こんなにもたくさんの人と、それも中学生という年の離れた人と触れ合うのは久しぶりで
それに、生徒に囲まれた逸人の顔は家では見ないような輝き方をしていて
思わず私まで嬉しくなる。やっぱり彼にとってこの仕事は天職だったみたいだ


「このクッキーすげぇウマイ! お姉さん料理上手っすね!」

「ありがとう」


恰幅のいい男の子が焼いてきたクッキーを食べながら褒めてくれる
多分彼が美作くんだろう
逸人から聞いていた話の特徴と、ひとりひとりを照らし合わせていく

昼食を取ってすぐにベッドへと行ったのが藤くんで、美作くんの隣にいる髪の長い男の子が本好くん
それから逸人の手伝いをしているのが、明日葉くんかな


「あのっ!」


不意に声をかけられて、そちらを見れば可愛い女の子
その子の目を見て、なんとなくこれから聞かれる事と答えなくちゃいけない事を悟る
申し訳ないなぁと思っていたら、どうやらそれが顔に出ていたらしい


「その、ハデス先生とは、どんな関係なんですか?!」


私と同じ目。この子も、逸人のことが好きなんだと、すぐに分かった
彼本人は気がついていないけど、彼から聞くこの子―鏑木さん―の話で、なんとなく気にはなっていたけど
まさか予想が当たるとは思ってもいなかった


「ああ、俺もそれ気になってたんだよな」


今だクッキーを食べながら美作くんは逸人に話を振る
私は「どうすればいい?」という意味を籠めて、彼に向かって首を傾げた
逸人は苦笑いをしてから、「彼女はね」と口を開く


さんって人で、一緒に暮らしてるんだ」

「改めまして、です」


座ったままぺこりと頭を下げれば、驚きでみんな口を開けたままだ
なんだかおかしくって、少し笑ってしまう


「……先生って、恋人いたんですね」

「言う必要もないかなって」

「俺ずっといないもんだとばっかり思ってたぜ……」


一番初めに我に返った明日葉くんが、逸人に言う
隅に置けないよなぁ、と美作くんが茶化す


「私、お手洗い行って来ます!」


急に鏑木さんが立ち上がって、それから凄いスピードで保健室を後にする
みんながどうしたんだ? という顔で扉の方を見る


「もしかして、鏑木さん具合でも悪いのかな」

「……私、見てくるよ」

「え、それだったら僕が」

「先生男だろ。さすがにシンヤだって女なんだから、任せとけよ」


ベッドの方から声がする。どうやら藤くんは色々と分かっているらしい
その鋭さを逸人にも少し分けて欲しい、なんて思う
藤くんの言葉に「そっか。それもそうだね」と椅子に座り直した逸人を見てから、保健室を出た





「鏑木さん、だよね」



水道場の前で、縁に手をかけて佇む彼女に声を掛けた
ビクッと肩を揺らして、それから恐る恐る私の方に視線を向ける


「……ハデス先生から色々、話は聞いてたんだ」

「そう、ですか」

「あの人、鈍いから全然気がついてないけど、なんとなく私は気がついてた」


私の言葉に、鏑木さんの頬が桃色に染まる
それから、大きな瞳に涙の膜が張っていくのも見えた
こういう時なんて言えばいいのだろうか
何を言っても、彼女にとっては迷惑なのかもしれない


「ごめんなさい」


気がつくと、鏑木さんは私に向かって頭を下げている
慌てて顔を上げさせると、彼女は涙をポロポロと零していた


「ハデス先生のこと、好きになんかなって、ごめんなさい……」


その言葉に、衝撃を受けて鼻の奥がつんとした


「……謝らないで。謝る必要なんて、どこにもないのに」


むしろ、私は嬉しかった
それがどんな感情だとしても、彼に好意を寄せてくれる人がいることは

見た目だけで人から怖がられたり嫌われやすい逸人
言わないだけで、心底傷ついている事は知っていた
だからこそ最初は中学校で養護教師をするって聞いた時は、すごく心配した

けれどもその心配は想像で終わったみたいで、こうして彼を慕ってくれる生徒も少なからずいてくれた
それが、私にとってもすごく嬉しい事だったんだ


「先生を好きになってくれて、ありがとう」


ハンカチを取り出して、鏑木さんに差し出した
おずおずとそれを受け取ると、彼女は涙を拭ってようやく笑ってくれた


「悔しいですけど、先生がさんを好きになった気持ち、分かる気がします」











伝染する気持ち