休日、逸人が珍しく行きたい場所があると言って、外に連れ出された。
大分陽ざしも暑くなってきた、初夏の頃でも彼はいつも通り全身真っ黒である。
私はブルーのブラウスに、白いパンツとサンダルという軽装。

向かった先は、小さな遊園地だった。


「どうして遊園地に来たかったの?」

「……その、今度学校の遠足でここに来る事になってて。その下見に……」

「そっかあ」


休日とあってか、小さいながらも人はたくさんいた。
遠足の下見という事は、乗り物にはあまり乗れないのだろう。
雰囲気を楽しむだけでもいいか、と思った時、不意に右手がひんやりとした温度に包まれた。


「へっ!?」

「あ、嫌だった……?」

「う、ううんそんな事ないよ! ちょっと驚いただけで……」

「下見だからあんまり乗り物には乗れないけど……こうしてるのは構わないから」


まるで、私の心を見透かしたかのような行動に、頬が熱くなる。
行こうか、とどちらともなく言って、私達は歩き出した。



ゆっくりと、時間は流れる。
アトラクションや遊具は何があるのか、身長制限やどれくらいの時間がかかるのか、危険性はないか、なんて
色々な項目をチェックしていく逸人の横で、私は彼の横顔を見つめていた。

見られている事に気がついていないのをいい事に、ただじっと、風景と一緒に彼の顔を見ていた。
青白い肌、ヒビの入った頬、真っ白な髪、鈍い金色の瞳。一見して「普通」ではない。
それでもその全てが彼を象る要素だと思うと、全部が愛おしくて。
こんなにも、狂おしい程に人を愛せるのだと知ったのは、彼のおかげだった。
人生のどん底にいた私を救ってくれたのも、新しい感情を教えてくれたのも彼で
どれだけ感謝したら、足りるのだろうと思う。


「これでよし、と。ああ、もうこんな時間だ」

「本当だね。もう夕陽が出てるや」

「やる事は終わったし……そうだ、観覧車でも乗ろうか」


うん、の返事をする前に、彼に手を引かれて、観覧車の乗り場へと並ぶ。
あんなにいた人達も、もうほとんど影も見えなくて、私達はすぐにゴンドラの中へと案内された。

がたがたと揺れて、次第にゆっくりとした動きで高く高く昇っていく。
夕陽が差し込み、少し眩しいくらいで目を細めた。
ありがちだけれど、風景がどんどんと小さくなっていくのが見える。


「綺麗だねー……あ、学校が見えるよ」

「本当だ」


何故だろうか、逸人はとても緊張しているように見える。
そわそわと胸ポケットを触ったり、不思議と色の戻っている髪を弄ったり。
なんだろう、と首を傾げた時、まっすぐと瞳を見つめられた。


さん」

「……はい」


いきなりフルネームを言われたかと思うと、そのまま黙ってしまう。
そのヒビの入った頬は、ほんのりと赤く染まっていて、私にまで伝染してしまいそうだ。

胸ポケットから、小さな箱が出てきて。
まるで別の世界の事のように、物事が進んでいるように感じられた。
一瞬一瞬が、とても長くて、ただじっと逸人を見ていた。


「俺と、結婚して欲しい」


ぱかりと開いた小箱の中に鎮座していたのは、紛れもなく指輪で。
ああ、きっと鈍さん辺りにでも吹き込まれたんだろうなぁ、とか
顔を真っ赤にしちゃって可愛いなぁ、とか
色々考えて冷静になろうとしても、どうしてもダメで。
ただただ、溢れてくる涙を拭っては、頷くだけで精一杯だった。

震える手で、私の左手を掴んで、それから薬指にそっと指輪を填めてくれた。
夕陽の光を受けてオレンジ色に光るそれは、この世の物とは思えない程美しかった。









夕陽が照す観覧車で










Title by 瑠璃 「春夏秋冬の恋20題 夏の恋」