本屋に寄ったら、いつも買っている雑誌の特別号があった。
ショッキングピンクで書かれていた文字は、いわゆる男女間の営みについての特集だという事。
普段なら絶対に手を伸ばさないだろうそれを、気がつけばレジに持って行っていた。
そこに立っている店員が女性であった事は何よりの幸運だと思う。
黒く透けない袋に入ったそれを、さらに鞄に入れて誰にも見られないよう帰宅した。


今日恋人であるクリスは夜勤で、帰ってくるのは明日の昼頃の予定だ。
決してやましい事を考えていたわけではない。単純に好奇心に駆られただけ。
そんな事を自分に言い聞かせながら、すぐにシャワーを浴びて適当に夕飯を済ませてソファに座った。
袋に入ったままの雑誌を取り出し、ビニールを引っぺがす。
よくよく見れば表紙はイラストだけれども、結構過激な物だった。改めてなんていう雑誌を買ってしまったのだろう。

おそるおそる表紙を捲る。トップはややお高いコスメの広告。
それを飛ばすと次は目次で、適当に流して見てみる。イラスト同様、度肝を抜かれるような単語が並んでいた。
頬を熱くさせたり、思わず目を背けたりしながらもページを進めていく。

もともと恋愛やそれに付随するものの経験が豊富なわけではない。
なんとなく聞いた事はあるけれど、よく分からない単語を調べるためにラップトップも用意していて。
時々単語を調べてその度に顔を真っ赤にしていた。

なんとか読破し、雑誌を閉じようとした時にふと気がつく。
裏表紙に何か厚い紙がある。ひっくり返して見ればその中にはCDが入っていた。
取り出してしげしげと眺めると銀色の円盤には官能小説の朗読、と書いてある。
どうやら男性が有名なそれを読んでくれている、という物らしい。
目の前にラップトップもある事だし、ここまで来たら全部楽しもうとCDをドライブにセットする。
さすがに誰もいないからといって、部屋の中にそのまま流す事はためらわれて。
一緒に準備していたヘッドフォンを装着して、再生ボタンを押した。

かすかにゆったりとしたバックミュージックが流れ出し、少ししてから紙の捲れる音がして。
そした小説を読み始めた男性の声を聞いて、目を見開く事になった。

なんと聞こえ始めた声はクリスの声そのもので。

まさかそんな事は、とCDの入っていた厚紙を見れば全く別人の名前が書いてある。
なぜかホッとしつつそのまま聞き入ってしまう。

初めて踏み入れる小説の世界だった。
いわゆるミステリーやらヒューマンドラマのそれは読んだ事はあるものの、この手のジャンルは一切触れた事はなくて。
それでも巧みな表現は脳内にありありとその様を浮かばせる。まるで自分がそれを体験しているようにも思える程だ。

慣れてきた、と思った頃に体の変化を感じてしまう。
下腹部が熱を持って、どうにもこうにも居心地が悪い。無意識に爪を噛んだり指先で唇を柔くなぞっていた。
ただの小説だ、と呪文のように頭の中で繰り返すけれどそれを押しのけるように物語は続いていって。
クリスにそっくりな声が、どんどん熱を昂らせる。

唇に触れていた指がそろりそろりと下りていく。
部屋着にしているレギンスのウエスト部分に辿りつき、そのまま悪い事をしているかのようにゆっくりと手を忍ばせた。
熱を持ったままの下腹部を軽く撫でてから、いよいよショーツの中に己の手が侵入する。
生い茂っているそれをかきわけて自分で分かる程にひくつくそこを、慎重に左右に広げた。
かすかに震える己の中指で触れると、そこは想像していたよりもぬかるんでいて。
雑誌の内容や官能小説の朗読だけでここまでになってしまった自分を恥じるのと同時に、指はぎこちなくだけれど動き出す。
下から上へと指を擦りつける。時折第一関節くらいまでが導かれるかの如く、中へと立ち入ろうとしている。
粘着質な水音が耳に届く。それは情事の最中でしか聞いた事のなかった音で。

