「なあいいだろって、バージル」


街中、同じ銀糸を持つ二人の男が歩いていた
一人は両手に紙袋を持ち、もう一人はその男の前をスタスタと歩く
片手に同じような紙袋、片手に文庫本
バージルと呼ばれた彼は、器用に片手の指だけでページを進めさせていく


「余計な物は買わん」

「そういうお前の、今読んでるやつは余計なもんじゃねえのかよ!」

「これは知識と教養を養う物だ。お前の趣向と同じにするな」

「俺の知識と教養を養うには、甘いもんが必要なんだっつーの」


石造りやレンガ造りの建物が並び立つ。その真ん中の歩道を二人は歩く
ここは魔界ではなく、無論死後の世界という不安定かつ不確定な場所でもない
列記とした人間界のとある街中


あの日、魔界でとエヴァが会話を交わしていた時
ダンテは魔帝を倒し、マレット島からトリッシュと脱出した
その後、彼が自宅であるオフィスへと戻ると、なぜかそこにいたのは
光に包まれ消滅したものと思っていた、兄バージルの姿があった

マレット島で見た、禍々しい姿ではなく
紛れもなく、魔界へと落ちていく最後の瞬間に見た彼そのものの姿で
何が何だかサッパリと理解出来なかったダンテは、とにかくバージルを自室へと運んだ

確かに、死んだ筈
ダンテはベッドで眠る兄の横顔を見ながら、思考を張り巡らせていた

自分が止めを刺し、そして葬ってやった筈の兄が今、彼の目の前で息をしていた
消滅したと思っていたのは自分だけだったのか。それとも、あの後彼の身に何かが起こったのか
皆目見当もつかないダンテは、頭を掻き毟る


『なんで…お前は生きてんだ……?』


素直に喜べないのは、性
それでもやはり、唯一残った肉親が生きていた事を嬉しく感じてしまうのはしょうがない事だと
抑えきれない笑みを片手で隠して、ダンテは兄の目が覚めるのをじっと待っていた


数時間もしない内に、バージルは目を覚ました
そうして、横にいる弟であるダンテを見ると、目を見開いた

同じ銀糸を持ち、同じアイスブルーの瞳を自分に向ける愚弟
咄嗟に何が起こっているのか判断できなかったバージルは、思わず口を開く


『……こ、こは……?』

『俺のオフィスだ。よく分からねぇが、お前、うちの中で倒れてたんだよ』


バージルはその言葉を無理矢理呑み込むと、はたと自分の姿を見る
そこにあるのは、細い糸のようにしか意識が残っていなかったあの時
何度も、嫌という程見ていた己の変わった憎たらしい身体ではなく
持って生まれた、今目の前にいる愚弟と同じ身体だった

不意に、腕に感じた違和感
それを追って、手を当てれば触り慣れた布の感触
見れば、腕に巻かれている白い布
その布は間違える事なく、確かにの服の一部だという事を、バージルははっきりと思い出した


……』

? 誰だそれ?』

『俺の近くに、他に誰かいなかったのか?!』


突然声を荒げる兄に、弟は思わず仰け反る
そうして、体勢を整えた彼の口からは『NO』の返答
だた、と一旦閉口して取り出したのは


『……それは』

『俺が持ってた筈なんだけどな、どういう訳かお前の懐にあったんだよ』


彼らの母親の形見である、アミュレット
填め込まれた石には、真っ直ぐな亀裂が入っていた


『きっと、母さんがダメな息子を見兼ねて助けてくれたんだろ』

『……聞くが、ダメな息子とはまさか俺のことか?』

『おいおい、他に誰がいるって言うんだ?』


ケラケラと笑う弟に、素手で殴りかかろうとする兄
ふと、バージルの脳裏に声が掠める


『バー……ル。バー……ジル』


ピタリと動きを止める兄に、弟が訝しげな表情を送った
そうして、もう一度ベッドに腰掛けると、彼はポツリと紡いだ





「なあ」


バージルの隣に並び、そう声をかけるダンテを彼は一瞥する
それから「なんだ」と彼が返答すると、ダンテは問う


「探さないのかよ、のこと」

「……お前には関係のない事だ」

「ったくよ、本当にお前は相変わらず素直じゃねえし、不器用だよな」


一度、歩を止めたもののまたすぐに歩き出し、そう言うバージルにダンテは溜息を吐く


「死んだ筈のお前が生きてこうしてんだぜ? 絶対彼女もどっかで生きてる筈だろ?」


楽観主義者の弟の言う事は、確かに最もである
だけれども、目を覚ました時真っ先に会いたかった人と会えなかった彼は、ひどく落胆したのだ
「なぜ、自分の傍にいる筈のがいないのだろうか」と

