世界は回る
たとえ誰かに傷をつけても
たとえ誰かが大切な人を失っても

それでも回る
新しい時間に向って
過去に戻る事はできなくても
新しい、未来に動き出す










「ったく、いい加減五ェ門も元気出せよぉーう。またいい女くらい現れるってぇ!」


シークレットセブン崩壊から一ヵ月
新たなアジトで生活をしているルパン達
そこにいるのは、ルパン、次元、五ェ門、不二子の四人
が欠けた、正確に言えばが入る前のあるべき姿に戻ったルパン一行

扉の前で座禅を組み、ただ呆然と床を見つめる五ェ門に
そうルパンは声をかける


「やめとけ、ルパン。今のあいつに何言っても無駄だ」

「そうよぉ……。それに、少なからず五ェ門だけじゃなくて、私だって……」


言いながら不二子はレースのハンカチで目元を拭った
次元も、バツの悪そうな顔で煙草を吹かす


このアジトには、あの明るい笑顔がない
笑いながら喧嘩を止める声も、食事を運ぶ姿も
何もかも、という存在がないのだ



「第一、なんでルパンはそんないつも通りなワケ?」

「んあ? べっつにぃー?」



各々が哀しみに暮れている時、ルパンだけがなぜかいつものように飄々としていて
さすがの仲間達も、この態度には呆れるばかりだった


「だってよう、が死んだって言われても、俺は見てねぇーしなぁ。俺っち見たものしか信じないんで!」


ニシシ、と笑えば諦めたように不二子は溜息を吐いた

「拙者、外の空気を吸ってくるでござる」

「あいよー」

ルパンだけが手の平をヒラヒラさせて、五ェ門を見送った







街に出れば、市場は人で賑わっている
色とりどりの野菜や果物、食材が並んでいると思えば
女が好むようなアクセサリーから、重火器まで
五ェ門はそんな道を一人、ただ思い出の中のと重ねて歩いていた


『見てみて! あの果物美味しそう!』

『たくさん買い過ぎちゃった……あ、ちゃんと自分で持てるから平気だよ?』

『今日は五ェ門専用特製和食ディナーだからね』



仕事を終え敵から逃げている時、治安の悪いスラム街の裏道で彼女を見つけた
汚いダンボールに入れられた小さな体は、救いを求めているようで
自分がこの手を掬い上げてやらねばと

最初は、妹やはたまた結婚していつか出来るであろう、自分の娘を想像していた
けれど時間は面白いように早く過ぎていき、はいつの間にか「女」になっていて


彼女に抱いてしまうその感情に、罪悪感にも似た感情が湧きあがった
それでも、その感情は留まる事を知らないようだった



皮肉にもそれが恋だと知ったのは、他の女を抱いている時で
全てを比べている五ェ門が、彼の中にはいた


あの時、どうしてもっと手を伸ばさなかったのかと
物理的に無理だと分かっていても、伸ばさずにいられなかった
けれど、彼女は笑いながら自分に言葉だけを残して、海に連れて行かれてしまって
己の非力さをこれまでに怨んだのは、初めてだった