恥ずかしいという感情の中で、それでも確かに快感に翻弄されその波に身を任せてしまいたいという抑えきれない思いが見え隠れしていた。
中指の動きはだんだんと速いものになっていき、気がつけば親指で肉芽を弾いていた。
奥から絶え間なく愛液が溢れる。そのお影で滑りがよくなり、爆発しそうな悦楽は声になって歯の間から漏れていく。

ヘッドフォンから今も流れてくる、クリスのものとさえ思える声に過剰に反応してしまう。
物語は佳境になり、その中でまぐわっている男女が自分とクリスの姿になっていた。
もう指先は止まらない。体は充分過ぎる程火照っているのに、背筋を走る電流は冷たく感じる。
脊髄から脳へと繋がる線が痺れだしてきて、きっとあと少しで頂点に辿り着ける。
瞼をきつく閉じれば自然と眉間にも皺が寄った。来るであろう暴力的と言っていい程の快楽を受け止めようとしたその瞬間だった。

肩に大きく熱い手の平が置かれて、ヘッドフォン越しに小さく私の名前を呼ぶ声がした。
その音声は今だ流れ続けている男性の声と、ほぼ同じ。
頭が理解しようとしてけれど、その前にとうとう達してしまった。
体が縮こまり、堪え切れなかった嬌声が唇から零れ落ちていく。

熱に浮かされていた頭が急激に冷えていって。同時に耳元で流れていた音声も途切れた。
恐ろし過ぎて後ろに振り返る事すらできない。どうして、なんで、なぜ彼が帰宅しているんだろうか。
テーブルの上に置きっぱなしにしてしまっている、あからさまな雑誌。ラップトップの画面には卑猥な言葉が並んでいる。
沸々と体の底から湧き上がってくる羞恥心と後悔の念。数時間前の夕刻に本屋へと寄った挙句、こんな雑誌を買ってしまった自分をどうしようもなく怨んだ。

ヘッドフォンに手がかかり、耳を圧迫していた締めつけから解放される。





想像していたような軽蔑の声ではなくて。
それよりももっと、たとえるなら熱に浮かされたようなクリスの声が耳元で木霊する。
後ろから肩に置かれていたであろう手の平が伸びてきて、顎を掴まれた。
何事か、と思うよりも先に上を向かされて、瞼を下ろしているクリスの顔がすぐに降ってきて唇が重なる。
輪郭をなぞるように舌を這わされて、驚きで開いてしまった隙間に彼が舌を捻じ込ませた。


「っふ……、んぅ……!」


上顎、歯列の裏、舌の裏を丁寧に愛撫される。手の平が顎から首筋を撫でていた。
さらさらとした水の音が響く。唇の端から唾液が下へ下へと伝っていって。

ちゅ、とリップ音がして目を開けばブラウンの瞳に射抜かれる。声と同様に熱情を孕んだ色をしていた。


「ただいま」

「あ、う……おか、えり……」


逸らす事もできずにそう言う他なかった。


「……今日、夜勤だって……」

「シフトを勘違いしてたみたいで、適当に仕事をして帰ってきた」


そう言いながら目を細める。どことなく嬉しさを滲ませているような気がしてならなかった。
仕事がなかった事が嬉しかったのか、はたまたそれ以外の理由か。
とにかく恥ずかしさで今にも倒れそうで、どこにでもいいから逃げてしまいたい。
けれど緩やかに拘束されてしまっている以上、それは叶いそうにもなくて。
キョロキョロと視線を辺りに散らばせていると、とんでもない爆弾を投下された。


「それで、はひとりで何をしてたんだ?」


何をしていたかなんて見ていたなら分かる筈なのに。どうやらクリスは、私の口からその行為の詳細を聞きたいらしい。
いくら彼がそれを聞きたいとしても言える筈がない。にっちもさっちもいかなくて、視界が潤んで瞳に塩辛い水の膜が張った。
するとクリスの表情が変わる。熱を孕んでいるのは変わらないけれど、さらに切羽詰まったような色が重なる。


「……そんな顔するなよ」

「え?」

「我慢できなくなるだろ」


そう言ってソファに座っている私の体を軽々と持ち上げて横抱きにする。
抵抗する事もできず、胸元に腕を抱えてそのままベッドルームへと運ばれる。
僅かに開いていた扉の隙間に足を入れて、器用に体が入るように開いて。
ふわりとダブルベッドに下ろされて、そのまま圧し掛かられる。


