アジトで五エ門がソファに座っていつもの如く瞑想をしている
私はその真向いに座って、それをじっと眺めている
ルパンも次元も不二子もいない、正真正銘のふたりきりだ

「五エ門」

返ってくるのは無言の圧力
拙者は今集中しておるのだ。声を掛けるでない
言葉にすれば、きっとこうだろう

どうすればその意識をこっちに向ける事ができるのだろうか
色々考えを巡らせてみて、思い立った作戦を実行すべく
私はそっと立ち上がり、彼の横に座る
なるべく音をたてずに気づかれないよう
多分、瞑想しているのだろうから、気がつかれていないだろう

まじまじと横顔を見つめる
そこには端整な顔があり、ちょっと頬が熱くなってしまう
私の目的は決してこうして、彼の横顔に照れるのではない事を思い出す


なるべく、艶のある声を想像して
五エ門の耳に、唇を近づける

「ねえ、五エ門」

びくう、とまるで猫が驚いた時のように肩を跳ねさせて
赤くした顔をこちらに向けて、口を開けている
「な、な、な……!」とどうやら言葉にならないようで
ようやく目を開けて私を見てくれた事が嬉しくて、笑顔を見せたら
真っ赤な顔のまま、斬鉄剣でこつんとやられた

「いてっ」

「何をするか!」

「だってせっかくふたりなのに、構ってくれないから……」

「拙者は瞑想をしておったのだ!」

ふーっふーっ、と今度は猫が威嚇をしているみたいに、言い切る五エ門
なんだかおかしくて、笑ってしまったら「何を笑っておる!」と怒られた

殿などもう知らん! 拙者は外に修行しに行くでござる!」

「えー」

どすどす、ばたん! と荒い足音と扉の閉まる音がして、五エ門は外へと行ってしまった
けれどもこれも作戦の内なのだ


今日はルパンも次元も帰りが遅い。不二子が来訪する予定もない
即ち、私と彼のふたりきりは夜まで
そしてこう言っては難だが、はっきり言って私は弱い
頭脳派なので、武力の方はからっきし。そんな私をいつも五エ門は心配してくれている

そうこう考えているうちに、今度はばたん! どすどすと扉の開く音と荒い足音がしたと思ったら
やや不機嫌そうな五エ門が帰って来た

「おかえり、五エ門」

「……今日は天気が悪くなるのを思い出しただけだ」

「そっか」

窓の外、空は澄み渡る程の青空だ
雨の気配も雲も姿を見せない
笑いを噛み殺して「瞑想の邪魔してごめんなさい」と言えば
「分かればいいのだ」と言われた

今度は、先程まで私が座っていたソファに座り、目を瞑る
同じ事をしてみたら、今度はどんな反応をするだろうか、と考えたら
どうやらそれを読み取ったらしく、ぎろりと睨まれ

「よからぬ事は考えぬ事だな」

と言われた。さすが侍様だ
私は体育座りをして、暫し五エ門を眺める事にした


私が彼らと共に行動をするようになって、大分経つ
最初こそ五エ門に敬遠されていたけれど徐々に打ち解けていった
どうやら色々と女性に対して、コンプレックスやらなんやらを持っているようで
まあ一番近くにいる不二子を始め、ルパンや次元に聞かされた過去の話を聞いていると
それもしょうがないのかな、と思ってしまった

最初はある程度仲良くなれればいいかな、と思っていた
だけど、ある宝石を盗りに行った時、うっかり隠れていたのを人質に取られてしまった
みんな焦っていたけど、一番取り乱していたのが五エ門で
なんとか命からがら助けてもらった時、ばっと抱きしめられて耳元で「よかった」と
心底安心したような声で囁かれてから
気がつけば彼に心を奪われていた


物思いに耽っていたら、どうやら時刻は夕焼け色のようで
窓から入る陽の色がオレンジ色だ
夕飯の支度でもしようかな、と立ち上がれば五エ門が目を開けた

「どうかした?」

「そなたこそどうかしたのか?」

「夕飯でも作ろうかなぁって」

「……ならば、今日はおかずに煮込み魚を所望する」

真面目な顔でそんな事を言うから、また笑いがこみ上げてくる
必死にそれを抑えて「はーい、了解」と返事をした
背中に五エ門の視線を感じながら、台所へと歩いて行った




ルパンに頼み事をされて、五エ門とふたり、街に出て来ていた
横に並ぶ五エ門は、珍しく袴ではなく所謂「普通」の格好だ
ルパンの見立てで黒いジャケットにシャツ、パンツといった出で立ち
斬鉄剣は相変わらず手に持っているけれど


