ねえ、いっその事、何も知らないままいなくなって欲しかった。
死んでしまったと思わせてくれた方が、きっとまだ救われていた。
他の男を好きになる事だって、できたかもしれない。

なのに、どうしてあなたは、事実なんかを教えてしまったのだろう。
最後の最後まで、酷い男だ。

酷い男なのに、嫌いになれないのは。
結局惚れた弱味なんだ。


「さあ、お別れの時間だ」


黒装束を身に纏って、ルッチは軽々しく告げる。
その言葉が私にとって、どれ程の重みがあるのかも知らないように。

聞かされた、思わぬ事実に立てなくなった私を、彼は横目で眺めている。
だから、今のあたしに見えるルッチの顔は横顔で
ムカつくくらい整った顔が、ひどく歪んで見えた。


「……いなくなるくせに、どうして本当の事なんて教えたの?」


手の平を硬く握って、下唇を噛みながら問う。
苦しい、悔しい、悲しいなんてもので表せられない感情が、心臓を鷲掴みにした。


「アクアラグナに巻き込まれて、死んだとか! 謎の襲撃者に殺されたって方がよっぽどマシだった!」


どこかで、建物が崩れ落ちる音が聞こえる。
風と波の音が、朝よりひどい。

彼を睨み上げる私の視線に、絡み合うのは彼の冷ややかな目。
そこから読み取れるものなんて一つもなくて、またその事実に涙が零れ落ちそうになる。


「……俺が生きている事を知っていれば、お前は永遠に俺を忘れないだろう」


目を逸らして、ルッチは背を向けた。
その行為は日頃、彼が照れた時にする仕草で
けれど、全て計画の上の事だと知った今、その仕草が彼本来のものなのか
騙されていた私には、知る由もない。


「俺が死んだとなれば、お前の中で時間と共に風化していく。だが、生きていると知っていれば」


振り向いて見せた目は、さっきまでの冷ややかなものじゃなくて
騙されていた私が毎日見た、騙している彼が見せていた
確かに情が篭った、そんな目。

彼の履いている革靴の音がする。
跪くルッチは、今まで見た事がないくらい脆く見えた。


「お前は一生俺のものだろう?」


髪に触れながら、言われた言葉はとても甘く感じられた


「……っそんなの、ルッチの我侭でしょう?! 残された私はどうすればいいの?」

「俺を想い続ければいい」

「ふざけないでよ! 私はっ……私はルッチのものじゃっ」


触れた唇は優しかった。
慣れた行為に、体が勝手に順応する。
驚きで見開いた目も、次第に瞼が覆い隠して。
涙が頬を伝った。

本当は分かってた。ルッチが死んだと言う嘘を信じ込まされていても
きっと私は、もう誰も愛せない事くらい。
だけど、そう認めてしまえば最後私を守るものは何一つ残っていなかったから。


「お別れの時間だ」


耳にその言葉が聞こえた時にはもう、愛しい黒い影はいなくなっていた。
残ったのはハットリの白い羽と、唇の熱。

嗚咽が波の音に掻き消された。










言葉を封じるキス









Title by 恋したくなるお題