ぎこちなく笑えば、彼女も満面の笑みを返してくれる。
守ろとすれば、背中合わせになって一緒に戦うと言ってくれた。

好きだ、と気持ちを告げれば。
私も好きだよと笑う。

でも、彼女の言う好きの意味と俺のそれは全く別物で。
あまつさえか俺が言葉に込めた想いすら気づかないでいる。



変わらず傭兵を続けている俺の前に現れたのが、シェリーの同僚であるだった。
個人的な経緯で俺と一緒に過ごす事になったと言い出し、嫌がる俺に構わずくっついて回ってきて。

いつから彼女が特別になったんだろう。

シェリーの持つ温かさとは違う、特有の雰囲気とでもいうのだろうか。
普段はからからと笑っていて何も考えていなさそうなのに、相手の感情の機微を読み取る事にとても長けている。
それも本人すら気がつかないような動きにでさえ。

内容なんて覚えていないが何かとてつもなく嫌な夢を見た日があって。
うなされながら目を開けば、飛び込んできたのは頬を撫でてくれている彼女だった。
うっすらと笑っていて、それは今までに見た事のないほど柔らかくて温かいもののように感じられた。


「大丈夫?」

「あ、ああ……」


頬を撫でていた手が額に移る。夜に冷やされた手の平が汗をかいていたそこに触れる事で、心地よさを感じた。


「隣にいたらだんだんうなされてたから、ちゃんと起きられるようにこうしてたんだけど余計だった?」

「いや……」

「そっか、ならよかった」


起き上ろうとするとやんわりとそれを制されて。
不思議に思って彼女を見れば、まだ笑ってくれていた。


「まだ夜中だし、ちゃんと寝ておかないと明日が辛いよ」

「けど」

「私が傍にいるから大丈夫」


何か根拠があるわけでもなさそうだったけれど、なぜか本当にそうなんだろうと思えてしまった。
中途半端に起こしていた体をまた横たえると、ふわりと彼女の香りがした。
それはいつもが使っている毛布で、ふざけてよこせと言っても渡した事のない代物だった。


「おい、これ……」

「今日は特別。さー早く寝て寝て」


疲れてるんでしょ、と付け加えられてそこまで分かっていた事に目を開いた。


「私は、ずっとこうしてジェイクの傍にいるから」


眠りの海に潜る寸前にその声が聞こえてきて、無性に泣きたくなったのを今でもよく覚えている。



ぱちぱちと火が弾ける音が聞こえる。それに混じってフクロウや虫の鳴き声もしている。
それに隠れるように耳に届くのは、穏やかな寝息。
ちらりと音の発生源を見れば瞼を下ろして眠りに就いているがいる。完全に安全だと信じ切っている寝顔で。

俺と彼女の間に隙間はほとんどない。むしろの指先がわずかに俺に触れているくらいだ。
寝袋を敷いて毛布をかぶって深い眠りの中にいる。

こうして行動を共にして一年以上が経つ。
その間に俺達の関係性がどんな方向にせよ進んだかと問われれば、答えはノーだ。
出逢った時から変わらないまま、変化したのは俺の心だけ。

気持ちが育っていけばそれに付随するものも成長していく。
触れたいとか、独占したいとか、そんなみっともないとも思えるような感情。
それらを表に出してしまったらもしかすると、彼女は俺から離れていってしまうかもしれない。
そう思ってしまうと結局何もできないままでいる。

けれどそれもどうやらそろそろ限界が来ているようだ。

何度も俺に触れている指先をいじってみたり、頬を突いてみたりした。
時々反応はするものの眠りから覚める事はなかった。

そっと、こちらに向けられている頬を手の平で包んだ。
体温を感じたのかさらに力の抜けた顔になり、思わず笑ってしまいそうになって。
綻びかけた顔が張りつめたものにまた戻る。

そっと、の目の前に横になる。そしてそのままゆっくりと彼女の肩甲骨の辺りに腕を回す。
徐々に近づいて距離を縮め、とうとう服越しに温度を感じられる場所に来た。
心臓は爆発しそうで、体は冷めているところなんてないだろうというほどに熱い。

もしこの状態でが目を覚ましたら、俺達の関係は一体どうなるんだろう。
壊れるか、何か少しでも進むのか。全く見当がつかない。

それでも今確かに俺の腕の中にはがいる。
本当は思いきり抱き締めたいけれど、それをなんとか堪えている。

もぞもぞと彼女の体が動いて、まさか目を覚ますのかと慌てて様子を窺う。
幸いにも瞼が上がる事はなかったけれど、ほとんどなかったふたりの間が完全にゼロになった。
寒かったのか心地よさをさらに求めたのか分からないけれど、が俺の方へとすり寄ってきた。

少しでも触れ合える事は顔を安らかな表情にさせるのに、心は悲鳴をあげている。
こうしている事に彼女の意志は全くないからだ。

彼女が俺を望んでくれたならそれほど嬉しい事はない。そうなったら俺はきっと世界を平和にする事だってできるだろう。
でも最初から今までずっとの態度は同じままで。

俺以上の笑顔を返してくれても、同じ場所に立っていても、好きだという言葉を伝えてくれても。
そこに俺と同じ想いがなければ全く意味がない。
ただそれはひたすらに、空っぽの心に空気を注ぐだけ。





与えた分だけ返ってくるそれは。決して同じ価値があるものではなかった。





またの体が捩れる。
けれど今度は顔を上げて、確かにその瞳が星の輝きを映していた。
しまった、と思った時にはもう名前を呼ばれていた。


「……じぇ、いく?」


返事をしないままでいると、ねぼけ眼の彼女は俺の胸に頬ずりをして。


「しあわせだぁ……」


見た事のない表情でそう呟くと、また夢の世界へと戻っていった。

少しは、未来があると思ってもいいんだろうか。
今とは違った関係で一緒にいられると、そう考えても。

Title by Lump「一方通行」