒りたくなかったの」


これでも怒りっぽい私は、ルフィと付き合っていくうちに
人を許す大切さを、いつの間にルフィから学んでいて
いつだって、笑っていられた。


「用事ができたならしょうがないよ。私はルフィと一緒ならいつでも、どこでもいいんだから」


ルフィの持っていたボールが地面に触れて、跳ねて転がる。
それ以上に早く、ルフィは私を抱きしめてくれていた。


「ごめん」

「ううん、私の方こそ」

の言う通り、おれスッゲェ不安だったんだ」


そう言うルフィの腕は少し震えていて、なんだか無性に愛しかったのと同時に、言い知れぬ感情がこみ上げて
バレないように、涙を流す。


はいつもおれの我侭聞いてくれて、でも怒らねェから……おれのこと、どうでもいいのかと思った」

「そんなわけない。私にとってルフィは一番大切な人だよ」

「うん、今分かった」


ギュッと力を込められて、息苦しくなる。
けど、その苦しささえも今は全部嬉しくて。


「いつも言いたい事は全部言ってきたつもり。それでも不安になったらさ、いつでも確認して?」


その時は胸を張って言える。
君が大好きだってこと。