彼女に出逢わなければよかったと思ってしまう程に、ワシは彼女を愛してしまった。
の何にと問われても、分からないくらい惹きつけられて。
笑顔か、と言われればそうだと言えるし、お人好しなところか、と言われればやっぱりそうだと言ってしまう。
であるが故に、ワシは彼女を愛してしまったような気がする。

五年間と決められた月日の中、大切な女をつくる気なんて毛頭なかったのに。
彼女はいとも容易くワシの心の中に入り込み、そのど真ん中に巣を作ってしまった。
その巣は、日に日に大きくなり、そして深くなっていった。
それが何を意味するかなんて、分かっていたのに。

ウォーターセブンを離れる夜。ガレーラを襲撃する前、ワシはのもとを訪れていた。
見慣れぬワシの恰好に彼女は首を傾げたが、快く迎え入れてくれた。
部屋は見慣れたもので、いつものように紅茶を淹れる仕草もなんら変わりはない。

これを、壊さなくてはいけない。
決して、痕跡を残してはいけない。

一歩、一歩。ゆっくりとに近づく。
その度に、築きあげてきた思い出達が、己を止めようともがいていて。

世界の為に、愛した女を殺す。
それは本当に、自分が望んでいる事なのだろうか。

疑問が湧き上がった刹那、が振り返る。


「カク? どうしたの?」


何の疑いも感じられない、無垢な瞳がワシを見上げる。
何度も同じような瞳は見てきた。
それらを蹴散らしてきた筈なのに、どうして彼女のものだというだけで、こんなにも心を乱されるのか。

答えなんて、全部、最初から分かっていた。

指銃の構えを解いて、目の前の体を抱きしめる。
戸惑ったような、でも嬉しそうな声が聞こえてきて。


「カク? 本当にどうしたの? 何かあった?」

「……何もない。お前さんが心配するような事は、何も」

「そう……私じゃ頼りないかもしれないけど、話せたら話してね」


花が咲くような、小さな笑い声が聞こえる。

他の面々に、のことを話した事はない。
ガレーラの面々にも、彼女のことは知られていない。
ワシと、のことを知るのは、お互いのみで。

どこからか情報が漏れていれば、彼女はワシ以外の誰かに消されていただろう。
そうならないよう、細心の注意を払ってきた。

最初から分かり切っていたのだ。
ワシは、彼女を殺せないのだと。





今日も、明日も、明後日も





ただ、彼女がこの世界のどこかで、息をしていれば。
それだけで、ワシは幸せだろう。


Title by rewrite「人でなしの恋五題」