雲行きが怪しい。そう思った瞬間にもう服は水分を含み始めていた。


「ツイてないなぁ……」


片手には図面、もう片方にはペンやら定規の入ったケースを持って
濡れないように庇って走っていたら、服は通常の三倍くらい水を吸い込んだ。


か?」


雨宿りのために駆け込んだ軒下で、声をかけてきたのは同僚のカクだった。


「カクも雨宿り?」

「帰り際に降られての」


私よりはるか上にあるカクの顔を見ながら、ふーんと呟く。

これで女性に人気があるから不思議だ。
だって、幼い子供を連想させる顔つきと、女性が羨ましがる程の細身を持ち合わせる彼に、私は男を見い出せなくて
だからこうやって肩を並べても、ことさら心臓がうるさい事はない。


「やまんのう」

「そうだね」


ポツリと、雨の音にかき消されそうな程、小さな声でカクは言った。


「それにしてもちいっと寒いのう」

「そう? 私はそうでもないけど」

「このままだと風邪をひいてしまうわい」


カクに視線を合わせていなかった私の耳に入ったのは、なぜかジッパーの下がる音。
何かと思って首を傾ければ、カクは服のチャックを下へ下へと進ませている。


「えっ?!」

「なんじゃ?」


きらきらする大きな瞳を、カクは私に向けてはてなを投げる。


「な、なんで服……!」

「じゃから言ったじゃろう、濡れたままの服じゃ風邪をひいてしまうと」

「だからって……」


そう言ってもカクは、服を脱ぐ手を止めない。
いくら意識していないと言えども、それなりに焦る。
私は慌てて視線を灰色の空に戻した。

急に場が静かになった。
普段から沈黙に慣れていない私は、それに耐え切れなくて。


「あのさ……」


振り返れば上半身裸で、木材に腰かけ眠っているカクがいた。


「……寒いとか言ってたくせに」


言っている事としている事の矛盾に、小さな笑いが零れた。

ずっとただの少年上がりだと思っていた。
普段から露出もしてない肌は、申し訳程度に日焼けしている。
規則正しい呼吸に合わせて上下する胸板は、私が想像していたよりも逞しくて。


「……無防備な顔しないでよ」


木材や大きな鋸を軽々と担げるんだから、今思うとこの腕も納得できる。


「確かにこれなら人気も出るか」


ふと目に入ったのは、大工の仮眠用に置いてある毛布。
カクはとうぶん目が覚める気配もなく、私はその寒そうな上半身に暖色のそれをかけてやった。


「ん……」


くすぐったさにカクが身を捩った。
刹那、漏れた声にドキリとしてしまう。
胸に手を当てれば、おかしいくらいに血液の流れが早かった。


「……雨のせいだ」


こんなにドキドキするのも、カクが男に見えるのも、全部雨のせいなんだから。










Title by 恋かもしれない35題