永遠の眠りに就く時、思い出すのは絶対に彼と過ごした日々だろう。



大きな仕事を終えて依頼主に報告するために、私が住んでいる国にジェイクが来た。
会えば憎まれ口を叩くくせにそれでも律儀に連絡をくれる。
そういう素直じゃないところも私は大好きだった。

大きなネームプレートを持って空港まで迎えに行った。
到着口で他の人達より頭一つ抜けた彼を見つけて、勢いよく手を振った。
私を見つけて目を開いたと思ったら、持っていたプレートを見て心底嫌そうな顔になる。
それもそうだろう。ピンク一色の紙にでかでかと黄色で「Welcaome Jake Muller!!」と書いてあったのだから。
でもすぐ横に描いておいた彼の似顔絵を見て、我慢できずに噴き出していた。


「おかえりジェイク!」

「おう。まぁ俺の故郷はこの国じゃねえけどな」

「細かい事はいいんだよ! はいこれ持って!」

「なんだよ……」


そう言いながらもお腹の辺りでプレートをだるそうに掲げてくれる。
すぐさまデジカメを取り出してボタンを押せば、画面に見たままの光景が写った。


「おー悪い顔してるねぇ」

がこんなの持たせるからだろ」


ぶつくさと文句を言いながら私の手にそれを突き返す。
いくつかある荷物のうち、私でも持てそうな物をもらおうとしたけれど渡してくれなかった。


「疲れてるでしょ? ひとつくらい持つよ」

「ちょっと飛行機乗ったくらいじゃ疲れたりしねぇよ」


なんだかんだと理由をつけてはこうして私に荷物を持たせようとしない。
たとえばふたりで買い物に行って、袋の中身が私の物しかなくてもだ。
不器用な優しさはいつまで経っても変わらなくて、だから私も持たせてくれないと分かっていても毎回聞いた。

荷物を持ち直して歩き出す彼の背中を追いかける。
空港の外にはそれぞれの場所に向かうバスやタクシー、そしてそれに乗ろうとしている人達で溢れていた。
ジェイクは案内板を見て少し先の看板を顎で指した。そちらの方に進んでいき時刻表を見る。


「次のバスまで少し時間あるよ。なんか食べる?」

「いや、ここで待ってる」


ジェイクは荷物を適当に下ろすと、塗装が少し剥げているベンチに座る。
バスを待つ以外する事がなくなって、時刻表から彼へと視線を移した。

膝の上に肘を置いて頬杖をついている。空を閉じ込めたような瞳は右に寄っていて、何かを見ていた。
気になって私もその方向を見たけど特にこれといって目立つようなものはない。
そんな熱心に何を見ていたんだろうかと思いながら目線を戻せば、ばっちりと彼のそれと重なった。


「おわっ……」

「なんだよ」

「その、そんなにこっち見てるなんて思ってなかったから……」


痒くもないのに後頭部に手をやって適当に指先を動かす。
ごまかすような乾いた笑いを浮かべても、ジェイクはじっと私を見ていた。


「……なに」

「座らねぇの?」


空いている左隣を手でぽんぽんと叩いている。
きっと彼はなんの意識もしないでその行動を取っていて、でも私はそれに過剰なくらい反応してしまう。
習慣だから会えばハグして頬にキスくらいはする。アルコールが入ればふざけて抱きつく事だってあった。
でもこんな風に、何気ない日常の中で距離を縮めるのはどうしても慣れない。


「あー……」


かと言って断る口実も理由も思いつかなくて。
心の素直な声は座りたいと言っている。少しでも彼の傍にいたいと叫んでいる。
結局それに負けて、ギクシャクと手足を同時に動かしながらベンチへと近づいた。


「……おじゃまします」

「ここ家じゃないぞ」

「……知ってる」


なるべく音を立てないよう隣に座る。
私とジェイクの間には、彼の手の平分の距離しかない。

ここに来るバスの向かう場所にあまり人は行かないのか、私達以外に乗客になりそうな人はいなかった。
飛行機の奏でるエンジン音や人の喧噪が、とても穏やかに思えるくらいに小さい。
見える風景の中で動くのは植えられている草木や機械だけで、まるで私とジェイクだけの世界に放り投げられたみたいだ。

