ちゃんと私を見て、妹なんかで終わらせないで。
もう、我慢できないよ。





「カク!」

「おォ、。 来とったのか」


いつもと変らないのんびりとした口調、まん丸の瞳にスラリとのびた手足。
世界で一番愛しい存在。


「はい、お弁当! また忘れたでしょ?」

「おォ、すまんかったのう」


そう言ってカクは頭を撫でてくれる。
撫でてくれるのなんて、きっと世界中探したって私だけだと思う。
だからこそ嬉しい事は嬉しいけれど、それと同時に少しだけ悲しくなる。

いつまで私は妹なんだろう。
どうしたら一人の女の人として見てくれるのか。

先日、ずっとアタックししていた甲斐あって、ようやく友人から恋人に昇格した。
その先日も、言ってしまえばもう半年前の事。
拒否された事もなく、かと言って求められた事もない。
言ってしまえば、本当に恋人同士と言えるのか微妙な関係。
だって「好き」の一言さえ、言われていない。
人気者のカクを手に入れただけ幸せなのだろうけど、恋というものは貪欲なもので。
返事が返ってくれば、それ以上を求めてしまう。


「……あのさ、カク」

「なんじゃ?」

「今日何時くらいに、仕事終わる?」

「そうじゃの、定刻には終わると思うが……どうかしたんか?」

「じゃあさ、帰りに私の家寄ってくれる?」


そう言うとカクは笑って、OKの返事をくれた。
私はそんな彼にぎこちなくだけ笑顔を返し、後ろ髪を引かれつつも手を振ってドッグを後にした。



夕刻、私はコチコチと時計の針が進む音を耳で認識していた。
一人、部屋でカクの足音を待っている。

瞬間響く、乾いた音。
屋根を渡って、今日も笑顔でやってくるんだろう。
もしかしたらその笑顔は、今日で最後なのかもしれないけれど。

悲しいくらい、恋とは好きだけじゃ成り立たない事を、皮肉にもカクに教えてもらって。
なのにそれでも、カクに対する気持ちは日増しに大きくなっていった。
その感情の重さが今、私を苦しめている。


「すまんのう、ちィっとばかし遅れてしもうたな」

「ううん、そんな事ないよ」


そう言いながらカクの手を引いた。
骨ばっていて、細いくせに男らしい
彼の誇りである、職人としての手の平。

やっぱりどうしてもダメだよ。
この手を、離したくないよ。

急に歩けなくなって
カクの手を離さずに、その場にへたり込んだ。


? どうかしたんか?」

「……どうして、カクは私に何もしないの?」


流れる涙をそのままにして、振り返れば驚いた顔のカクが立っていた。
そんな顔しないで、そう思うのに涙が止まらない。


「好きって言ったのも私。 会いに行くのも私。 カクはいつもそれを優しく受け止めてくれるけど、カクからは何もしてくれないよね」


両手で顔を覆って言葉を紡ぐ。
ちゃんと聞こえているのかな。
カクの耳に私の言葉は、どう聞こえているんだろう。


「興味がないなら突き放してくれていいんだよ?」


カクからの返事はない。
かたん、と窓の開く音がして、カクが行ってしまった事を悟る。
その音に耳を傾けながら、ただ泣くだけの私。
妹がイヤなんて言っていたくせに、まるで今の私は子供みたいに泣きじゃくっている

グイッと目尻を擦り前を向けば、開けっ放しの窓が目に入った。
閉めようとして近づいた瞬間、聞こえた音は


「カク……?」

「すまんのう、そんなに思い詰めておったとは知らんかった……」


そう謝るカクの腕の中にいたのは、少し大きめのテディベア。


「どうしたの……?」

「本当は、今度のお前さんの誕生日にあげるつもりだったんじゃが……」

「たん……じょうび……?」


覚えていてくれたなんて、想像もしていなかった。
私が一人で話していた事を、そんな細かい所まで聞いてくれていたなんて。


「少し早いがの……誕生日おめでとう」


手渡されたテディベアは確かに重みがあって、今のこの瞬間が夢じゃないと知る。
一度乾いた瞳が、また潤みだす。


「なん……で? 私のこと……好きでもないのに……っ」

「何を馬鹿な事を言っとるんじゃ。 好きでもない奴と付き合う奴なんぞおらんわ」

「……それって」

「ワシはちゃんとのこと、愛しとるぞ」


我慢し切れなくて、飛びついた。
受け止めてくれるのは優しい腕。
ゆっくりと動くカクの腕、回される感触が心地いい。


「カクのこと、信じられなくてごめんなさいっ……」

「いや、ワシこそ何もしてあげられなくてのう……本当に寂しい思いをさせてすまんかった」


そう言って優しく涙を拭いてくれる手の平は、やっぱりカクのモノで
その手の平に、そっと自分のを重ねた。


「……実はプレゼントはこれだけじゃないんじゃが」

「他にも何かあるの?」

「ほれ、クマの首を見てみ」


テディベアの首にかかっているネックレスには、シルバーのリングが下がっている


「指、輪?」


持ち上げて光に当ててみる。
正真正銘、指輪だ。


「ワシは意外と独占欲が強くてのう、まァ、アレじゃ……予約じゃな」


照れ笑いをしながら、そっと指輪と私の左手を取って
嵌めた指は薬指。


「……この指」

「言っとくが、ワシが一番に予約じゃからな」


あなたはいつでもこうして待っていてくれたんだね。
これからは、私は私の歩調であなたを追いかけるから。










の隣