好きな人に言われたものは全て宝物になる。
けれど私の場合それはただのイミテーションで。
それでも馬鹿みたいに心の中の一番奥、誰にも秘密の場所に大切にしまっている。
きっと彼はそんな私を知ったら、つまらない女だと切り捨てるだろう。

そんな事を考えながら今日もステージに立つ。

輝きを織り込まれた黒のロングドレスは、さながら夜空のようで。
何着かある衣装の中でこれが一番のお気に入り。
デザインもだけれど、彼の「お前にはそれが一番似合ってるよ」の一言でその日からナンバーワンになった。
だから、彼が店に来ると分かっている日は必ずこれを着る。

空気に乗ってピアノの音が流れ始める。
それに合わせて他の楽器も奏でられていく。
右手をマイクに、左手はマイクスタンドの支柱を握って。
歌い出す寸前、右奥のテーブルから手を振る彼を見つけた。

声が引きつりそうになったのは、私を見て笑みを浮かべているのに隣には綺麗な女の人がいたから。
それでもなんとか歌い出しを成功させた私を、誰か褒めて欲しい。
皮肉にもこんな時の一曲目が失恋の歌なんて本当に笑えなかった。

その後から一切彼らを目に入れないようにして、前半の曲目を終えた。
袖にはけようとした時、耳に届いたのは軽い調子の声。


ちゃーんおつかれー」

「……ルパン」


真夜中に浮かぶ太陽みたいなこの場にそぐわない雰囲気をかもし出しながら、ルパンがこちらへと歩いてきた。
その斜め後ろには一緒の席にいた美女もいる。心なしから緊張した面持ちなのはなぜだろう。


「今日もほんっとーにいい声だったぜぇ。惚れ直しちまった!」

「ありがとう」

「そんでな、さらに今日は君のファンだって子を連れて来たんだ」


言いながら女性をエスコートする。
憎たらしいくらい様になっているその姿を見て、眉間に皺がよりそうになった。
なんとかそれを耐えながら目の前に出てきた女性に視線を合わせる。
それがかち合うと彼女は慌てて顔を俯かせて、よく見れば頬が赤くなっているようにも見えた。
ぼそぼそと何かが聞こえて、耳をそばだてて少し近くに寄ればようやく言葉が聞こえる。


「ずっと、さんのファンでした……! こんなに近くでお会いできて、嬉しいです……!」


どうやら本当に彼女は、純粋に私の歌を好いてくれている人だったらしい。
思わず笑顔になってしまうような気持ちを抱いた半面、ルパンに近づくために私を出しにしたのではないだろうかと疑った自分の汚さに、鉛を呑み込んだような思いになってしまう。
通りがかったスタッフに声をかけて、後半のリストのうち一曲を変更したいと言う。
そして彼女に好きな曲を聞き、それをそのままメンバーに伝えてくれるよう頼んだ。


「……いいんですか?」

「うん。ファンだなんて嬉しい事言ってくれたお礼に」

「ありがとうございます……!」

「さっすがちゃん。じゃあ席に戻ろうか?」


ちょうど私も再開するとの呼び声がかかり、舞台へと戻る。
彼女の腰を抱いてテーブルへと歩くルパンを見ないようにしながら。

私は彼のものじゃない。でも心はもうとっくに彼の手中にあって。
でもルパンは誰のものにもならない。なりたがらない。
どうして私はあの人に恋なんてしてしまったんだろう。





貴方が歌うように語るは全て空っぽ。
だって旋律に語呂の良い文字を乗せただけに意味なんてないもの。






たまたま出逢った女が好きだと言った歌手は聞き慣れた名前だった。
あるジャズバーで歌っているこの辺りでは珍しい日本女性で、透き通るような声がいい、と。
熟知している情報に適当な相槌を打ちながら、なら今夜そこに行くかい? と誘った。
あいまいな返事をする彼女に餌を見せた。


「その歌手ってって女だろ?」

「そうだけど……知ってるの?」

「知ってるも何もは俺の、友達なんだぜ?」


本当に? と疑う彼女は気がついていない。友達という言葉を一瞬言えなかった俺には。


を見つけたのは、盗みで珍しくポカをやらかしてしまった夜だった。
むしゃくしゃしていた俺が見つけたのが彼女が歌うバーで。
酒を呷れればどこでもよくて、よさそうな酒が置いてありそうだったそこに入った。

入ってすぐに店員に通されながら聞こえたのは歌声。
てっきりスピーカーから流れているのだと思えば、ステージがありその上にバンドと女がいるのが見えた。

星が輝く夜空のようなドレスを着て歌っていた。


「どうして嘘を吐いてまで私を傷つけるの? なぜ素直に愛してくれないの? あなたの言葉には何もない」


英語で歌ってはいたが本人は日本人で、最初は珍しいと思っただけだった。
椅子に座り適当に酒とつまみを注文して、頬杖をついて彼女を見ながら歌を聞き始めた。

しっとりとした濡れた歌声、時折絡む視線はまるで挑発しているようにも懇願しているようにも見えた。
照明に反射する肌の色と、控えめに色を乗せた唇。
だんだんと、彼女が欲しいという思いが湧き上がってきて。

どうしてそこまで惹きつけられたのか。
多分それは、の生命力の強さが歌に込められていたから。
強さは形を変えて、表現を巧みで多彩なものへと昇華していた。

最初はおそらく、コレクションしたいという思いに近かったんだろう。
けれど彼女を知っていくうちにその思いは、ひとりの女へと向けられる想いへと変貌していった。

初めて声をかけた時言ったのは賛辞の言葉。
そんなもの言われ慣れていたはずなのに、はテストで満点を取って褒められた少女のようにはにかんだ。
それがなんだか意外で、思わず目を丸くしてしまったのをよく覚えている。
同時にその顔が可愛いとさえ思ってしまった自分がいた事も。

たとえば彼女をものにして、果たしてそれがいつまで続くだろう。
恋が愛に変わればいいかもしれないが、そんなに都合よくいくのだろうか。

何より、に案外つまらない男なのだと思われたくなかった。

彼女を愛するようになって、すぐにあちらも俺に少なからず情がある事に気がついた。
喜び勇んでを迎えに行く事もできたけれど、そうしようとした瞬間にある考えが浮かんでしまった。

俺は一体どこまで彼女に本当の自分を見せている?

のことを想うと、ただの男に成り下がってしまうようになっていた。
みっともなく愛の言葉が欲しくて、ぐちゃぐちゃに壊してしまいたくなっていて。

でももし俺が手に入れなければ、彼女ほどの女はいつか他の奴に奪われていくだろう。
それだけは絶対に、何があっても阻止したかった。



彼女が一番煌めく場所から、が俺を見ている。
隣にいる女が好きだと言った曲は俺達が出逢ったあの日、俺が初めて彼女の歌を聞いたそれだった。

見せつけるように女に顔を近づけて、大した事のない話をする。
それを目に入れた時のは、今にも泣きそうな顔をしていた。


「いっその事離してくれればいいのに どうしてこの手を放してくれないの? 私を自由にしてよ」


自由になんてしてやれない。
俺の空っぽの言葉に、ずっと縛られていて欲しい。

空に見えるその言葉の中に、本当は詰め切れないほどの想いがある事を彼女は知らないだろう。

Title by Lump「一方通行」