「……クリス?」

「自分でしただけじゃ足りないだろ?」

「う……」


確かにその通りだった。一度達したものの、熱はまだ下腹部で燻ぶったままだ。
見抜かれていた事で、治まりかけていた恥ずかしいという感情がぶり返す。
太くて無骨な指先が前髪に触れる。その動きはまるでガラス細工に触るようで。そのまま頬を滑り顎を持ち上げられる。

啄むようなキスを二、三度されて舌先が輪郭をなぞる。
くすぐったさと物足りなさで少しだけ開くと、ここぞとばかりに舌が侵入してきた。
先程の丁寧なものとは比べられない程、性急で乱暴とさえ思えるキスだ。それは疼いていた熱を体中に広げるには充分で。
顎を支えていた指先を持つ右の手の平が、首筋、鎖骨を通って胸へと辿り着く。
緩やかに形を変えるように揉まれ、すでに起ち上がっていた飾りを爪先で引っ掻かれる。
思わず漏れた鼻にかかった声は、クリスの口内に呑み込まれた。

下着と部屋着の上から与えられる刺激は、ほんの少ししか感じられない。
もどかしくて、もっと直接的なそれが欲しいけれどその事を口に出せる筈もなく。

不意に唇が離れて、ほとんどない距離でクリスの口が開かれる。


、腰が揺れてる」

「っなんで、わざわざ言うの……!」


返事の代わりに小さくて曖昧な笑みが零れ落ちて。
ロングTシャツを脱がされ、背中に回った手がホックを外してブラを取り払われる。
解放感とやや冷たく感じる外気に震えた刹那、頂がねっとりとした粘膜に包まれた。


「んぁっ……」


肝心な所に触れないようなぞられたかと思えば、弾かれたり弱く噛まれたり。
わざと立てているんじゃないかと思ってしまう程のはしたない音が耳に届く。
強く吸われたと思うと、そのまま唇が下降していく。
胸の下、胴の真ん中を舌先が渡っていってレギンスを脱がされる。
露わになった太ももを持ち上げられて、付け根に口づけられた。
完全に火照ってしまった体は、与えられる全ての刺激を快感に変える。
漏れそうになる声を、口に手の甲を宛がう事で必死に抑えていた。

口づけられる度に軽いリップ音が聞こえる。
舌先が今度は下から上へと這い上がってきて。鎖骨を吸い上げられて、首筋をなぞられまたキスをされる。
脇腹を撫でられて、その手はそのままショーツの中に。
下から上へと、一度だけ掬われる。たったそれだけの事でも、どれだけそこが濡れそぼっているのかが分かった。
そこは簡単にクリスの指を受け入れる。


「ふっ……ん、あっ……」


重ねている唇の間からくぐもった自分の嬌声が聞こえて、耳を塞ぎたくなる。
それでも彼の指は容赦なく中を攻め立てていく。

鉤のように曲げられた指の腹が天井を擦る。
ひっきりなしに響く音は、私の中から溢れているものが原因だ。
擦っていた動きが次第に抜き差しする動きに変わり、さらに親指が肉芽をこねくり回し始める。
瞼をきつく閉じる事で眉間に皺が寄る。いつの間にか離れていた唇。


「あっ、あっ、や……っ、い、っちゃう……!」

「見てるからそのままイッていいぞ」

「やっ……見な、いでっ……」


いやいや、と頭を振ってもクリスの視線が注がれている事が分かる。
なんとか堪えようとしたけれど、耐える事なんてできる筈もなくて。
全身に力が入って、弱い電流が体中に走りそしてふっと力が抜けてくたりとしてしまう。

額に彼の唇が触れて、両頬を包まれる。


「……挿れてもいいか?」


主導権を握っているのはクリスの筈なのに、ねだるような声で聞かれて。
ゆっくりと頷けば穏やかな笑みを浮かべた。

体を離してシャツを脱ぎ捨てる。ベッドのすぐ横にあるサイドチェストから小さな包みを取り出して。
それを唇で咥えて、パンツの前を緩めている。
包みをちぎって開けてゴムを取り出す。慣れた手つきでするするとつけていった。
腰を浮かされて、そのままショーツを脱がされる。

