もいつか、ワシのことなんぞ忘れて、違う男を好きになるじゃろう」


いつものように、窓際から去って行った彼が放った最後の言葉は
今でも胸の中で、きっと永遠に響き続けるんだ。





恒例の高波も、とうの前に過ぎ去って
ガレーラも以前と変わらない、それ以上なくらい活発に動いている。
まるで、抜けてしまった人達を無理矢理、忘却の中に置いてくるように。
私も、新しい仕事を見つけて、今の生活をそれなりに楽しんでいる。

この前パウリーと飲んだ時の帰り道、どうしてか彼は私を抱き締めた。
本当は抱き締めた理由も、彼にどう返してあげればいいかも、全部知ってるけれど。
わざと知らないフリをしている。

パウリーが着ているジャケットからは、いつも彼の口元にある葉巻の匂いと、懐かしい木材の匂いがした。

でも、カクはいつも太陽の匂いだった。
パウリーよりも、もっと背が高くてもう少し細身だった。
そんな気がする。

曖昧なのは、その記憶がもうはるか遠くにあるからで
忘れたくないけど、馬鹿な頭は大切な事からどんどん、消していく。
忘れたくないと、泣きながら手をのばしても、記憶の中のカクはどんどんボヤけていくだけ。

記憶の中から、たとえ消えていっても
この気持ちが一緒に消えてくれる事なんてないんだよ。

カクが、この街に、この人達に何をしたか。
それを知っていても、会えない、もう二度と目に触れる事すら叶わない。
そう思うだけで、愛しさが募っていく。


「馬鹿だよな、お前」


パウリーにそう言われた。
言われなくても、自分が一番よく分かってる。

私は、馬鹿なんだ。

もう、触れてもらう事も愛してもらう事すらも、不可能だって、理解していても
ただひたむきにカクを
カクだけを想ってしまうんだから。


「ねえカク。今どこにいるの? 何してるの? 誰といるの?」


一人きりの寂しい部屋に、私の情けない声が木霊する。
開け放たれた窓から、届くはずもないメッセージを垂れ流す私は
きっと、ひどく滑稽に見えるだろう。


「まだ、こんなに好きだよ。愛してるんだよ」


カクはいつか、私が他の誰かを好きになると言ったけど
そんな事、私にも分からないのに、どうして他人のあなたが分かるの?

こんなにも、まだカクの事を愛してしまってる私を見ても
あなたは同じ言葉を、同じニュアンスで言えるのかな。

届かなくても、この想いは変わらない。
それは馬鹿な私が持つ、唯一の手段だから。










届かない想い










Title by dream of butterfly「悲哀10のお題」