どさり、とその場に座り込む
大きく息の塊をひとつ吐き出すと、得物をしまう
頬についた返り血を拭い、夜空を見上げた

「……今頃、どうしてるかな」

煌めいている星も、見上げている空も同じ色なのに
どうして自分はこんなにも、と思いが頭を過るが
それを振り払うように立ち上がり、夜の闇に溶けるようにして消えた






何度も見た筈の後ろ姿に、変わらず心臓は跳ねる
そっと気配を消して近づき、声を掛けようとした

殿か?」

「ありゃ、バレてたか」

「拙者にその程度の気配、見抜けぬ筈はない」

微笑んでこちらに振り向く顔は優しい
それが嬉しくて、でも悟られないように平常を装って話を続けた

「いつぶりだろうね、会うの」

「三月程ではないだろうか……」

「そんなに経つんだ」

驚いてみせれば、また優しく微笑む
この表情を、一体どれだけの人が見られるんだろうと考えると
心臓の奥底が、酷くどろりとした物で覆われる気がした

殿?」

心配そうに私を窺う彼に、なんでもないよ、と首を振った

「他の面々は元気?」

「ああ、五月蠅いくらいだ」

「それならいいんだ」

殿の調子はどうでござるか?」

「私は上々ってとこかな」

人の少ない畦道、腰かけるのに丁度よさそうな石を見つけて、そこに座る
私に倣って五エ門も、隣の二回り大きな石に腰かけた

淡い水色と夕焼けが映し出すオレンジ色のグラデーションの空、所々では虫の鳴き声がする
「今は修行中?」と足をぶらつかせながら聞けば「そのようなものだ」と返された
何気ないやり取りの間には、何もない
あるのは、私の心の中にだけ

「ねえ五エ門」

「なんだ?」

「五エ門は、今彼女いないの?」

「なっ?!」

慌てたうえに顔を真っ赤にした彼が、私を見る
悪戯を成功させたような子どもの顔をして、私は歯を見せて笑った
五エ門はそんな私を見ると「女子に現を抜かしている暇はない」と言い切る

そんな彼に、どこかホッとしている自分がいて
もしも、私の問い掛けに「YES」の返事が来てしまったら、自分を制御できるか怪しかったから
手の平を見て、それからすぐに石の上に戻した

「今日ね、泊まる所がないんだ」

「……ならば、拙者が使っている所に来るか?」

「いいの?」

「部屋は余っておる」

「なあんだ、同じ部屋じゃないんだ。残念」

何を言うか! と斬鉄剣に手を掛ける五エ門に、笑いながら謝る
先に行くぞ、と拗ねてしまった彼の後ろ三歩につく
その背中に見えないよう、自嘲気味に笑った



昔ながらの造りの民家は、中も昔さながらだった
火を焚いた囲炉裏をふたりで囲んで、各々用意した夕飯を食べていた
私は携帯食を、五エ門はどこから取って来たのか分からない魚と、これまたいつ用意したのか分からない白米と味噌汁に、漬物まで食べている
羨ましくて「一口ちょうだい」と言って口を開けたら
戸惑いながらも、魚を箸で一口分割いてくれた物を投げ入れてくれた

ぱちぱち、と木が燃える音だけが空間を流れていた
別に気まずい訳でもなく、ただその空間が私には心地よかった
五エ門はどうなんだろう、と表情を探ってみるけれど無、以外のものは得られない
残っている粗末な食事を手早く食べ終えて、彼が食事を終えるのを待った


「星、見に行こうよ」


そう言ってまだ悩んでいた五エ門の手を引いて、外に出る

竹藪の中をふたり歩く
背は高いけれど葉は細い竹の間から、藍色の空が見える
繋いだままの手が、居心地悪そうに動いて


「……だめ?」

「だめ、ではござらん……」


そっと、強くはないけれど確かに握られた手
輝く星だけが見守ってくれているような気がした


家に戻って、違う部屋で眠りに就いた
もう少しで夢の中に落ちそうな時、携帯が震える
メールの着信を知らせるものだった

内容なんて、見なくても大抵分かってしまう自分に嫌気がさす
暗闇で唯一光それに目を通して、私は部屋を出た

そっと、音を立てないように家の引き扉を閉めた
竹藪を歩き出そうとすると、不意に気配を感じる


「仕事か?」

「……寝てるかと思ったのに」


笑って横にいるであろう彼を見れば、険しい表情をしていた
どうしてだろう、いつも笑っていてほしいのに、彼は時々こういう顔をする
私の仕事は、しょうがない事なのに

風が、竹を揺らすように吹いた
五エ門が何かを言おうとしたのを遮って、私が言葉を紡ぐ


「しょうがない、事だよ」


そう言えば、五エ門が何も言えなくなる事を知っていて言う私は狡いだろうか
それなら、知っていて止めようとする五エ門も、狡いんじゃないだろうか


「また会えたら、その時にね」


さようならとは言いたくなくて、そう言って私は駆け出した
五エ門が草を踏む音が聞こえたけど、聞こえないフリをして




光を落されてもその豪華絢爛か装飾は華やかさを失っていない
警備員の隙をついて邸内に忍び込み、目標地点を目指す
メールに添付されていた地図を脳内で呼び起こした
辿り着いた屋敷の主が眠る扉の前

ひとつ、息を吐いて手の平を見た
真っ赤に染まった手
そこにそっと、白い大きな手が重なるのを見る
目を一瞬だけ瞑って、開けばもうその手はない
得物に手を掛けて、扉を開いた


屋根のついた、無駄に煌びやかなベッドに近づき、主が眠っているのを確認する
そっとその上に跨り、首元に得物を当てて躊躇う事なく引き裂いた
目をカッと開き、声をあげる事もできないまま絶命したのを確認する
ああ、きっと今の私は、自分でも驚く程凍りついた表情をしているんだろう

その部屋の窓から飛び降りて、私は屋敷を後にした




「只今、戻りました」


幾つもの画面が、様々な国や場所を映し出している
その前には何人もの人間がヘッドセットをつけ、キーボードをいじっている
それを背にして私の前に座る男に跪いた

「任務は?」

「滞りなく」

「よろしい。それではまた、暫しの休暇に戻れ」

「はい」

立ち上がり、男に背を向けた
後ろから「くれぐれも、変な気を起こすなよ」と投げかけられ
叫びたくなったのを、拳を握る事で我慢してその場を逃げるように去った





どれくらい経ったんだろう、暫しの休暇は大分長い休暇だった
メールも電話も来る事はなく、そして彼に会う事もなかった

一月くらい経った頃だろうか、思い立ってあの家に来てみた
引き戸を引いて、中を覗いても誰もいなかった
けれども、なぜか予感はあって、そのうち五エ門が来ると

数日待った夜中、引き戸が開かれる音がして、眠り掛けていた私は慌てて居間に出た
星の光だけを背負った五エ門が、そこには立っていて
近づこうとした時、異変に気がついた


「もう、お主を縛るものは何もない」


血の匂いがした
五エ門の言葉に、鳴らなくなった携帯が手の平から落ちる


「……私の、ために?」

「拙者がしたくてした事だ」


暗闇に慣れた目に入ったのは、微笑んでいる彼だった
堪えきれなくて抱き着いた私を、そっと包むように受け止めてくれた


「ごえ、もん……ごめんね、……ごめっ……ん」

「泣くな。お主は笑っている方がいい」


撫ぜられた頭。一層力を込められた体
もう我慢しなくていいんだと言われているようで、涙が止まらなかった























Image Song 「ebullient future(Japanese)」 By ELISA