2月14日と言えば、いわゆるバレンタインデーなるもので
アメリカに新しいアジトを構えたルパン達も、同様にその日を迎えていた

毎年彼らは、その日限りに出展される宝石や美術品を盗んでいたのだが
珍しく今年はルパンの興味をそそる品がなく、自宅待機となって
特に何をする訳でもなく、普段通りに各々が過ごしている

自室で瞑想している五ェ門の耳に、ノック音が届いた
「誰だ」と声を投げると、扉から顔を覗かせたのは不二子で
その手には何やら彼女を形容しているような、派手な包みがある


「はい、これ」

「……一体これは」

「チョコよ、チョコ。今日バレンタインでしょ?」

「ばれんたいん?」

「ま、義理チョコね。お返しは三倍返しが基本だからね」


渡す物を渡し、伝えたい事だけを伝えると不二子は颯爽と五ェ門の前から姿を消した
首を傾げながら彼がその包みを眺めていると、次の訪問者が乱暴に扉を叩く


「五ェ門ちゃーん!!」

「騒がしいぞ、ルパン」

「あ!  お前も不二子ちゃんからチョコ貰ったのかよ!」

「お前も? お主は貰ってないのか?」

「……ホワイトデーに何されるか分からないから、あげないとさ…」

「しかし、その手に握られているのは……チョコレイトではないのか?」

「あ、バレちまった?」


途端に、ルパンの顔が一気に綻ぶ
「優しいは、ちゃあんと俺っちの分まで作ってくれたんだぜぇー」と
その言葉に、今度は五ェ門の顔がみるみるうちに変化していく


、から?」

「おうよ。あれ、まさかお前まだ貰ってないとか?」

「うむ……」

「うっそー。ならさっき、どっかに出掛けたぜ?」

「なにっ?!」


次元もリビングでのチョコ、食ってたぜ? と悪気のない声でルパンは言う
またしてもショッキングな言葉に、五ェ門の表情はまるで世界の終わりのような顔色になっていく

五ェ門は、慌てて自室を飛び出す
そんな彼の目に入ったのは、ルパンの言葉通りリビングでのんびりとチョコを食している次元
すぐに踵を返し、キッチンへと向かう五ェ門

いつもなら、そこにある姿が今はない

綺麗に片付けられたキッチン。ほのかなチョコレートの香りが、五ェ門の鼻腔をくすぐった
きっと、朝から作り昼を過ぎた今しがた、は買い物に出かけたのだろう、と
しかしながら、普段ならば自分に一声かけるものを、と五ェ門は思うが
自分だけ、バレンタインデーにから何も貰えなかった、という事実が
彼を愕然とさせる

落ち込み、顔には出さないものの塞ぎこんでいるオーラを纏っている五ェ門に
ルパンや次元は「まだバレンタインは終わってないって!」と慰めの言葉をかけるが
時間が一時間、二時間と何の音沙汰もなしに進んでいくにつれ、そんな言葉も出なくなり
結局、夕飯時の時間になってようやく、ルパンの携帯にからの連絡が入った
通話はすぐ終わり、五ェ門は救いを求めるような視線でルパンを見ている


「……ちょっと用事ができちまって、夕飯は三人で食ってくれってよ……」


ルパン越しに伝えられた言葉が止めになったのか、五ェ門はフラフラと立ち上がると
何も言わずに、自室へと戻ってしまった

部屋に戻った五ェ門は、一人悶々と様々な事を思い巡らせていた

いい加減、愛想を尽かせてしまったのだろうか
それとも、他に好きな奴でもできたのか

考えれば考えるほど、悪い方向へと走る独り善がりな思考
五ェ門はそれらを追い払う為に、斬鉄剣を手に取ると自室を出る
そして玄関に向かい、扉を開けた



吹く風は、着の身着のままの五ェ門の肌を容赦なく冷やしていく
それも修行のうち、と自分に言い聞かせる五ェ門の目には
ポツポツと照らされている、小さな電灯だけが目に入る

夜半を過ぎた時刻に、外を歩いている人間はおらず
五ェ門だけが一人、舗装された道を歩いていた

不意に、人影が五ェ門の視界を過ぎった

  
「あれ、五ェ門?」


その声は、確かに耳に馴染んだの声
我に返りバッと振り向いた五ェ門の目に、防寒具を着込んだが映る


……お主、今までどこに……いや、それより……」


聞きたい事も、確かめたい事もあるのに
それは全て喉の奥に詰まってしまい、巧く言葉になって出てきてくれない
もどかしさに俯く五ェ門の首元に、ふありと温もりが降りてきた


「いくら修行とかしてて、体が丈夫だからってこんな格好してたら風邪ひいちゃうよ?」


自分のしていたマフラーを、は五ェ門の首に巻きつける
ニコニコと笑い、自分を見上げるにようやく五ェ門の喉が広くなった


……」

「ん?」

「……拙者もチョコレイト食べたい」


頬に熱が集まるのを、言った後に五ェ門は感じる
気まずくなったのか、目線を逸らした彼の耳に小さな笑い声が聞こえた


「な、何を笑っておる!」

「いや……もしかして、自分だけ貰えてないの気にしてたのかなぁ、って思って……」


何も言えずに、彼がを見ていると「あ、図星だ」とまた彼女は小さく笑う
五ェ門は隠せない、赤くなった頬に一生懸命意識を持っていこうとするが
ふとが五ェ門の両頬を掴み「口を開けて」と呟いた


「遅くなっちゃったけど、はい」


ぽん、と軽く放り込まれた小さな物体に、五ェ門は一瞬驚いたが
すぐさまにそれが、求めていた物だと分かると
ゆっくり、じっくりと確かめるように舌を動かす


「……これは、抹茶……?」

「うん。洋菓子そのままだと食べないかなぁと思って、遠出して作ってきたんだ。日本人がやってる料理教室で」


ほら、とは持っていた箱を五ェ門に見えるように傾けた
そこには一見、普通のトリュフとなんら代わりのない物が並んでいるが
はそれを一粒ずつ指を差し、どれが何の味かを説明している


「美味しい?」

「うむ……」

「……よかった」


嬉しそうに、それでもどこか照れ臭そうに微笑む
堪らず五ェ門は抱き寄せ、その腕の中に閉じ込めた


「五ェ門」

「何だ?」

「ハッピーバレンタイン」


微笑むに、五ェ門はそっと唇を重ねる
そんな二人の上、空からは白く光る雪の粒がそっと舞い降りてきた









Happy Valentine's Day for you?