彼女にいつ出逢ったかなんて、もう遠い昔の記憶のようで
麗しき美女の隣にいた、淡く脆そうな人形のような人。
俺なんかが触れてしまったら、汚れてしまいそうで、壊れてしまいそうで。
迂闊には手を出せないな、なんて思ってしまうのは、いつもの癖だった。

人形のようだ、とは思ったけれど、実際に触れてみれば確かに人間の温かさを持っていて
ころころと変わる表情や、年の割には幼い言動も、全てが柔らかくて
人形なんかじゃない、むしろ愛玩動物のようだと思った。

でも本当は、その裏でとても度胸があって、何にも物怖じしない強さを秘めている。
そもそも不二子が自分のパートナーにした時点で、それなりの理由があったのだろうが
大の男と対峙しても、武器を向けられても、たとえ拷問をされようとも、彼女は強かった。
気づくと俺達を出し抜いて、けらけらと楽しそうに笑っている女だ。

そんな彼女から向けられる目に、いつしか愛の炎が灯った事に気がついた時、正直厄介な事になったな、と思ってしまった。
でも同時に、天国に舞い上がれそうな程、嬉しく思ってしまったのも事実だった。
年甲斐もなく、人柄にもなく、単純に想いが通じ合ってしまった事が喜ばしくて仕方がなかった。
たとえ茨の道だとしても、彼女となら喜んで歩けるのだから。
でも、もう少し、この距離を楽しんでいたい。





昨日から、不二子のところからがやって来ている。
料理をしたり、俺のコレクションを眺めたり、俺とイチャついたり。
キスもセックスも無しの拷問のようだけっども、お姫様がそれをご所望なのだから仕方がない。

はその目に俺への愛を宿しておきながら、一度もそれを言葉にしたりした事はない。
行動や言動そのものは確かにそう示しているのに、たったの一回も「愛している」と言われた事はない。
天下の大泥棒である俺に、こんな事を思わせるのはきっと、この世で彼女ひとりだろう。



「なあ

「んー?」

「……いや、なんでもねえ」

「変なルパン」


くすくすと笑いながら、俺の鼻の頭にキスを落とす。
俺の部屋で、狭いベッドの上で、寝転がりながら平和な午後を過ごしている。


俺のこと、愛してんだろ?
他の男のところになんて、行くなよ
俺だけを、見てくれ


なんて情けない言葉を口にできる程、落ちぶれていない。

はまるで猫のようだ。
俺のところにいない時は、不二子と一緒にいるか、あるいは他の男の腕の中だ。
他の男にどこまで許しているのかは知らないが、少し離れると彼女からは他の男の香りがする。
次元や五ェ門はそんな彼女をよく思っていないのか、結局他の女と同じだ、なんて言いやがる。
それでも盗みに対する気概や、その実力は買っているようで、時々一緒に仕事をするのは嫌がらない。
そのうち、の魅力に俺のように憑りつかれないかと、心配しているくらいだ。


「あのね、私、今度あそこの美術館に展示される宝石が欲しいんだけど」

「俺に盗って来いって?」

「ううん。不二子が今回はあんまり乗り気じゃなくて。一緒に組んでくれない?」

「ほーう、俺っちの料金はちいとばかし高いぜー?」

「うん、いいよ」


お金、たくさんあるから、と笑う。

、お前から欲しいのは決して金や宝なんかじゃなくて、お前自身が欲しいんだ。
そう言ったら、彼女はどんな顔をするだろう。
ルパンらしくないね、と笑うだろうか。
それとも、そんな俺に失望して去って行ってしまうのだろうか。
考えただけで、背筋が凍る。

俺の上に乗っかっているの体を反転させて、顔をギリギリの所まで近づける。
きょとんとした目が俺を見つめている。


「ルパン?」

「なあ

「うん?」

「今回の報酬、お前の体がいいって言ったら、どうする?」


少し目が開いて、彼女が俺の言葉に驚いた事を示している。
言葉の意味をはき違えるような女じゃない。全てを理解している。
下手をすれば、言葉の裏の真意まで読み取ってしまう程だ。


「珍しいね、そんな事言うの」

「そうかい?」

「……いいよ、って言ったらどうする?」


少し目を伏せて、頬を染めて彼女はそう言った。
一瞬、意味が分からなくて呆けていたら、の細い指が俺の頬を摘まんだ。


「ルパンにだったら、抱かれてもいいよ」


なんとも甘い返事のように感じられた。
頭がくらくらして、今にも倒れてしまいそうだった。


「ルパン?」

「……覚悟しとけよ?」

「え……、んっ」


即座に口づけて、小さな口内を蹂躙する。

丁寧に衣服を剥がして、自分も逸る手を抑えながら脱いでいく。
その間も弄る手は止めず、舌も使い愛撫をする。
時折漏れる声、鼻に届く香りは全て甘くて。

普段、他の女を抱いている時なら、余裕を持っていられるのに
どうも惚れた女相手じゃそうもいかなくて
余裕もなくがつがつと腰を揺らす俺を、はただただ受け止めてくれていた。

情事後、下着と俺のシャツだけを羽織ったは、ベッドの中、俺の胸元にいた。
そんな彼女の髪をいじりながら、煙草を吸う。


「初めてだね、ルパンとするの」

「そうだな」

「……がっかりした?」


不安そうな目が、俺を見上げている。
煙草を灰皿に押し付けて、それから彼女の唇を奪う。


「いんや、ますます嵌ったぜ?」


手の平に吸い付くような肌、甘い香り、温かさ。
何もかもが、まるでもともと俺のものだったかのようで。
相性がここまでいいとは、思わなんだ。


「……ねえ、ルパン」

「んー?」

「あいしてる、って言ったら、もう私に興味なくなっちゃう?」


今度は俺が目を開く番だった。

ぎょっとした顔でを見れば、今にも泣き出しそうな顔で俺を見上げていた。


「きっとルパンのことだから、私の気持ちには気づいていたんでしょ?」

「あ、ああ……」

「でも、言ったら最後、他の女の人達と一緒になっちゃうかと思ったら、言えなくて……」


は俺の上に馬乗りになると、泣き笑いな顔をして、言う。


「なのに、ルパンったら、私のこと愛おしそうに抱くから……言っても平気かなって、思って」

「……あーりゃりゃ、俺もバレてたってか?」

「確信を持ったのは今さっきだけどね」


そっと口づけられる。名残惜しそうに唇を追おうとすれば、そっと指で押さえられる。


「私のこと、手放さないでね?」

「もちのろんよ」












花の隣の甘い匂い










れもねー様、リクエストありがとうございました!
Title By 約30の嘘