朝、眩しさで目を開ければもう目の前には存在してなかった。
どうして寒くないのだろう、と自分の体に目をやれば
ああ、なるほど。がここから出て行く前に、ワシの体にタオルケットをかけてくれたからで。

心臓の奥の方で、音が聞こえた気がした。
何の音かは分からないけれども。

リビングに行けば昨日約束された通り、テーブルの上に朝食が用意されていた。
まだ焼かれていない食パン、サラダ、ハムエッグにヨーグルト。
もう少し質素な物かと思っていたワシは、期待をいい意味で裏切られた。
ただ、思い返すと冷蔵庫の中には何もなかった筈。


のヤツ……どこにこんなもん隠しとったんじゃ」


苦笑いが零れるのも構わずに、テーブルに近づく。
よくよく見れば、朝食の横には書き置きが残されていて、彼女らしい字で綴られていた。


おはよう! ちゃんと約束した通り朝ご飯作っておいたよ
トーストは冷めると美味しくないから、自分で焼いてね!
それから、これから一ヵ月に一度くらい、視察に来るから
そこんとこよろしく!




やけに多い感嘆符に、笑みがポロポロと零れていく。
トーストをトースターに突っ込みながら、そのメモを冷蔵庫に貼りつけた。
捨てずに取って置きたいと思ったからの行動。
ドレッシングも何もかかっていないサラダに手をのばして、朝が始まった。



それから、彼女は確かにあのメモの通り一ヵ月のローテーションでワシの元を訪れた。
正確に言えば、訪れているのはワシの所だけではないのだが
都合のいい部分だけ掻い摘んで、そう解釈している。

一ヵ月、それは丁度何となく、本当に少しだけ何となくに会いたいと
なぜかそう思ってしまうようになる期間でもあって
窓を覗けば、グッドタイミングとでも言うのだろうか、その時には必ずが窓の下で手を振っていてくれた。

だから、今日も同じだと。
窓を覗けばそこには彼女がいるものだと、信じ込んでいた。

だけど覗いたそこに、彼女はいなくて
代わりのものすら、何もなくて
もうすぐで、ここに住んで一年になる。
来た時には暖かい季節だったのに、今では吹く風が冷たい。

何故だろう。どうしてだろう。

疑問符は浮き上がるものの、肝心な答えは浮かばない。
と、同時に顔を出したのは、不安という名の余計な産物。


「大丈夫じゃよ、また数日したらひょっこり現れる」


誰に言い聞かせるでもない、自分にそう言い聞かせた。

けれど、数日してひょっこり現れたのは、でも、の笑顔でもない
封筒に入れられた、小さなペンダントだった。

差出人は、


元気にしてますか? きっとこの手紙を読んでいるって事は私は死んでいます。


そんな重大な事を、重大と感じさせないような書き方から始まった手紙は
酷く朧げで、悲しくて。それでもやっぱり涙は出なくて。


これを書いているのは、カクがウォーターセブンに行く三日前です。
実はカク達の任務が決まる前から、私の任務も決まっていて、それは命を落とす確立が非常に高い任務なんだ。
任務が決行されるのは、今から11ヵ月後。それまでの私の仕事は月に一度、みんなの視察をする事。


そこから書かれているのは今までの思い出やら、視察しに行った時自分は何をしたのだとか
これからの任務の内容や、カリファの美の秘訣だの、正直よく分からない事ばかりが書かれていた。

何が言いたいのだと、、お前さんはもう死んでしまったんだぞと
思ってみたところで返答はない。
そんな事を思いながら、相変わらず胸の奥がキリキリと痛みを発しているのを感じて
最後の、三枚目の手紙をめくった。


最後に、きっとカクは自分が思っているより本当に寂しがり屋だから、 特別に私の宝物をプレゼントします。他のみんなには内緒だよ。


書かれているのを見て、手紙をテーブルの上に置いた。
ペンダントに手をかける。

ぱちんと開かれたそこには、いつだったか
無理矢理撮ったワシとの写真が入れられていた。

馬鹿みたいに笑っていると、無理矢理フレーム内に入れられて膨れっ面のワシ
こうしてるとちょっとは恋人みたいに見えるの、と別に付き合っている訳でもないのに
どうしてそう思うんじゃろうか、と考えて、ああ、ワシはが好きじゃたんだと
気づいた瞬間、零れたのは大粒の涙。

なんじゃ、お主もワシのこと、好いておったのか。
聞きたくても聞けない質問事項はきっと、永遠に聞かれる事はないだろう。


「本当に……ワシは自分で思っているより、寂しがり屋みたいじゃぞ、


だって、もうこんなに寂しいんだ。
もう二度と君に会えないのに、こんなに涙が止まらないくらい、とにかく寂しいんだ。
そう思えばいつだって、グッドタイミングでは来てくれたのに
だけど、もうはここには来てくれない、来れない。

息を止めたら、お前に会えるだろうか。
そんな事が脳裏を掠めた瞬間、まだ手紙の続きを読んでいない事を思い出した。


寂しいからって、後追い自殺とか、しちゃダメだよ。
カクにはまだやる事がたくさんあるんだから。
ちゃんとやる事やって、人生全うしたらあの世に来ればいい。
その時はちゃんと迎えに行ってあげるから。
だから、それまでは。私の宝物あげたんだから、それを私だと思って大切にすればいいよ。


私が好きになった人は、そんなに弱くないって信じてるから。


どうやら両想いだったらしいのう、
そんな事実があった事も、ましてや自分がを好いている事も知らなかったから
その事実を知った瞬間どれだけ不確定な幸せを信じただろう。

姿形がなくても、お主はちゃんとここにいる。
目を閉じれば簡単に会える、思い出せる。

ぎゅ、と胸元にあるペンダントを握った。
これが今日からワシの、新しい心臓。

なくした感情とやらを思い出させてくれたのは
また、その感情をなくしそうになったのも、のせいで
だけどその感情を引き止めてくれたのも
もっともっと、きっと新しく知った事実のお陰で
とりあえず、ワシは一生笑っていけそうな気がした。

、お前さんが望んだようにワシは人生を全うする
全うして、全うしきれなくなったその時は、約束通り迎えに来てもらおう。

拭った涙の端で何かが光った。
それは手の平に握り締めたワシの心臓、の宝物のペンダントだった。










ふたりでひとつ、ひとつでふたり










Image song「有心論」by RADWIMPS