青空が気持ちいい日の午後、私は特に何をする訳でもなく
ソファに寝転んで、つい先日買った本を読んでいた
ルパンと大介は盗みの下見。五ェ門は例の如く修行に励んでいる

そんな私の、のんびりとした午後に水を注すチャイムの音が聞こえた


「……いいところだったのに」


本に栞を挟んで、玄関へと向かう
その間にも、扉の前に立っているであろう人物は何度もチャイムを鳴らす
どれ程急いでいるのか。はたまた、しつこいのか
何の気なしに扉を開けた


「はいはーい、どなたですか?」

「次元いるかしら?」


そこにいたのは、グラマラスなお姉様
真っ赤なロングドレスに、真っ黒な毛皮であろうコートを着込んでいる
ひらひらと舞うドレスの裾。寒くないのだろうか

思わず服装に見とれていた私に、目の前の女の人は怪訝そうに眉を顰めた
慌てて「だ……次元ですか?」と聞くと
「さっきからそう言ってるでしょ」とピシャリ。言い切られてしまった
不二子姉さんと、同じようなタイプの美人だけど
いまいち好きにはなれそうにない


「今次元は出払っていますけど……お知り合いですか?」

「そんな事あなたに関係ないでしょ。いないなら、用はないわ」


彼女は髪をかき上げると、颯爽と去ってしまった

ふむ、と顎に手をやって考える
大方、昔の恋人か一夜限りの何とかだろう
それにしても、よく大介がここにいると言う情報を掴めたなぁ、なんて
どうでもいい事に思考を費やす

吹いた風が、思ったよりも冷たいので慌てて室内に戻った
読みかけの本に手を伸ばしそうになりつつも、紅茶を淹れる為にキッチンへ
紅茶片手に、リビングに戻ると玄関の扉が開く音がした


「おお、さみぃさみぃ! 、ちゃんとお留守番してたか?」

「子どもじゃないんだから、当たり前でしょルパン」

「俺達は心配性なんだよぉ、なっ次元」

「……ほら、土産だ」


ルパンにからかわれたのが癪に障ったのだろうか、無愛想に大介はお土産を渡す
お土産の中身は、紅茶の缶


「葉っぱが切れそうなの、覚えてくれてたんだ」

「何となくな」

「ありがと。今コーヒー淹れるね」


紅茶の缶をもう一度袋に戻し、すでにソファに座る二人にそう声をかけた
はた、と。先程来た女の人の存在を思い出した
帽子の後ろ側を見せる大介に、声をかける


「大介、さっき女の人が会いに来たよ」

「女? 誰だそれ」

「知らない人だった。グラマラスで不二子姉さんみたいな人」

「記憶にねえな」

「ふーん。とりあえず、伝えたからね」


特に気にも留めずキッチンへと戻った
その時大介が、どんな表情をしていたのかも知らない


次の日、買い物に大介が付き合ってくれるとの事なので
朝から上機嫌で準備をしていた

そんな私に、後ろから大介が声を投げてくる


「たかが買い物が、そんなに嬉しいか?」

「嬉しいよ。たかが買い物でも、大介が一緒なら何だって嬉しいの」


似合う? と買ったばかりのコートを着て、一度回ってみる
大介は似合うぜ、とだけ言うと煙草を咥えた

そんな彼の手を取って、玄関を通り外へと出て
一番近くの市場を目指した


「寒い! けど楽しい!」

「相変わらず外に出ると水を得た魚になるな、お前は」


季節の風に負けないくらい、活発な人達がうごめく市場の真ん中を二人で歩く
しっかりと繋いだ手は温かい
特に買いたい物を決めていなかったので、あちこちに目移りする
そんな私を、大介は時々笑ったり呆れたりして

