五ェ門は清楚な人や、可憐な人、女性の涙なんかに弱い。
そういう人達にはすぐに騙されるし、何度注意してもまた騙される。
その割には私に当たりが強かったりする。多分、仲間だという事もあるんだろうけど。
おそらく彼が抱いている理想の女性像から、私がかけ離れているからだろう。
それがとても、非常に腹立たしい。
確かに私は男勝りだし、伊達に泥棒稼業をやっている訳ではない。腕っぷしも普通の女性より強いと思う。
だからと言って、好きな男が他の女の人にフラフラしているところや、自分のことを女として見ていないというのは大分辛いものがある。
考えただけで鼻の奥がつん、として視界が揺らいでいく。
コンコン、と扉を叩かれる音がした。
返事をすればそれがガチャリと開いて、入ってきたのは五ェ門だった。
「殿、この機械なんだが……」
声をかけられたので振り返る。目に溜まっていたものが、動いた事によってポロリと瞳から落ちた。
それを慌てて拭って「どうしたの?」と返事をすれば、彼の動きが固まっている。
不思議に思って近づいて顔を覗き込めば、やや顔を赤くして慌てだした。
「っその……この機械の使い方が、分からなくてだな……」
「これはね、ここをこうして……」
かちゃかちゃと五ェ門の手の中にある機械を操作する。
俯いていると、上から心配そうな声が降ってきた。
「……どうして、泣いていたでござるか?」
「……えっと」
まさかあなたの私への態度のせいです、とは言えない。適当に笑ってごまかす作戦にした。
「いやまあ、私だって泣きたくなる時もあるよ」
「……そうか」
機械を触っていた私の手を、なんと五ェ門は柔らかな手つきで包み込んだ。
突然の事に今度は私が固まってしまう。
「あのー……五ェ門、さん?」
彼の顔を見れば、とても真剣な表情で私を見つめている。
こんな風にまっすぐと見られた事がなくて、だんだん頬に熱が集まってきた。
どうしようもなくなって、咄嗟に顔を背ける。
「拙者にできる事なら、どんな事でもいくらでも協力する」
「あ、ありがとうございます」
「……だから」
言い淀んで、一度目を逸らされる。
五ェ門が何を言いたいのかが分からない。
また顔が私のいる正面を向いて、それから口を開いた。
「拙者のいない所で、泣かないでくれ」
手を包まれていた状況から、とんでもない方向へと進んだ。
腕を引っ張られて、彼の胸の中に飛び込んでいた。
声にならない声をあげて、動く事すらできない。
心臓がうるさくなって、熱湯に浸けたんじゃないかと思う程顔が熱くなる。
急な五ェ門の変化や態度に訳が分からなくて、頭の中でもう一人の私が走り回っていた。
「あ……う……」
「どうしたでござるか?」
「……その、男の人に……抱き締められるの……慣れてなく、て……」
途切れ途切れの言葉はちゃんと届いただろうか。
いくら仕事が仕事でも、私は不二子みたいに色仕掛けなんてした事がなくて。
それは柄じゃないとか、私なんかに男の人を誘惑できる程の魅力がないとか、そういう理由でだけど。
慣れていないうえに相手が好意を抱いている相手となれば、とんでもない威力を発揮する。
「……殿は、小さいのだな」
背中を撫ぜられ、猫が驚いた時のように体全体が跳ね上がった。
体が少し離れて熱くなった頬に、五ェ門の大きな手の平がそえられる。
「熱いな」
「う……」
「それに真っ赤だ」
彼の目は今まで見た事がないくらいに柔らかな優しさを湛えていた。
それはいつも五ェ門が、好きになった女の人達へ向ける眼差しとよく似ていた。
似ているけれど、何かが違う。
「拙者は勘違いしていたようだ」
「勘違い?」
「殿はとても強い女性だと思っていた」
確かにどちらかと言えば、私が目指していた理想の自分はそうだ。
強くて、人に頼らなくても生きていけて、男性とも対等に渡り合える。そんな女性になりたくて。
「けれどそなたも、本当は守られるべき存在だ。……拙者に、殿を守らせてくれないか?」
意味もなく泣いてみせる
女の涙が武器だっていうのは、本当だったらしい。
またもや五ェ門の腕の中に閉じ込められながら、そんな事を思った。
Title by Lump「実験」