どうしても気になって仕方がなくて彼を盗み見る。
さっきとほとんど変わらない姿で、右手で頬杖をついているから傾いている顔が見える。

どうしてこんなにもジェイクのことばかり考えてしまうのか、自分でも不思議だ。
知り合って、最初はなんてぶっきら棒で扱いにくい奴なんだと思った。
でも本当はすごく優しい人で、ただうまいやり方が分からないだけなんだと知った。
強いのにどこか臆病で、そんな彼をいつの間にか支えたいと思うようになっていた。

青が動いて私をその目に映す。
それだけの事に心臓が跳ねて、一緒に肩も動いてしまった。


って見てて飽きないな」

「へ?」

「お前といると本当に面白い」


普段は笑っても口の端を上げたり、言ってしまえば人を小馬鹿にしたような笑い方なのに。
その時は年相応の表情で本当に楽しそうに笑ってくれたから。
じわじわと勝手に涙が浮かんできてしまうくらい、胸を締めつけられた。


「すき」


言う予定なんてちっともなかった。
もっと心の隙間を埋めて、とっておきのシチュエーションを作ってなんて考えていたのに。
それでもどうしようもないくらい気持ちが溢れてしまって。
気持ちが喉を通る間に声になって、口から出てくる時にはもう言葉になっていた。

できれば目を逸らしたかったけど、そうしてしまったら冗談か何かだと思われてしまうんじゃないかという不安が湧いた。
今にも飛び出しそうな心臓を抑えて、血液が集中してくらくらする頭をなんとか支えてジェイクの様子を窺う。

笑顔のまま固まって、最初に瞳が動いた。
ゆっくりと下降していってそれに合わせて顔の向きも変わる。
見えるのが横顔になって手の平が口元を覆った。

どこかでダメなんだろうと感じていた。

ジェイクと出逢えたのは友人のシェリーのお陰だった。
彼らがとても大変な事件に巻き込まれて、なんとか力を合わせて苦難を乗り越えた事を知っている。
私とは全く違う世界の話のようで、なんだか現実味がないとさえ思ってしまったくらい。
強い糸で結ばれている二人の間に入れるはずがないと分かっていた。
それでも、芽生えた感情を手折って捨てるなんて事はできなかった。

薄青の液体がどんどん生産されて目の下に溜まっていく。
でもここで泣いてしまったらジェイクを困らせてしまう、となんとか堪えていた。
「ごめん」と言われたら笑って「大丈夫だよ」と言おう、そう考えていた。

ぼやける視界の中で、彼が大きく頷いた。
その頬は、歪んでいても分かるくらい真っ赤で。

黒ばかりの盤面がだんだんと白くなっていく。それでもまだ半分は黒いまま。

瞬きをしたらとうとう涙が零れ落ちた。雨が降り出したみたいに止めどなく溢れてくる。
もう顔を上げていられなくて、太ももに置いていた自分の拳を睨みつけた。
なんとかして止めようとするけどどうやっても治まる気配がない。
もう色くらいしか認識できないほど視界はぐちゃぐちゃだった。

ふわりと拳を包まれてそして解かれる。
ほっとするような温かさの大きな手と重なって、指が交差する。
初めて、ちゃんと触れ合った気がした。


「……すごい、震えてる」

「……うるせぇ。も同じだろ」

「私より、ジェイクの方が、震えてる」


鼻をすすりながらそう言えば、片手で両頬を掴まれて持ち上げられた。
まだ潤んだままの目で見る情景は水中にいるみたいだった。
ゆらゆらと揺れる海の中ではっきりと見えたのは、空の青。
その眼差しはひたすらにまっすぐで、心臓がすごくうるさくなっていく。


「一回しか言わねぇからな――俺も……お前が、好きだ」


たくさん息を吸って溜めて吐き出すように言われた言葉は、何よりも欲しかったもの。
盤面は真っ白に染め上げられて、結局涙は止まるどころかさらに頬を濡らした。
私がいつまで経っても泣き止まないせいで、バスはもう一本後の便に乗った。



友達から恋人という常に舞い上がってしまうような関係になってから、もっと色んなジェイクを知る事ができた。

女に興味はないがそれなりに知ってるぞ、という風に見えていたけどとんだ勘違いだった。
確かに他の女性にはあまり、というか大分そっけない態度を取っていた。
決して冷たいとか横柄というわけではなく、ブレないまっすぐな一本の線を引いているように見えた。
だから相手から熱い視線を送られてもそれに返すどころか気づきすらしない。
その割には私が少し見ているだけですぐに反応を示してくれた。


