窓枠がまるで絵画の額縁のようだと、怖いくらいに丸い月を見て思った
計算され尽くしたような、微妙な配置にある大きな月
藍色で塗り潰された空に浮ぶ、たったひとつの存在


そこに影を落とす男が、目の前にひとり




「次元って、オオカミ男みたい」

「誰がオオカミだ」


不服そうな声はどこかそれでも楽しそうで、燻らす煙草の煙の先に赤い灯火が見えた
真っ暗な部屋に届く光は、あの月明かりだけ
遠くに聞こえる街の雑踏も木々のざわめきも、自分の心音よりも小さく響く

「オオカミじゃないよ、オオカミ男」

「大して変わらないじゃねえか」

「そんな事ないよ」

どこにも漏れないように、口だけで笑うと次元は窓枠からそっと降りた
私が寝転ぶベッドの端に腰掛ける。シーツの海が、ほんの少しだけ揺れた


「今日、ハロウィンなの知ってた?」

「つい今しがたこっちに来たばかりだ。まだ時差ボケしてらぁ」

「あっそ。トリックオアトリートって言ったら、お菓子くれたりする?」

「俺が菓子なんざ持ってると思うか?」


それもそうだね、と言いながら起き上がる
身を捩りながら彼の背中まで辿り着く。スーツに染みついた煙草の香りが、鼻腔を刺激して
懐かしさを感じながら、その肩に頭を預けた


「ルパンは吸血鬼で、不二子さんが魔女かな。五ェ門は……落ち武者?」

「そんな事言ったら、五ェ門に叩っ斬られるぞ」


二人で内緒話をするように笑い合う。近づいた距離に、息を止めた
触れた唇から、煙草の味。苦い苦いそれは、彼に会うまでの長くて短い時間を思わせる
世間からのお尋ね者、犯罪者。そんな陳腐な言葉に収まりきらない男
そして、ひとつの場所に留まる事のない人



「前に来たのは、真夏だったね。ちょうど私が休みに入った辺り」

「そうだったか?」

「うん。いつも気がつくと何かある時に帰ってくるよね。次はクリスマスかな?」



冗談を言ったつもりで、うまく笑えなかった
そんな私に気がついたのか、そっと頭の後ろに次元の手の平が回る
無骨な手に似合わない優しい触れ方に、俯いてしまう


オオカミ男みたいだと言ったのは、本音だ
見た目もそうだけど、何より私は彼の存在が怖い
体も心もすべて食べられて、彼がいなくては生きていけないようにされてしまった自分

満月を背に紫煙を燻らせる彼が、まるで蜃気楼みたいで
何か言わないと、消えてしまいそうだった

生きる世界が違う。過ごしてきた時間が違う。共にいる人間が違う
なのに私は彼を見つけてしまった。そして、文字通り骨抜きにされて
一時の酔狂な遊びなのか、願っていもないような本気なのか
何も聞けない、何も言えない臆病な私に次元は気づいているのだろうか


「俺がオオカミ男なら、お前は月だな」


不意に呟いた言葉の意味が分からなくて、顔をあげた
逆光でその表情はよく見えなかったけれど、声がひどく優しくて心地良い


「月ありきのオオカミ男だろ、普通は」

「そう、かな……」

「オオカミの遠吠えは、届かない月に向かって吠えてんだ。知ってたか?」


それは本物のオオカミ男の事なのか、私にとっての「オオカミ男」の事なのか
願わくば後者であって欲しいと、切に思う



菓子の代わりにもっと良いもんくれてやる、と肩に手をかけながら言う
窓枠という額縁から飛び出したオオカミ男は、不敵に笑った











満月を背に










Title by BLUE TEARS「ハロウィン5題」