派出須は静かに頭を下げると、そっと部屋を出て行った
は出て行くその瞬間まで、窓の外を眺めていた
何も見えないのに、そうする事で少しでも彼から目を逸らそうとしていた

ぱたん、と扉の閉まる音がする
目が見えない分、他の器官が発達している彼女の耳には
遠ざかっていく派出須の足音が聞こえていた


これでもう、本当に二度と会う事はない


今までにないほど、心をかき乱す人だった。と、は思う
同時に、兄と同じくらい、否それ以上に優しい人だった、と
とても申し訳ない事をした、とは瞼を下ろしながら考える
これでよかったのか? とどこかで聞こえた気がしたが、気のせいだと思い込む事にした





帰路を歩く派出須は、そっと立ち止まり己の手の平を見た
車から庇う時に抱きしめたの感覚が、まだ残っているように思えて

細く、壊れそうな肩が震えていて
見えないはずの目からは、今にも溢れ出しそうな涙があった
思わぬほど強い力で握られたシャツは、まだ皺が残っている

あの瞬間、まるで自分を求められているように錯覚して
それがどうしてか、心躍る感情が湧き上がったのを彼は自覚していた

拒絶される事は多々あっても、求められる事なんて数えられればいい方で
それが嬉しかったのか、それとも彼女だからこそなのか、彼にはまだ区別がつかない


ただひとついえる事があった
無理矢理でも、病魔を治療する事ができたのに、それをしなかった理由
派出須は、どんな理由であってもの涙を見たくなかったのだ





瞼を下ろしたままのの耳に、ノック音が届く
はい、と返事をすれば扉が開く音と複数の足音が聞こえた


「……


その声に、闇しか映さない目を見開いた


「ハデスさんって方から連絡もらったのよ。事故に遭ったって……」


ぱたぱたと側に寄る足音、握られた手から伝わる体温
肩に置かれた大きな手。すべてが久しかった


「ずっと連絡ないから心配してたけど、お父さんとふたりでの傷が癒えるのを待とうって……」

「けどな、やっぱり目が不自由だとこうしてまた事故に遭うだろう?」


目が見えないからこそ、にはふたりの表情が見えなかった
声は心配しているように聞こえるけれども、それが本当なのか
今の彼女には見当もつけられない
それほどに、動揺していたのだ


「戻ってらっしゃい。部屋はずっとそのままにしてあったから、大丈夫よ」


握られている手に力が篭る。それが母親のものなのか、自分自身のものなのか彼女には分からなくて
首を縦にも横にも振れない。声を発しようにも、喉が張りついて音が出てこない


「父さんも母さんもな、もう子どもを失いたくないんだ」


それはまるで、にとって判決を言い渡されたようにも聞こえて
あの日と同じすすり泣く声と、自分を抱きしめる体温
瞼を下ろすと、一度だけこくりと頷いた











暗闇に落ちる