「……何見てんだよ」

「ジェイクって全然他の人に興味持たないね」

「必要ないだろ」

「さっきのカフェの店員さん、すごい美人でジェイクのことじっと見つめてたよ」

「だから? 俺は……」


急に黙ってしまい機嫌を損ねてしまったのか、すたすたと先に行ってしまう。
コンパスの長さが圧倒的に違う上にいつだって彼は早足で歩く。
だから私は少し気を抜くと置いていかれてしまっていた。


「待って! 待ってよ! ごめんって!」


必死に追いかけて横に並び腕を握った。
横を向いて俯きがちなせいで顔がよく見えない。


「別に他の人を見て欲しいとかじゃない。むしろそういう風にしてくれて安心してる。ただ……」

「ただ?」

「私なんかどこにでもいるような感じだし、もっといい人はたくさんいるから……その、不安で」


そう言うと大きなため息の音が耳に届いた。
やっぱり呆れられてしまったんだと血の気が引いていく。


「美人だとかそういうのは別にどうでもいい」

「そうなの?」

「一緒にいて一番楽しいのがお前なんだよ。俺にとって大事なのはそれだけだ」

「……ありがと」

「それに、お前は思ってるほど悪くないぞ。普通にかわ……」


言いかけて詰まった言葉がなんなのかすごく気になって、なんとか続きを言ってもらおうとした。


「ねえ、今なんて言おうとしたの?」

「うるせえ。なんも言おうとしてねぇ」

「嘘だー、絶対になんか言おうとした!」


教えてよーと顔を覗き込んで、私は口と目をあんぐりと開けてしまった。
彼の頬は林檎みたいに真っ赤に染まっていて、明らかにうろたえていたから。


「……もしかして照れてる?」

「照れてねぇよ!」

「じゃあなんで顔赤いの?」


追求する私をかわしてまたもや歩き出してしまう。それもかなりの速度で。
軽くではなくほとんど本気に近い走りで追いかけ、後ろから思いきり抱きついた。
受け止めてくれたかと思えばすぐに離れて、また先に進んで行く。
もう一度飛びつこうとしたら今度は避けられてしまった。
その後から、スキンシップをとろうとする度早足で先に行くようになってしまって苦労する事になる。



「You're the one for me」


私の部屋にある少し長めのソファの左端にジェイクがいて、その反対に私がいる。
彼は雑誌を読んでいて私はそんな彼を見ていた。
不意に呟いた言葉は絶対に届いているのに、まるで何も聞こえていないような反応だ。


「You're my Prince Charming」


白馬に乗った王子様ルックのジェイクを想像して笑いそうになったけど、なんとか抑え込む事に成功した。
相変わらず無反応を貫き通そうとしているものの、頬から耳にかけて赤く染まっている。


「ジェイクは言ってくれないの?」


からかい半分、そしてもう半分は本音だった。

一緒に過ごす時間の中で、彼なりに想いを伝えてくれているのは分かっていた。
だから、言葉という形で求めるのは我侭だという事も。
私という生き物はジェイクのこととなると、どうも制御が利きづらくなるみたいで。
好きだからという理由で言い訳していいものじゃないと理解しているけど、結局はそれしかない。

小さく「ごめん」と言いながら立ち上がって、キッチンに飲み物を取りに行こうとした。
彼の前を通った瞬間、突然引力が強くなったみたいに体が傾いた。

高めの体温と同じ石けんの香りを感じて、見上げればすぐそこにジェイクの顔が。
何を考えているか分からない表情で、中途半端な私の体勢をゆっくりと直していく。
ぴたりと組木細工が完成したみたいに定位置に納まると、少しずつ彼の顔が緩んでいった。
すぐにそれが見えなくなったのは、胸元に引き寄せられたから。

伝わってきたのは、私のものと同じくらい速く脈打つ心臓の音。
誰よりも一番傍にいて一緒の速度でリズムを刻んでいる。
現金なヤツだと思われるかもしれないけど、それが言葉よりも何よりもジェイクの気持ちを語ってくれていた。

空気の動く音が聞こえそうな静寂の中で、彼の鼓動の響きだけを感じていた。
それからそっと首を捻ればジェイクの横顔が見えて。
長い睫毛がひそやかに動いている。まるで造られたみたいに美しいのに、内側にある熱い塊を確かに感じる。

