最近、いつにも増して、五ェ門の付き合いが悪いと、ルパンが次元に零していた。
訳を知る次元は、ルパンにこう話した。


「またいつもの悪い癖だ。放っておけ」


ルパン達が海外にいる頃、五ェ門は日本のとある里にいた。
そこには長閑な風景と、いくつかの民家、そして山々があるだけだった。
五ェ門は、わき目も振らずとある民家の扉を叩く。


殿、拙者だ」


そう声を掛ければ、奥の方から人の足音がする。
数秒して、扉が横に動く。そこから、女性が顔を覗かせた。


「……いらっしゃい、五ェ門さん」


女性の表情は、あまり思わしくない。どこか憂いを帯びていて、けれどもそれをひた隠しにしている。
彼は、今日も無事に彼女に会えた事で頭がいっぱいなのか、その事には気がついていない。
手土産を渡すと、五ェ門は中へと入る。その後にが続いた。

五ェ門は、畳の上に腰を下ろすと、そっとに目配せをする。
はその瞳に、一瞬怯むも、仮初の笑顔を浮かべて彼の隣に、同じように腰を下ろした。
そっと、五ェ門の手が慣れたようにの肩を抱く。そして、少し下にある彼女の唇に、自分のそれを重ねた。
どれくらいか、五ェ門にとっては数秒のようで、にとっては数時間もの長さに感じられる時
唇を離すと、ほんの沈黙が流れ、彼らは見つめ合っていた。


「……いいか?」


はその問いに、躊躇いながらも頷く事で答えた。

そっと、畳の上にの体を横たえる。
彼女の服を丁寧に一枚一枚脱がしていき、一糸纏わぬ姿にする。
五ェ門は、ほう、と感嘆のため息を吐き、自分も袴を解いていく。
その間、が体を隠そうものなら、その手を崩させていた。

口づけを何度も交わし、肌を重ねる。
耳に届く嬌声に、五ェ門は脳髄が痺れる感覚を覚えた。

五ェ門に抱かれながら、は彼の目を見つめた。
その目は伏せられていて、かち合う事はない。


――この人は、いつから私を見なくなったのだろう


瞬きをする度、突き動かされる度、の目からは涙が溢れる。
五ェ門はその涙に気がつかない。
彼女はなるべく、声を漏らさないよう、唇を噛み締めていた。


「……っ……!」


五ェ門の欲望を、中に受け止めて、自分に覆い被さる彼の背中に、は手を這わせた。


「……殿」

「ん……」

「拙者は、殿がここにいるからこそ、安心して修行ができる」

「そう、ですか……」

「だからこれからも、ここで拙者を待っていてくれるな?」


口調は柔らかくも、それは確かに命令であって。
お互いの表情が見えない今、五ェ門はがどんな顔をしているか分からない。

そうしているうちに、五ェ門は眠りに就いてしまった。
そっと、彼の体に布団をかけると、は一人また涙を零す。

出逢った頃は、こうではなかった。
五ェ門は確かにを見ていたし、等身大の彼女を愛していた。
も、そんな五ェ門を愛し、精一杯の愛情を返していた。
けれども、次第に五ェ門の中で彼女の姿が形を変えていった。

慎ましく、いつでも自分を受け入れてくれる
それが五ェ門の中での彼女だった。
けれども、だって完璧な人間ではない。
その姿は、五ェ門に愛されたいがために、作り上げた幻影に過ぎなかった。

が近所の男と話していれば、あれは誰かと問いただし、殺しに行かんばかりの怒気を顕わにした。
緩やかな束縛は、次第に雁字搦めにされていく。


「……ごめん、なさい」


ぱたりと畳の上に落ちた涙だけが、月の光を浴びていた。


翌朝、五ェ門が目を覚ますと、雰囲気の違いにすぐに気がついた。


が、いない。


自分に黙って出て行くなど、と思いながら腰を上げる。
はらりと、彼の体の上から紙片が落ちた。
それを拾い上げると、それが手紙だとすぐに認識した。

ただ一言、さようなら、との字で書かれていた。
彼は、かっと目を見開き、狭い家の中を探し回った。

本当に必要な物以外は全て残されていた。
しかしながら、の行先を示す物は何ひとつ残されておらず、五ェ門は次第に苛立つ。

一体、何が気に入らなくて、自分の前から姿を消したのか。
こんなにも、愛しているのに。

もう一度、さようならと書かれた手紙を見る。
先程、気がつかなかった事に、五ェ門は気づく。
その紙が、湿っている事、字が滲んでいる事に。
その原因が何かは、すぐに分かった。

涙、だ。

とて、離れないで済むのならそうしたかった。
けれども、彼の中で作り上げられた、自分の幻想を塗り替える程の気力は、残されていなかった。
できる事なら、彼の望むままの自分でいられたら、何度そう思ったか。
それでも、哀れな程に、そのままの自分を愛して欲しいと願う自分がいる事を、否定できなかった。

五ェ門の脳裏に、泣きながら手紙を書くが浮かんだ。
そうして、畳の上に座り込むと、くしゃりと手紙を握った。


「すまない……すまなかった、殿……」


それでもきっと、愛する事を止める事はできない









月に濡れた指先









くりんぽん様、リクエストありがとうございました!
Title by 約30の嘘 / Image song「LOVEPHANTOM」by B'z