なんて事のないこんな時間が、すごく嬉しくて
ずっと続けばいいのに。そう思った


「やべぇ、煙草が切れちまった。悪いな、ちょっと買ってくるから、ここで待っててくれっか?」

「了解。でも早く帰ってきてね」

「ああ、分かってる」


大介が小走りで雑踏の中に消えていく
ふう、と息を吐いた


「ねえ」

「はい?」


知り合いなんていない筈のこの場所で、不意にかけられた声に素直に反応した
振り向けば、昨日のグラマラスなお姉様がそこには立っていて
思わず、顔を引き攣らせてしまう


「こ、んにちは……」

「私のこと、覚えているわよね?」

「昨日、いらした方ですよね……」

「そう。あなたに次元の事を聞いた女よ」


ヒールを履いていなくても、相当背が高いのだろう
見事に見下ろされる形で、彼女と対峙している
おどおどする私に、堂々と見下す彼女
明らかに力の差だ


「あなたさっき、次元と一緒にいたわね」

「ええ……って、はい?!」

「見てたのよ。すぐ後ろでね」


ふんっ、と一つ鼻息を荒くした彼女は
忌々しい物を見るような目つきで、私を下から上へと
じっくり、品定めをするように見た


「何よ、こんな子ども相手に。おままごとじゃあるまいし」

「は?」

「次元にはね、私みたいな美人な女がお似合いなの! あなた、そこ分かってる?」


自分で自分のことを美人と言い切ってしまう、彼女の度胸には驚いた
いや、それ以前に言われた事が、頭の中でくるくると回る


「私は次元と一緒に仕事をしていた仲なのよ」

「……それとこれとで、私が何か関係してるんですか?」

「まさかあなたが次元の恋人だとは思いたくないけど……もし、恋人ならあなたは邪魔なのよ」

「大介と一緒に仕事をしてるのは、ルパンですけど……」

「話の分からない子ね! とにかく、私にとってあなたは邪魔なのよ!」


ああ、これはいわゆる嫉妬や何かの類なのだろうか

確かに大介の好みは、目の前にいる彼女みたいな美人な大人の女
自負している人からしてみれば、私はチンチクリンにしか見えないだろう
それでも、私を選んでくれたのは大介だし
そんな大介を好きになったのは私だ


「お言葉ですが、今現在大介が選んでくれたのは私ですし……文句とかは彼に言った方がいいかと」

「余計なお節介よ! このガキンチョ!」

「ガキンチョって! これでも私は」

「何やってんだ?」


脳みそもヒートアップしてきたところで、聞こえてきたの大介の声
振り向けば煙草を咥えた大介が、野次馬の中から現れる


「次元!」

「お前は……確か、マリーか?」

「覚えていてくれて嬉しいわ! ねえ、まさかこの子あなたの恋人じゃないでしょ?」

「いや、は俺の恋人だ」


肩を抱き寄せられて、当たり前のように言ってのけた大介に
目の前の彼女は顔面蒼白、その上に口をあんぐりと開けてしまった


「じ、次元……冗談でしょ? その子のおままごとに、付き合ってるだけでしょう? だってあなたはもっと……」

「お前みたいな女が好み、か?」

「そ、そうよ! あなたの隣に相応しいのは、私みたいな」

「悪いが今はこいつで手一杯なんでな」


行くぞ、と耳元で言われて思わず腰が砕けそうになる
何とか持ちこたえると、進行方向を変える為に踵を返した


「ま、待ってよ! 納得いかないわ! そんなおままごとみたいな恋愛、続きっこないもの!!」

「……ままごと、ねぇ」


大介はそう言って、もう一度彼女の方を向く
何故か私を抱えて


「ままごとには、ままごとのよさがあるもんだぜ?」


言われて顔を上に向けられたと思ったら
降ってきたのは、キスの嵐
バードからディープへと変わる最中に、砕けそうだった腰は完璧に砕けてしまって
息継ぎをする度に、垂れる唾液が冷たい
あちこちに感じる視線から逃れる為にはぎゅ、と大介の腕を握った


「擦れちまったお前には、こんな表情できないだろ?」


唇が離れて、彼の腕の中でぐったりとしていると
顔を真っ赤にしたあの女の人が「ばっかみたい!!」と叫んでいるのが見えた


「……っこんな、街中で」

「ああいうのには、一発がつんとやった方が面倒くさくねえんだよ」

「だからって……」


何故だが嬉しそうに私を抱えたままの大介を見ていると
これ以上文句を言っても、しかたがない。そう思ってしまって
私は彼に支えられまま、帰路を歩いた









ままごとな恋愛もまた良し









Title by 溺愛ロジック