あまりにもじっと見つめ過ぎたせいか、とうとう彼と目が合ってしまった。
白かった頬が一瞬で赤く茹で上がりそっぽを向かれてしまう。
それでも今日は突き放されはしなかった。

首を伸ばして口づけた頬はとても熱かった。
急な事に思わず私を見るジェイクに唇を尖らせる。


「絶対しねえ!」

「えー! じゃあここでいいから! ここ!」


横顔を見せて暴れるけど一向に唇は降って来ない。
して、しないのやり取りを一通り繰り返して最終的には私が諦めた。
彼の腕に納まったままふてくされたフリをする。


「おい」

「……聞こえない」

「聞こえてるじゃねーか」


下顎から掬うように両頬を右手で掴まれる。
強制的にまた唇を突き出す形にされて何事かと思った瞬間だった。

本当に、きっと一秒もなかった。
スローモーションで見たってすごい早さだと感じるくらいだったと思う。
それでもジェイクの唇の温度は私に伝わってきたし、小さなリップ音も聞こえた。


「顔真っ赤だな」


そう言う彼の顔もやっぱり真っ赤で。それから笑った顔が、幸せという言葉の本当の意味を教えてくれるようなものだったから。
だから私も、林檎色に染まった頬を緩めて目を細めた。



たとえば、ジェイクの好きな料理がうまく作れた時。
彼のために洋服やメイク、髪形に頭を悩ませた時。
そういう時はやっぱり褒めて欲しいと思ってしまった。
見返りが欲しいと言うよりは、自分なりに努力した事に気づいて欲しかったんだと思う。
でも私のダメなところは、褒められるとすぐに調子に乗ってはしゃいでしまう事だった。
それを分かっていたからジェイクもなかなか言ってくれなかったんだろう。


「おいしい?」

「ああ」

「どんな風においしい?」

「普通にうまい」


黙々とお皿を空にしていく彼に問いかけても、大体返ってくるのはこんな表現ばかりだった。
でも平らげるスピードがいつもより少し早いのには気がついていた。


「私は褒めて伸びるタイプだよ」

「いや、褒められたらそこで満足するタイプだな」

「そんな事ない……と思う」

「それに、は俺のためにだったらいくらでも頑張ってくれるだろ?」


握っていたフォークがするりと手から落ちて、かしゃんと音をたてた。
すぐ真上に太陽が昇ったみたいに全身が熱くなってまともにジェイクの顔を見られない。

彼の言葉は図星だった。
褒めてもらうよりも、私がする事でジェイクが喜んでくれる方が重要で。
そのためならどんな努力だってできると思っていたし、実際にそうだった。
さらに言えば、それを嫌だとか苦しいと思った事は一度だってなかった。





窓から見上げた一面は、ジェイクの瞳と同じスカイブルー。
一筋の白が長さを伸ばしていく。それをなぞるように指先を動かした。
映るのは、皺だらけになった手の甲。


「こんなに皺くちゃになちゃって……笑われるんでしょうね」


唇の端を少しだけ上げて、人を小馬鹿にしたような笑い方を思い出す。

あれから、たくさんの時間をふたりで積み上げていった。思い出も宝物も溢れるくらい創った。
いつだってジェイクは私の手を引いて歩いてくれた。時には背中を、時には横顔を見ながら。
そして心臓は変わらず同じ速度で日々を刻んでいた。

けれど彼の鼓動は、私を置いて先に止まってしまった。


「こんな俺でも、なんとかまあまともに生きてこれたな」


残された時間が短くなっていっても、ジェイクはジェイクのままだった。
皮肉屋でぶっきら棒で、分かりづらい優しさと隠そうとしていた寂しがり屋。


「それもこれも私のおかげでしょ」


できるだけいつもの私でいようとした。それがきっと彼の望んでいた事だっただろうから。

ベッドの傍に立つ私の腕を引いて簡素な椅子に座らせる。
彼の左手が私の右手を持ち、そして唇が甲に触れた。

そんな事、どんなに頼んだってしてくれなかったのに。
はしゃいだっていい場面だったけど、そのキスにどんな意味がこめられているか感じ取ってしまった。
深く暗い海に引きずり込まれて、視界がぼやけていった。


