今日は天気がいいなあ、と水色の大きなシーツを干しながら空を見上げた
冬独特の澄んだ空気はあの人がいる場所をよく見せてくれる
おやつ用に焼いたクッキーは、今荒熱を取っている
ラッピングが終わったら、散歩がてらお弁当を届けに行こう





コートを羽織って、マフラーを巻いてマスクをする
クリスマスにもらった手袋をはめて、お弁当とクッキーを入れた紙袋を持つ
携帯電話を手に取って一瞬連絡する事も考えたけど、内緒で行った方が驚くだろうな、なんて
悪戯心がそのまま携帯電話を鞄にしまわせた


てぼてぼと、舗装された歩道を歩く
小学校の校庭には、体操着を来た子ども達がボールを追いかけている
犬を連れて歩く老夫婦や、自転車に乗っている人
平和でいいなぁ、とのんびり目的地を目指した



目的地である、常伏中学校に着いた
校門の横から入って、守衛さんのいる受付でノートに名前を書く
「父兄さんにしては若いね。どなたの知り合い?」と聞かれたので素直に答えると、だいぶ驚かれた
珍しいものを見るような目でバッチを渡される



「やっぱり学校は懐かしいなぁ」



自分の母校ではないものの、学校という存在から離れて数年経つ身としては
とてもノスタルジックな気持ちになる
自分の中学生時代を思い出しそうになって、それから首を振った

窓から入る柔らかい陽射、かすかに聞こえる生徒の声は
さっき通った小学校の校庭で聞こえた声より、落ちついているように聞こえる

どこの学校もこの場所は大抵一階にあるんだろう、と想像して探したらやっぱりあった
なんとなく緊張して、一度深呼吸してからノックをする



「はい」



心臓が体の中で一際大きく跳ねた
いつも、毎日変わらず家で聞いていて、名前を呼んでくれる声なのに
場所が変わるだけでこんなにもドキドキするんだと、新しい発見をした

そっと、扉に手をかけてスライドさせる
ゆっくり覗き込んで、中の住人である彼を見た



「え、なんで……どうしたんだい?」

「お弁当忘れてたから……来ちゃった」



紙袋を掲げれば、慌てたようにこちらへ近づいて中に入るよう促される
丁度いい室温と湿度に入って、ようやく廊下が寒かった事に気がついた


「来るんだったら連絡くれたらよかったのに」

「驚かそうと思って。それに、ちゃんと電話に出られるか怪しいし」


買ってから使いこなせているのを、数えるくらいしか見ていないから
なんて、九割は驚かせたかったからだけど

寒かったでしょ、そこに座って待っててとソファを指さされる
私は言われた通りにすると、慣れた手つきでお茶の準備をする彼を見る
彼が家で楽しそうに話してくれる「常連客」のことを思い出した


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます、先生」

「君に先生って言われると、すごい違和感があるね……」


困ったような、少し照れたような笑顔で前に座る
もしかして仕事の邪魔しちゃった? と聞けば、横に首を振る
それから壁に掛けてある時計を見て、そろそろお昼休みだしと言葉を紡いだ


「ちょうどよかった。クッキー焼いてきたから、生徒さんと一緒に食べて」


紙袋をテーブルの上に置く
「わざわざ寒い中、ありがとう」と顔が綻ぶのを見て私も同じように笑った
淹れてもらったお茶の入った湯飲みを持って、そっと火傷をしないよう飲む
やさしい味が、体全体に温かさを運ぶ


「生徒さんが来る前に帰った方がいいかな」

「どうして?」

「なんか、せっかくの生徒さんとの時間邪魔しちゃ悪いかなって」

「そんな事ないよ」


そう話しているうちに、お昼休みを告げるチャイムが鳴り響く
ああ、なんだか心臓が違う意味でドキドキしてきた


そろそろ来ると思うよ、と逸人が言った刹那
保健室の扉が勢いよく動いた










する細胞