『年が離れているから』

『自分には他の女子がいるから』

にはもっと見合う男子がいるはずだから』


自分に都合のいい言い訳を並べて逃げていた
失ってから、大きさに気づいた
痛みは治まらない


不意に、五ェ門の鼻腔を擽る懐かしい匂いがした
それはキツイ匂いがダメなに、わざわざ五ェ門が選んだ香水の匂いで
思わず振り返る


……?」


返事はない

たかだか匂いくらいで
あのくらいの香水、どこにだってある

それでも

安物の、ブランドでも何でもない、本当にちっぽけな香水を
はまるで宝物のように喜んだ




……」






「顔色悪いよ。それに、また眉間に皺が寄ってる」




その声に顔をあげれば、目の前に立っているのは紛れもなく求めていた女の姿で
変わらない声、顔、仕草、香り
その全てに五ェ門の体が震えた



「もしかして、大して食べてないでしょう? 五ェ門、和食じゃないとほっとんど食べないから」

「……ああ」

「それに、まともに寝てないでしょ、最近」

「ああ」

「食事と睡眠はキッチリ、ってアレほど言ったのに……また修行ばっかりしてたの?」




少し不機嫌そうにそう言うは、確かに目の前にいて
手には少量の荷物、そして携帯電話が握られていた
驚きと、喜びと、訳の分からない気持ちが入り混じって



「……のことが、頭から離れなくて何も出来なかったのだ」

「そっか…。……ごめん、ね」



抱き締めていた
道行く人の視線も気にせず、ただ五ェ門は目の前の存在を、もう二度と離すまいと
強く、強く抱き締めていた



「どこに行っていた?」

「……海に落ちてすぐ、漁船に拾われて。記憶喪失のフリして一般の病院に入院してた」

「何故、連絡をしなかった?」

「したよ。ルパンに」



そこで、五ェ門はすぐに合点がいった
なぜあそこまで、がいないのに底抜けに明るかったのか



「ルパンから今のアジトの場所聞いて、退院したからここまで戻ってきたの」

「言えば迎えに行ったものを……」

「自分の足で、ちゃんと帰りたかったの」



そう言うの体は少しだけ、震えていた
見れば涙を堪えているようで
五ェ門は顔を覗きこむ



「本当は、皆が私を忘れて……もう新しい時間歩いてるのかなって、そう思って……」

……」

「だったら、帰らない方がいいんじゃないかって……そうしたらルパンが「がいないと皆動かない」って……」



涙が零れる


「それに……約束したでしょ?」

「約束……?」

「私、五ェ門に言う事があるって……それを言うまでは絶対、死ねないって思ってた」


ぎゅ、と口を一文字に結ぶ
五ェ門の着物の裾を握り、真っ直ぐとその漆黒の目を見る


「いつの間にか私、五ェ門のことが好きになってた。自分でも気づかないうちに。だから、五ェ門が酷い事言った時もすごく嫌だったし スーザンと一緒にいるって分かった時も
 すごく辛かった。また、騙されて五ェ門が傷つくんじゃないかって」

、お主……」

「知ってる。本当は五ェ門が私を助けてくれた事……でも恩なんかで、苦しくなったりしないよ……? 本当に五ェ門のこと、好きだから」



瞬間、の息が止まった
顔を上に向けさせられ、そのまま五ェ門に口付けられていたから
思わぬ行為に驚きを隠せなかったが

あまりにもその手の平が
欲した体温、その感情が
温かくて

懸命に応えてしまう
それは、彼女なりの精一杯で。腕を五ェ門の背中に回し口付けに反応を返す
生理的に流れる涙さえも逃したくないというように、五ェ門は指の腹で涙を拭う


「…っ、……は、……はぁ」


解放された唇から、荒い息が漏れた
涙目で自分を見上げる彼女に、もう一度触れたい、そう思ってしまうが
理性を総動員させて堪える



「……にしてみれば、都合が良すぎるかもしれんが……拙者も、のことを……好いておる」

「え……?」

「好いておる……と言うよりはむしろ……愛している」



熱が顔に集まるのを感じた五ェ門は、咄嗟に視線をずらす
しかし、両頬をに掴まれた五ェ門は否応なしに、彼女の視線とかち合う事になった


「本当に?」

「嘘など吐いたところで仕方がないだろう」

「……ちゃんと目、見て言ってくれた」

「ぬ?」

「本当なんだよね? 信じていいんだよね……?」

「ああ」



今度は五ェ門が驚く番で

喜びが極まっては、自ら唇を五ェ門のそれに押し付けていた
初めてのそれは痛みをも伴っていたが
それよりも、彼女の大きな気持ちが五ェ門にとっては最高のサプライズで
殊更強く、彼女の細い体を抱き締めた




アジトではルパンが全ての経緯を話し、残っていた不二子や次元も喜びに顔を綻ばせていた
「なら早速迎えに行きましょう!」と意気込む不二子を
ルパンが止める


「今が一番いい時なんだぁって! 邪魔しちゃ悪いだろ?」







きっと、あなたに救われた時から私の世界では、あなただけしかいなくて
それに気づくのが少し遅すぎたのかな。遠回りをして
傷つけて、傷ついて
それでも時間は進んだ

でも、今やっと追いついた
時間も、体も、気持ちも全て
ずっと憧れてたあなたに、ちゃんと追いついたんだ

だからお願い、ねえ
その手を離さないでね
ずっと、傍で笑っていてね





唇を離し、笑い合う二人が見た物は
愛しい人の目に映りこんだ、お互いが存在するこの世界だった