「そうだな。俺がこうしてやってこれたのはのおかげだ」

「……私、褒めると、満足するタイプなんでしょ」

「そろそろ褒めてやらねぇと拗ねるだろ?」


色を失ってしまった唇が少し緩む。
枕に頭をつけたまま、私を見つめていた。


「……また、好きな奴見つけろよ」

「なんで、そんな事、言うの……」

「お前は誰かしらが傍についてないと、危なっかしいから」

「危なっかしく、ない」


反論すれば彼は色々な事をつらつらと呟いた。
それは出逢った時から今日までの私達の思い出。
あの時お前はこんな事をして、俺は肝を冷やした。お前のこういうところが危険だ、と。


「そんなにずっと、私のこと、見てくれてたの……?」

「……そうかもな」

「……言うの遅いよ、ばかジェイク」


いつの間にか両手で彼の冷たい手を包んでいた。
重ねた手を離したくなくて、目から溢れる雫を拭えなかった。


「まあ……を引き取ってくれる俺みたいないい男は、早々いねぇだろうけど」

「……絶対、ジェイクよりいい男、捕まえてやる」

「捕まえられるんなら、捕まえてみろ。俺は、上から見ててやるから」


瞬きをする度に、彼の瞼がゆっくりと下りていくのが見えた。
頭で分かっていても、心は抗おうとする。


「ねえ! ほんとに! 私、他の人好きになっちゃうよ!」

「……そう、しろ」

「ほんとは、嫌なんでしょ! 誰にも、渡したくないんでしょ!」


もう声は聞こえなかった。
けれど閉じかけてた目が少しだけまた開いて、彼の青が私を見つめた。
抱き締められた時に見る事ができた柔らかくて甘いほほ笑みを浮かべて、唇がわずかに動く。


「           」


瞼がまるで縫い合わせられたみたいに閉じて、そしてもう開く事はなかった。



あれからいいなと思った人もいたし、相手からもそう感じられる事もあった。
でも、恋には成長しなかった。


「結局、ずっとジェイクに恋したままだった」


彼はいつも中心にいて、そして恋をしている私にとってジェイクは唯一だった。
ジェイクにとって私がそうであったように。


「早く迎えに来てくれればいいのに。せっかちな割りにこういう時に限ってのんびりとはね」


誰に聞かせるでもない呟きは、つけたままのテレビから流れる曲に重なる。


「……懐かしい」


その恋の歌は、ジェイクと出逢った頃に知ったもので。
鼻歌よりもさらに小さく口ずさみながら目を閉じる。

鮮やかな美しい色だけで塗られた思い出達が、メリーゴーラウンドに乗っているみたいに蘇る。
届かないもどかしさもあるけど、映像の中では彼も私もずっと笑顔だ。

見えているものが、白いもやみたいなものに覆われていく。
不思議に思って瞼を上げようとするけど、重石が乗っているみたいでなかなか開けられない。
どうなっているんだろうと思いはしたものの、不安や恐怖という感情はなかった。





I'm in eternal love with you.





「おい」


ずっと聞いていなかった、耳になじんだ声がする
そんなはずないと疑いながらもう一度瞼を動かせば、今度はすんなりと開いた。
飛び込んできたのは辺り一面オフホワイトの世界。

そして目の前にいたのは、あの日のままの彼。


「……ほんとに、ジェイク?」

「ああ」


何が起こっているか分からないと思った刹那に、何が起きているのか理解できた。
まさか本当にこんな風になるとは考えてもいなかった。

おずおずと両手を突き出してみると、私の二本の腕はちゃっかり彼と出逢った頃に戻っていた。


「どうした?」

「……皺くちゃだと笑われるだろうなって思ってたら、若返ってる」

「そんな事考えてたのかよ」


拳で口元を隠しながら笑うジェイク。彼もあの頃と全く変わっていない。

自分の身に降ってきた形式的な不幸は、心を満たす幸福だった。
その事実にただ口を開けて考える事を放棄していたら、ふわりと温もりに包まれる。


「迎えに来るのが遅くなって悪かった」

「……ほんとだよ」

「結局、ずっとひとりだったろ」

「ひとりじゃない。あの子達がいたから大丈夫」

「思ったんだけどよ、孫の顔は直接見たかったな」

「何十年かしたら会えるよ」

「そうだな」


動いていないはずなのに、私と同じ鼓動の速さをしっかりと感じられる。


「You're the one for me」


やっと、最期の時にジェイクが何を言ってくれたのか聞く事ができた。


「……もう一回言って」

「……絶対言わねぇ」


くすくすと肩を震わせれば、目の縁からきらめきが零れていった。



Image song 「コイスルオトメ」 by いきものがかり