出会いは運命であって必然だった
私があの人なしで生きて行けないように、あの人が私を拾ってくれる事は、まるで創られた話のようだった





「バージル様」

広く、そして格式を重んじる造りの屋敷内の一か所、書庫に私は立っている
数メートル先には、青いコートに身を包んだ彼が立っていて
私の声を聞き取ると、こちらに振り向いて「今行く」と言った

まるでその姿さえもが絵画のようで、ゆっくりと近づいてくるバージル様は本当に美しい
見惚れていたら「どうした?」と訝しげな表情で言われた


「すみません」

「いい。気にする事でもない」

「……はい」


まだ私が物心つく、もっと前の事
私は物騒なスラム街の路地裏に捨てられていた
毛布に包まれてまるでゴミのようだったと、バージル様は淡々と教えてくれた

その日は雨だったらしい
屋根の上を歩くバージル様の耳に私の泣き声が届いた
なぜかその声に惹かれて屋根から飛び降りて、そこで見つけたのが私だった


「まだ捨てられたばかりだったのだろう。幸いにも怪我一つなかった」


七歳、学ぶ事を覚えた私が「バージル様は私のお父様なんですか?」と聞いた時に、今のように答えてくれた
自分が「生まれた」と思った時から傍にいてくれたのは、バージル様ただ一人だけだったから
涙が出る事も、親を憎む事もなかった



話す事も読む事も書く事も
食べる事、歩く事全てを教えてくれたのはバージル様
誰かと共に生きる事の尊さや、大事な人を持つ喜びも
全部、私はあの人から教わった

ただ、一つ


「人を愛するという事は、どういう気持ちなんですか?」


書庫の掃除をしている時に見つけた、一つの物語に描かれていた二人の男女
それは恋物語。家柄の違う二人が惹かれ合い、そしてお互いを慈しみ愛するというお話
私は生まれてからその時まで、そういった感情を抱いた事がなくて

外は穢れていると、屋敷の庭以外に出た事のない私は
自分以外の生きているものはバージル様と、一度だけ此処を訪れた彼の弟以外知らない
だから、その感情も分からないのだ


「バージル様なら分かりますか?」

「……何をいきなり言い出すと思えば」


並んで廊下を歩いている今、問いかける
バージル様は一瞬だけ目を見開いて、そして落ち着いた声でそう返した
私はもう一度、今度はバージル様を見上げて問う


「好き、とはなんですか?」


立ち止まる
そして、バージル様は私を高い位置から見下ろす。それは決して嫌な感じのするものではなくて
固く結ばれた唇は、今度は何を教えてくれるのだろうと
新しい知識を得る期待のためか、自然と頬が緩んだ


「……好き、とは」


困ったような表情から刹那、なにか思いついたような顔でそっと
バージル様は私の頬に手を回した


「こういう事だ」

「え……っ」


書庫の中から見つけた本で読んだことのある「キス」を
今、私はバージル様にされていて
本の中には「嬉しい」や「喜び」の気持ちが表現されていたけど
なにか、違う


「バー、ジルさま……」

……」


バージル様が触れてくれるその場所が熱くて、呼ばれる名前に胸が苦しくなる
抱き締めてくれている腕がもっと欲しくなる

おずおずと差し伸べた手に、少しだけバージル様の動きが止まった
触れていた唇が離れて、そっと私の顔を覗きこむバージル様に
私は


「……この気持ちが」


好き、なのでしょうか


そう聞けばなぜかバージル様がほんの少しだけ嬉しそうに微笑んで、もう一度キスをくれた










が触れた瞬間の