「最近、上司が特にうるさくてさー……本当に、消えてくれないかな」


きっかけはのそんな些細な言葉だった。
ノイズ混じりの音声の中で、やけにその言葉がはっきりと聞こえて。
その後には、もう使命感しか残っていなかった。

彼女の前から、邪魔者を消すのはそう難しい事ではなかった。
俺の職業柄、そういう筋の人間はいくらでもいたし、自分自身でもその術を持ち合わせていた。
何も知らない人間を消すのは、多少良心も痛んだけれど、君のためを思えばなんて事はなかった。

俺の、我侭なお姫様。
これで、安心して仕事ができるだろう?





「なんか最近、やたら無言電話がかかってくるんだよね。帰りに尾けられてる気もするし……本当に気持ち悪い」


こりゃ一大事だと、すぐにの周りを調べた。
見つけた、ストーカー野郎。
初めて奴を見た時は、怒りで握り締めた拳から、血が流れた程だ。

生まれてきた事を後悔する程、弄りに弄ってから消した。
そのおかげで利き手を痛めてしまったけれど、のためなら問題ない。
その後の盗みの時に次元に怒られたが、それもどうって事はない。

俺の、可愛いお姫様。
これで、夜も安心して眠られるな。





「母親と喧嘩してさ。うん、結構ひどい事も言われて。親子の縁切ってやりたい」


そう言って、ぐずぐずと鼻をすする音。
いくら母親だからと言っても、を傷つけるのは許されない。
さすがに躊躇したが、これも彼女のためだと自分に言い聞かせた。

によく似た、彼女の母親はとても消しづらかった。俺の手が時々止まってしまう程で。
最後に思い切って。ようやく仕事を終えられる。

俺の、可哀想なお姫様。
これで、君を傷つける者が減ったね。





「……もう、嫌。なんで母さんが……母さんを殺した奴、私が殺してやりたい……!」


その言葉に愕然としてしまった。
俺は、とんでもない過ちを犯してしまったのだと。
何よりも、それは君の望みだから。



***



「……誰かいるの?」


自宅のマンションに帰宅したが、何かの気配を感じてそう声を出す。
電気をつけて、部屋の中へ進めば、ソファに人影。
真っ赤なジャケットを羽織った、短髪の男。


「お帰り、ちゃん」

「……ルパン、三世?」

「そ、世紀の大怪盗、ルパン三世さ」


彼女にとっては、新聞の中やテレビでだけ見た事のある、有名な大泥棒。
その人が、なぜ自分の部屋にいるのだろう、とクエスチョンマークを浮かべる。


「君の願いを、叶えに来たんだ」

「願い?」

「そそ。お母さんを殺した奴に、復讐したいんだろう?」


なぜ、彼がその事を知っているのか。嫌な予感が、の背中を這う。
目の前で軽快に笑うルパンに、嫌悪感が募っていく。


「ま、さか……母さんを、殺したのは……」

「この俺さ」

「なんで……?!」

「君を傷つけたから」


さも当たり前、と言わんばかりの表情でルパンは言う。
手がわなわなと震え、涙が溢れ出す。
は台所に走り、包丁を持つとルパンの前に戻る。


「殺してやる……! 母さんの、仇……!」


抵抗されても、刺し違えてでも。その覚悟だった。


「それが、君の願いならば」


そう言うと、ルパンは自らに近づき、そして彼女が己に向けていた包丁へと体を傾けた。
突然の事に、頭の処理が追いつかなかったは、目を白黒させた。

初めて味わう、肉に包丁が突き刺さる感覚。
ジワリと、包丁を伝ってルパンの血液が彼女の手の平を汚す。
そうして、気づく。自分の体がルパンに抱き締められている事を。


「なっ……、なんで……!」

「……君、を、愛してる、から」

「え……?」

「俺は、優しいからさ……君の願い、全てを……叶えたくて……」


包丁は、まっすぐとルパンの心臓を突き刺していた。
じきに、彼の命の灯が消える事が、には分かっていた。
そして、不可抗力とは言え、殺人を犯してしまった事実に、途方もない絶望を感じた。
何よりも、狂った自分への愛情を前にして、の思考回路は完全に停止してしまう。

ルパンが少し体を離して、それからの顔を見る。
目を合わせると、にっこりと彼女に笑いかけた。
そして頬に手の平を這わせ、そっと口づけた。


「俺の、お姫様」


それを最期に、ルパンは地面へと伏せる。
は事切れた彼を一瞥して、そしてその場にどさりと座り込む。
生暖かい血液が、じわじわと床に広がっていく。
その色は、さして彼のジャケットと変わらなかった。





僕は優しいから、君の願いをすべて叶えてあげよう





Title by 原生地「狂気的な愛で10のお題」