もしかしたら、自分と同じように人間界へと戻ってこれたのではないのだろうか
そうしてどこかで、自分が迎えに来るのを待ってくれているのではないか、と
だけれども、バージルには様々な不安要素があった


自分を助けてくれたのは、母親となのでは、と
すでに命のない筈の母親が、どうやって自分のもとへと来たのかも分からない
しかし、実際に彼自身は命を取り戻していた
なのに命があり、なおかつ危険が少ない場所に幽閉されていたは自分の傍にいなかった
それが何を意味するのか。考えれば考えるほど、思考は暗く落ち込んだものにしかならず
それを現実だと突きつけられた時、バージルは自分が自分でいられるか、恐れていた

また、仮にその事実が自分の思い過ごしだったとしても
もし自分のことを忘れ、どこか―もしかしたら、彼女の故郷に帰っているかもれしれない―遠い場所で、何も知らずに幸せに暮らしていたら
果たして彼女は、自分を受け入れてくれるのか。自分の手を取ってくれるのか

様々な憶測によって、雁字搦めにされたバージルは、動けずにいた
を探す事も、彼女の安否を確かめる事すら、できずにいた

それでも、捨てられなかったのは
きっと最後に巻いてくれたのであろう、己の腕にあった彼女の衣服の端だ
それは、自分を救ってくれたであろう母親のアミュレットの鎖に固く結んでいる


「ま、俺がどうこう言ってもあんたは聞かねぇだろうけどな。おっ、美味そうなパン屋」


自分から話を振っておいて、ダンテは別の物を捉えると一目散にバージルの制止も聞かずにそちらへと飛んでいく
そんな弟の背中を呆れながら見るバージルは、ふと胸元のアミュレットを見る
綺麗な一本の線の如き亀裂と、泥だらけになった白い布
願う事なら、もう一度
握り締めたそれが、そう思うバージルの思考に反応するように熱くなる


「なんだ?」

「よお、待たせたな」


首を傾げたバージルの所に、パンを齧ったままのダンテが戻ってきた
バージルはダンテの、明らかに減った荷物の量を見て青筋を立てる


「貴様……荷物はどうした?」

「いけね、パン屋に忘れてきた」


そういうダンテの片手には紙袋、そしてもう片方の手で、パン屋のロゴがプリントされた紙袋を持っている
「貴様に荷物を持たせた俺が馬鹿だった」と呟くと、バージルは読んでいた文庫本を自分の紙袋へと入れると
パン屋の方へと歩き始めた


「おいバージル! ……行っちまった。ま、いっか」





バージルが店内へと入ると、軽やかな鈴の音が響いた
小さなそこには、客も店員もおらずただ静かにどこからか、クラシックが流れている
窓際に並べられた焼き立てのパン。思わず手を伸ばしそうになったバージルは自分を恥じた

そうして、辺りを見回せばようやく自分達の荷物を見つける
荷物を持つと、彼は店内に背を向け扉のノブに手をかけた



「いらっしゃいま、せ……」


聞こえた声に、彼は振り向く
ドサッと、荷物達が落ちる音

何度も何度も、描いては消して、想っては頭を振った存在が


「……、か?」

「ばー、じる? 本当に、バージルなの?」


あの日、初めて出逢った時のように、彼の名前を反復して、なぞる様に彼女は彼の名前を紡ぐ

嘘のように、お互いに目を見たまま、固まって
すると、見る見るうちに彼女の瞳に雫が溜まっていく


「会いたかっ……」


の言葉が全て終わる前に、バージルは彼女を抱き締めていた
苦しいくらいに抱き締められ、息をする事すら忘れてしまう程、ただ相手の体温を感じる事に必死で

生きている
この世に存在して、鼓動をしている


「やっと……息をする事が出来た…」

「バージルっ……!」

「お前を見る、今日この日まで俺は……生きた心地がしなかった」


もし、命の灯火が消えていたら
もし、自分を忘れていたら
もし、他の男を愛していたら

そんな全てのくだらない戯言が、彼の中で今砕け散った


あの時、伝えらなかった言葉を、今君に伝える


……必ず、お前を幸せにすると誓う……だから、どうか、俺の傍で……」





店の前で、ダンテはパンを食べながら空を見上げていた
その顔には、満面の笑み


「父さん、母さん。俺達三人で、どうにかやってけそうだぜ」


ダンテのアミュレットが、太陽の光を受けて輝いた










Crazy Blue