普段と何ら変わりのない、昼下がり
修行に行ってしまった五ェ門と、不二子姉さんを追ってどこかに行ってしまったルパン
そして私の淹れたコーヒーを飲みながら、新聞を読む大介


「なんか、こうしてると本当に自分達が泥棒だってこと、忘れそうだよね」


自分に淹れたカフェオレに、息を吹きかけ冷ましながら
何の気なしに言う
そう言う私の言葉に、大介が顔を上げる


「そんな事言ってるうちに、銭形がルパンの匂いを嗅ぎつけて来るぞ」

「やだ、妙にリアルな事言わないでよ。せっかくのんびりしてるのに」


どこかの国で買ったクッキーを齧りながら、苦笑いで答えた
大介もどことなく笑いながら、相変わらず新聞に目を通していて

不意に浮んだ、特に意味もない質問を言葉にする


「大介は、ずっと泥棒をやってるの?」

「急にどうした?」

「うーん、何となく」


新聞から顔を上げて、新聞と帽子の隙間から片目を覗かせる


「そういう、お前さんはどうなんだ?」

「んー、今のこういう生活も楽しいけど、やっぱり普通の生活したいかも」

「普通?」

「うん。結婚して、子ども産んで……毎日平凡だけど、幸せだと思う」


言葉は映像になって、脳内で再生される

そこには、今と変わらない私と大介がいて
大きくも小さくもない、やっぱり普通の家に住んでいる
子どものはしゃぐ声。大介がらしくもなく、子どもをあやしたり

そんな事を考えてると、はたと大介と視線がかち合った
何だか気恥ずかしさを感じて、頬に熱が集まる


「そ、それで大介は?」

「俺は……そうだな、酒と銃でも集めて店を開くかな」

「儲かるの? それ」

「儲からなくたって構わねえさ。好きな事やれればそれで充分だ」


想像してみたら、言わずもがな彼にピッタリ過ぎて
さっきまでの自分の描いていた未来の予想図よりも、そちらの方がしっくりくるから
何となく、胸の中に少しだけ風が吹いた

ソファに座って、まだ新聞を読んでる大介をチラリと見て
居た堪れなくなって、視線を下ろした




「な、何?」

「お前は本当に分かり易いな」

「……そんな事ない」

「こっち来いよ」


大介は新聞を畳んで自分の脇に置くと、手を差し伸べる
一瞬躊躇って、その手を取る
繋いだ瞬間に体ごと引っ張られて、彼の腕の中
そっと、掠めるように触れた唇が熱い


「……大介の未来に」

「ん?」

「私は、いないの?」


私の描く未来には、当たり前のように彼がいるけれど
彼が話した未来に私はいなさそうで
それがほんの少しだけ、哀しかった

見上げた彼の表情が少しだけ揺らいだ
大介は唇の端を、ほんのちょっとだけ上げる


「言わねぇと分かんねえか?」

「え?」

が俺の横にいるのは、いつだって当たり前の事だろ?」

「……それ、って」

「まあ、一秒後の事も予測がつかないような世界だからな。保障はできねえさ」


私の手を取って、大介は自分の指を絡ませる
大きさも太さも違う指と手が、繋がれているのに
もしかしたら、いつかこの手すらも離れてしまう時が来るのだろうか

信じられる人なんて、僅かしかいなくて
いつだって背中を見せれば、命を取られても文句は言えない
そんな場所で私達は生きているから


「大介は」


その言葉の続きを言えずに、ただ彼の顔を見上げたまま
言ったら最後、自分の中でその事実を消化できない気がした

だけど、彼は途切れた後の言葉をなんとなく感じ取ったようで


「お前の未来は安全だから、安心しろ」


くしゃりと撫でられた髪

急に戻ってきた、自分達が追われる側の人間だと言う事の現実味
こんな普通の幸せが、当たり前じゃない世界で生きていると言う事
望んだからこそ自分で入った世界だけれども、大切にしたい愛おしい人を見つけてしまった

涙を見せたくなくて、彼の首に腕を伸ばしてしがみつく


「私の未来にだって、大介がいるんだから」


欲しい未来は、彼がいて初めて成り立つもの
自分一人が生きているくらいでは、とうてい手に入らない未来


「大介が、私の未来を守ってくれるなら……私が大介の未来を守るから」


彼よりも、うんと非力な私だけれども

スーツの襟首を、ギュッと握る
どうして幸せなのに、泣きたくなるんだろう
それはきっと、その幸せを失う事を恐れているからで

大介の両腕が、胴体を抱え込む
肩に、彼の体温が触れた


が初めてだな」

「え?」

「守る事に対して礼を言われるのはあったが、俺のことも守ってくれるなんて言ったのはよ」


喉の奥で、クツクツと笑う大介
その声は珍しいくらい、喜びに彩られていて
浮いてはすぐに沈んでしまう私の心を、この人はいとも容易く引き上げてしまう
さっきまで、不安でしょうがなかった胸中が、今また少しずつ光で充満していく

そっと体を離されて、大介は私の顔を見た
親指の腹で残っていた涙を拭われ、右目の端に軽くキスをされる


「ま、お前さんがいるんだったら、どんな未来だって楽しそうだがな」


貴方が話すその未来が、私にとっての生きる糧になる
どんな宝物よりも神様の教えよりも、もっと尊いもの
きっと世界中を探したって、手に入らないくらい価値のあるもの

だからどうか、その未来がちゃんとここに来れるように
繋いだ手を離さないで、





















Title by 溺愛ロジック