「死んだらきっと、バージルは私のこと、忘れないよね?」

死ぬ事によって、己の永遠となった女が
最後に呟いた言葉が、リフレインした



不愉快な程に、振り続ける雨
雨は鬱陶しい。そしてなおかつ行動範囲を狭めるのだから
思うように動けないのは酷くストレスになる

そして、雨は嫌な思い出を引き連れてくる

その日も、今日のような雨だった
いや、今日なんかよりも、もっと酷い雨の日だった

あまり好かない弟の家であるオフィスから、買い物に行った帰り道
妙な悪寒と違和感を感じて、入った路地裏
そこに見えたもの、それは自分が唯一愛した女の変わり果てた姿だった


!?』


かけ寄り、上体を起こし抱き締めても、ほとんど体温はないに等しく
夥しいほどの血液が、雨雫と共に流れ落ちていた


『バージル……? 声、聞こえるけど……顔、見えない……』

『お前、一体誰に!?』


彼女は、ただ首を横に振るだけで
傷からして、後ろから不意打ちを食らったのだろう
迷いも躊躇いもない、滑稽なくらい憎しみが篭った、そんな傷で

思いたくなかったが、きっとこれは自分への復讐なのだろうと

俺に復讐したいと思う奴はごまんといる筈
その中から、特定するのはほぼ不可能に近い

それでも、非力な彼女が狙われた事は
体を震わせるには充分なだった


『怒っちゃ……ダメだよ? しょうが、ないんだから……』


呼吸が乱れてくる。目に光がない
自分の眼前で、愛した女が、急速に命の灯火を消そうとしている
それを、止める術を自分は持ち合わせていなかった


『幸せだったよ……短い間だったけど、楽しかった……』

『よせ! ……そんな、最後みたいな言葉は』

『最後、だよ……きっと』

『よせと言っているんだ!』

『ご、めん……』


彼女が笑った瞬間に、元々持っていなかった筈の何かが
瞳から流れ落ちるのを感じた


『死んだらきっと、バージルは私のこと、忘れないよね?』


腹の上に乗せた、俺の手を取って
彼女はそう呟き、笑った
まるで、死を目の前にしていないかのように
悪魔と人のハーフである俺が言うのも、酷くおかしいが
それは、まるで天使の微笑みとでも言うのだろうか
慈愛に満ちていて


『ああ……決して、忘れはしない。忘れてなど、やらぬ』

『そっか……ありがとう』


俺の返答を聞くと、最後に満足げに笑うと彼女は、俺の目の前で瞼を下ろした
暫くの間、そこから動けず
珍しく心配して、俺を探しに来たダンテに肩を揺さぶられるまで
俺はの亡骸を抱き締め続けた





読んでいた書物を閉じる
彼女の好きだった紅茶の匂いが鼻腔を擽る
それを好んで飲む彼女は、もうこの世に存在しないけれども

雨がこの世から消えない限り、きっと永遠に俺は彼女を求め彷徨うだろう
それは一種の呪縛のような物で。それを苦しいと思えない俺も俺なのだろうか










止まない










Title by dream of butterfly「悲哀10のお題」