「五エ門、そんな格好じゃ目立つーっての!」

「構わんだろう!」

「お前さんがよくてもが可哀相だろうが」

「そんな事はない!」


今朝、ルパンと五エ門の間でそんなやり取りがあった
ぷいっと私の方を向くと「はいと言え!」みたいな表情だった
どうしようかな、と考えてルパンを見れば親指を立てていい笑顔をしていた

「……たまには、違う格好も見てみたいかも」

その私の一言で、五エ門はルパンにひん剥かれていた


ぶすっとした表情で、信号待ちをしている
それを見上げて、やれやれと首を振った
どうしたら機嫌を直してくれる事やら

「ねえ五エ門」

「なんだ」

「そんなに私と出掛けるの、嫌だった?」

そう言ってしょげてみせれば、はっとした表情の後、慌てて取り繕うように
ひくひくと笑みを見せて「そんな事はない」と言った

「本当?」

「本当だ」

なら安心! と、腕を組んで青になった横断歩道を渡る
お主! と言われたけれど、気がつかないフリをして腕はそのままにしておく

今日のお目当ては、なんと遊園地で展示されている、全身ダイヤモンドで出来ている熊の置物の下見
いつもならルパンと次元で行くのだけど、遊園地に男ふたりは嫌だって事と
私の気持ちを知っている、というか感づいたルパンから私へのちょっとした贈り物だ


目的地である遊園地に到着。ルパンがどこからか手に入れた入場券で中に入れば
子どもの頃来た以来の、夢の国がそこには広がっていた

「わあ! 面白そうな乗り物がたくさんあるね!」

殿、拙者たちの目的は」

「分かってるって! でもせっかく来たんだし、楽しんでも問題ないよ! 多分」

ね? と微笑むと、微妙な顔をしている
あと一押しだ! と思い、その手を引っ張って、ジェットコースターの列に並んだ

「並んだらもう楽しもうよ」

「うぅむ……」

納得したような、納得してないような表情で並ぶ五エ門
その後ろにも続々と人が集まってきて、引くに引けなくなった彼は
諦めたかのようにため息を吐いて「ちゃんと目当の物も見るのだぞ」と念を押した


ジェットコースターに、メリーゴーラウンド、コーヒーカップに、ミラーハウス
色々回ってみるうちに五エ門も乗り気になったらしく、時折笑顔を見せるようになった
それに気をよくした私は、休憩がてらランチを食べる事にした

「五エ門は座ってていいよ。食べられそうなの買ってくるから」

「かたじけない」

財布を握っているのは私なので、ベンチに五エ門を座らせて売店へと走る
メニューを一通り見てホットドッグと焼きおにぎりを買った
外国にも焼きおにぎりがある事に驚きだったが、振り返った私の目に入ったものの方が驚きだった

ベンチに座った五エ門の隣に立つ、ひとりの女性
五エ門が好きそうな清楚系の女の人だ
何やら話しているようで、最初は普通にしていた五右エ門が
いきなり顔を赤くしてあわあわと手を振る。それに女性がクスクスと笑いを零した

晴れやかな気分だった私の心は、一気に急降下する
口はへの字に曲がり、心を黒い物が覆う
どんよりとしている私を女性が見て、会釈をするとその場から立ち去っていく
私はその後に、とぼとぼと五エ門に近づく

「お、遅かったではないか!」

「……ごめんね」

「どうかしたでござるか?」

「ううん、なんでもない……」

五エ門に焼きおにぎりを渡し、少し距離を取って隣に座った
きょとんとした顔をしていたが、もうそれすら考える余裕がなくて
もうさっさと帰りたい、そんな気分だった

殿……?」

「なに……」

「先程の女性は、道を聞いてきただけでござるよ」

ちらりと顔を見れば、心配そうに私を見下ろす五エ門
「そう……」とだけ返す

「そのだな……」

「うん……」

「……可愛らしい恋人さんですね、お似合いです、と言われた……」

「うん……へ?」

聞き捨てならない言葉にがばりと顔を上げると、五エ門は明後日の方向を見ていた
表情は見えなかったけれど、見えた耳は真っ赤で
むずむずと湧き上がってくる喜びを抑えきれず、その広い肩に抱きついた


「ごっえもーん!」

「な、な、なぜ抱き着く?!」

「なんでもないー!」

「な、なら離れんか!」

「やだー!」


結局私は五エ門が愛おしくて、狂おしいくらい大好きなのだ
彼の気持ちは分からないけれど、いつの日か聞ける日が来るだろう
そう、遠くない未来に






















Image Song 「ラブ・スコール」 BY Sandra Horn