ひたりとぬかるんでいるそこに宛がわれたそれは、被膜越しなのにとても熱い。
ゆっくりと、それでも確かに肉壁を押し広げながら奥へと進んでいく。
自分の指よりも太いクリスの指より、さらに質量のあるそれは呼吸を許してくれない。
ほぼ無意識に彼の首に腕を回していた。全てが納まったようで動きが止まる。


「動かすぞ」


言い終わる前に動き出していた。
先端ギリギリまで抜かれて、そして最奥を突かれる。その度に、あられもない声が喉を通って部屋に響き渡った。
何度も繰り返されると、徐々にクリスの動きが止まる。


「……っん、くり、す……?」


どうしたの、とは聞かなかったけれど問いかけているという事は分かっていると思う。
けれど返事は返ってこない。
すると、腕を引かれてそのまま体勢が反転する。

その体勢と自分の体重で一気に奥まで貫かれた。


「ん、あっ……!」


ふるりと体が震えて、なんとかそれをやり過ごしてから下にいるクリスに恨めしい視線を投げる。


「いい眺めだ」

「……っ、ばか……」

のいいように動くといい」

「そんな……事、できない……」

「じゃあこのままだぞ?」


いいのか? と目が言っている。いい筈がない。
恥ずかしさをごまかすために下唇を噛んで、ゆるゆると腰を動かす。
初めての体勢に、どうすればいいかなんて分からなくて。体を支えるためにクリスの鍛えられた腹筋に手を置いた。
ほとんど受け身でいる事が多いのに、何をどうすれば欲しい快感を得られるのか知っている訳がない。
なんとか動かしてはいるものの、もどかしくてじれったい刺激しか感じる事ができない。
気持ちよくなりたいのに、それを言葉にして求めるなんて事はできなくて。
結局満足なんてできないままに動きながら、彼の顔を窺った。


「どうした?」

「……もう、いじわる、しないで……っ」

「いじわるなんてしてないだろ?」

「それが、いじわるだって……!」


言いかけた言葉は最後まで紡ぐ事はできなかった。
熱い手の平が腰を掴んだと思えば、強く突き上げられて。
下腹部から頭のてっぺんへ電流が走る。
そのまま下から、何度も何度も突き上げられる。
今度はクリスの手首を握って、なんとか振り落とされないようにしていた。
自分の姿を見られる筈もないけれど、きっと彼が見ている今の私はまるで踊っているように見えるだろう。
体内を駆け巡るそれはあまりにも激しくて、音になる事すらできない声が仰け反らせた喉から発せられている。


「っ……」

「んっ、あ……っ」


呼ばれてなんとか目線をクリスの顔に向けると、彼の顔も快感のせいか歪んでいて。
腰を掴んでいた手が裏側に回って、勢いをつけて押し倒された。
そして柔らかなベッドに沈む。
細めた目で見る彼の顔にはもう、余裕なんてこれっぽっちもなかった。


「……っ、イっても、いいか……っ?」

「あっ……んっ!」


喘ぎ声の合間に頷けば、耳元でクリスの艶めかしい吐息が漏れる。
抱え込まれるように抱き締められたと同時に、胎内に埋まったまま動きを止めたそれの根元が膨らんで何度か震えたのが分かった。

上下するふたりの胸元が、くっついたりわずかな隙間を作ったりしている。
落ち着いてきたのかゆるゆると頭を撫でられ、彼の顔が目の前に現れた。
弾むようなキスをされて、その唇がゆるやかに弧を描く。




「ん……?」

「可愛かったよ」

「なっ……!」

「あの雑誌、俺も読んでみたいから捨てるなよ?」


子どものような悪戯っぽい表情でそう言う。
おそらく彼は知識を得れば色々と試そうとする筈だ。
まだ覚えている雑誌の内容を思い出して、心臓が跳ねる。
好奇心、期待、不安。色んなものがない交ぜになって、頬を熱くさせた。



まるでらされてるみたい



企画サイト「nornir」様に提出した作品です。